表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/30

第26話 捨て台詞の優しさ

スマホの通知って、鳴る前から喉を締める。


私はコハク。獣人の狐。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥で止まるはずのものが、最近は「警報」になってきてる。ムカつく。


画面に出た名前は、もちろん。


ユメカネ。


『今、いる?』


いる?


なんで分かる。


分かるってことは見てる。


見てるってことは、私の生活はもう私だけのものじゃない。


息が浅くなる。浅い息は負けの息。


でも今日は、違う。負けの呼吸をしたまま、負けない日。


ミツが隣で缶コーヒーを持ってる。ヤニ臭い。最悪。


レンはゲーム機をいじりながら、こっちを一秒だけ見る。目がでかい。猫は目で刺す。


ハルはいつも通り、フードの影から「何も言わない顔」で全部見てる。こいつの沈黙は、たまに武器になる。


私はスマホを伏せた。


伏せても、通知は鳴ってないのに鳴ってる。


体が先に怯える。便利。最悪。


「返信、するなよ」


ミツが言う。タバコ吸えない苛立ちが声に混ざってる。


苛立ちの匂いって、なんか安心する。優しい匂いより信用できる。


「分かってる」


分かってるって言葉、無料だから軽い。


でも今日は、軽くない。重くして使う日。


レンが言う。


「“いる?”は、位置情報じゃなくて導線だよ。コハク、いつもそこに戻るって知ってるだけ」


「知ってるだけで、ムカつく」


「ムカつくってことは効いてる」


猫の正論、ムカつく。効くのがもっとムカつく。


ハルが、やっと口を開いた。


「狐さん。会わない。短文だけ」


短文。


長文は会話のレールになる。


レールは楽だ。楽は危ない。


私は頷いた。頷くと尻尾が揺れかける。揺れるな。今日は揺れるな。


ピンクを掴む。掴むと少しだけ止まる。恥って便利。最悪。


私は、文字を打つ。


『今後連絡しないでください。記録は残しています。』


送信。


送った瞬間、背中が冷える。


冷えると、いつもなら熱を欲しがる。


熱=当たり。


当たり=音。


音=逃げ。


でも今日は違う。今日は冷えを冷えのまま持つ。


スマホがすぐ震えた。返事が速いのは、向こうが暇ってことだ。暇って、狩りが仕事のやつの暇。最悪。


『え、なんで?怖がらせたくないよ。誤解だよね?』


来た。優しい顔。


怖がらせたくない。


誤解。


全部、逃げ道の単語。


吐き気がする。吐き気がするのに、私の指は動く。


動かすな。私は今日は“手順”で勝つ日。


ハルが言う。


「ここから。優しい顔が剥がれる」


剥がれる前提で言うな。


でも剥がれる。こいつは剥がれる。剥がれた顔を見たい。ムカつくけど。


私は一行だけ返す。


『誤解なら、連絡をやめてください。』


送信。


震え。


『誰に吹き込まれた?』


出た。


“孤立させる”のやつ。


友達を敵にするやつ。


私の周りには、変な友達しかいないけど、変な友達は私の外力だ。そこを狙うな。


『友達?あのフードのやつ?余計なことすんなって言えよ』


……見てる。


やっぱり見てる。


見てるって言葉が、首輪じゃなくて“証拠”になっていく。


レンが、ゲーム機を置いた。珍しい。猫が本気のときの動き。


「うわ、出た。口調変わった」


ミツが笑う。


「優しい顔、剥がれるの早いな。安物」


安物。


私の人生に近づく優しさは、だいたい安物だ。


百均の尻尾カバーだけが、なぜか私の味方。ムカつく。


私は、もう返さない。


返さないと決めた。


決めたことを、今日は守る。


でもスマホは勝手に震える。


『お前さ、調子乗ってるよ』


お前。


来た。主語が落ちた。丁寧語が死んだ。


優しい顔の裏側が露出する音がする。音ってこういうときだけ正しい。


『無視すんな。返す気あるなら話せ』


返す気。


返すって言葉で、こっちを縛る。


私が返したいのは金じゃない。あんたとの接触。時間。視線。首輪。全部。


ミツが言う。


「返信したくなる?」


私は正直に言う。


「したい。ムカつくから」


ミツが言う。


「じゃあしない。ムカつくってことは、向こうの土俵だ」


ムカつく。正しい。


正しいこと言われるの、ムカつく。


でも今日は、そのムカつくが私を止める。勝ちのムカつく。


ハルが言った。


「もう一発、踏ませる。具体にさせる」


具体。


具体にした瞬間、向こうが負ける。


曖昧さが武器のやつは、具体にした瞬間に自分の首を締める。


私は一行だけ打つ。短く、冷たく。


『これ以上連絡が来たら、相談を続けます。』


送信。


しばらく沈黙。


沈黙が怖い。


沈黙の間に、勝手に想像が膨らむ。


