第25話 禁煙所は地獄の受付
駅前の夜って、光が多すぎる。
光が多い場所はだいたい金が減る。パチ屋も、コンビニも、人生も。
私はコハク。狐の獣人。女。
尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。
スマホが震える。
ミツ:『駅裏。集合。話ある。終わってるやつ』
レン:『今から行く。口が煙い(意味不明)』
アオイ:『今日は“外”で落ちよう。中に入るな。』
ハル:『短く言う。今夜、パチ屋は避けろ』
避けろって言われると、行きたくなる。
でも今日は、行きたくなる前に、もう嫌な予感がしてる。
1
駅裏の喫煙所。屋根あり。風弱い。変なジジイが常駐して咳してる。
ミツの“安全地帯”。
ミツは中心にいた。いつも通りタバコと缶コーヒー。
顔が「人間、諦めたら楽」って形してる。
その横に、レン。
猫獣人。目がでかい。尻尾が落ち着きなく動く。
首から携帯ゲーム機ぶら下げてる。指が止まらない。落ち着きがないというより、現実を避ける才能がある。
で、レンの口には――タバコ。
火、ついてる。
私は即言う。
「お前、吸うの?」
レンはゲーム画面から目を離さずに言う。
「吸ってない。燃やしてるだけ」
それ、吸ってるって言うんだよ。
ミツが笑う。
「見ろよコハク。猫、ついに肺も課金し始めた」
レンが無表情で返す。
「肺は無料。無料だから使う」
無料って言葉を、そういう方向に使うな。
私は言う。
「お前、ゲーム中毒の次は煙中毒って、人生のDLC多すぎ」
レンは灰を落として言った。
「現実の方が追加コンテンツ多いだろ」
ムカつく。正しい。だからムカつく。
2
ミツが、いつもより声を低くする。
「今日な、“優しい顔”がこっち来てる」
胃が冷える。
“優しい顔”って単語、私の体温を奪う才能がある。
私は言う。
「来てない。来れるわけない。私が今日、返信してない」
ミツはタバコを指で回して言う。
「返信してないから来るんだよ。ああいうの、“沈黙=選択肢”って思うから」
レンが急に顔を上げる。
「沈黙はYESの別名」
最悪の名言やめろ。
アオイが少し遅れて来る。蛍光の上着。目が光ってる。
DJって、目が“音”してる人が多い。意味不明。
アオイは私の尻尾を見て、まず言う。
「ピンク、今日も似合ってる。最悪」
私は言う。
「褒めるな。最悪って言うな。私の領域」
アオイが笑う。
「領域展開すんな」
ミツが話を戻す。
「で、今夜、やばいのは“連絡”じゃない。紹介」
その単語で、レンの尻尾がピクって動く。
私は言う。
「私、紹介してない。もうしてない。してないって言ってる」
ミツが言う。
「“もう”がついてる時点でアウトだろ」
やめろ。事実を言うな。痛い。
レンが煙を吐いて言う。
「紹介って、友達を“通貨”にするやつ」
言い方がドブ。
でも、ドブの言葉ほど現実に強い。
3
そのとき、知らない番号から私のスマホが鳴る。
鳴る