想像は、パチ屋の煽りと同じ。外れなのに当たる気がしてしまう。最悪。


そして、震え。


『相談?誰に?警察?』


来た。


法の気配で動揺してる。


動揺したやつは、焦って言葉を間違える。間違えろ。間違えて自爆しろ。私は今日、その瞬間を買いに来てる。


『笑える。お前、そんなことできるタイプじゃないだろ』


できるタイプじゃない。


そう。私はキレて溶けるタイプだった。


でも今は違う。タイプを変える。無料の自分をやめる。


『じゃあさ』


次の通知が来るまでの一秒が長い。


長い一秒は、玉が落ちる前の空白に似てる。


あの空白が一番危ないのに、今はその空白が私の味方だ。


『バイト先、また行くわ』


来た。


一線。


心臓がうるさくなる。


うるさい心臓は私を走らせる。逃げさせる。キレさせる。


でも今日は、走らない。キレない。残す。


私の指が勝手に動く前に、ハルが言った。


「今」


ミツが言う。


「今だな」


レンが言う。


「保存」


私は、呼吸を一回だけ深くする。


パチ屋では深呼吸するな。


でもここはパチ屋じゃない。ここは現実で勝つ場所。


私はスクショを取った。


取った瞬間、震えが来る。


『友達のとこも行けるけど、いい?』


二発目。


最悪。


最悪なのに、ここまで言わせたことが、妙に気持ちいい。


気持ちよさって、毒みたいに来る。


でもこれは“当たり”の毒じゃない。


“終わらせる”毒だ。


私は、返信する。今日初めて、これだけは返す。短く、冷たい。言葉を増やさない。会話にしない。


『今の、残した。』


送信。


既読がつかない。


いつもなら既読がつかないだけで沈む。


でも今日は沈まない。沈む代わりに、地面に立つ。


三十秒後、また震え。


『は?なにそれ、脅し?』


優しい顔のかけらもない。


言葉が粗い。焦ってる。


焦ってるやつは、まだ吐く。


『調子乗んなよ。お前、守ってくれるやついないだろ』


孤立させる。


その手癖。


人を一人にして買うやつの手癖。


でも今日は、ここにいる。


ヤニカス。猫。フード。


変なパーティ。


私の人生の外力。


私は一人じゃないって言うために、私はここにいるわけじゃない。


一人でも勝てるために、今日は一緒にいる。


ミツが言う。


「言わせとけ」


レンが言う。


「もう勝ってる」


ハルが言う。


「最後の捨て台詞、来る」


捨て台詞。


悪役の断末魔。


聞きたい。聞きたいけど、聞いたら心が揺れる。


でも揺れてもいい。揺れても戻らない。今日はそれをやる日。


震え。


『いいよ。じゃあお前、勝手にしろ』


一瞬、終わったかと思う。


終わったって思うのが一番危ない。


終わったって思った瞬間に、また来る。依存も同じ。回収も同じ。


案の定、続きが来た。


『でもさ』


来た。


でもさ、は刃物の前置き。


『お前、結局またパチ屋戻るよ。そういう顔してる。』


……ムカつく。


当たってるからムカつく。


当たってるってことは、私の弱さを知ってる。


知ってるってことは、見てる。


見てるやつは、私の未来を“人質”にする。


最後に、もう一発。


『そのときは、俺の方が先に迎えに行くから。逃げるなよ。』


迎えに行く。


優しい言葉の仮面を被ったまま、首輪を投げる言い方。


私は、スマホを伏せた。


伏せても、言葉は残ってる。


残ってるのが今日は味方。


残ってるってことが、今日の勝ち。


ミツが言う。


「捨て台詞、ダサ」


レンが言う。


「勝ってるやつの捨て台詞じゃない。負け確のやつのやつ」


ハルが言う。


「狐さん。もう“見てる”は怖くない。見せられる」


見せられる。


そう。見せる側に回る。


見られてるだけの人生を終わらせる。


私は、ピンク尻尾を握った。


恥で止める道具じゃない。


警報。合図。戻らないための取っ手。


息を吐く。深い。現実の呼吸。


私は言った。


「最悪。……でも今日は、私の勝ち方だ」


スマホは、もう震えない。


震えない沈黙が、向こうの敗北の音に聞こえた。


パチ屋のコトンじゃない。


もっと鈍くて、現実っぽい音。


私は立つ。


立つと尻尾が見える。ピンクがはみ出す。相変わらず情けない。


でも今日はその情けなさが、私を守ってる。


帰り道、駅前のパチ屋の看板が光っていた。


優しい顔で「おかえり」って言ってくる。


私は一瞬だけ足が止まりかけて、止める。


止められた。


それだけで勝ち扱いになる人生、ムカつく。


でも、今日はそのムカつく勝ちが、本物だった。


コトン、って聞こえた気がした。


……でも私は振り返らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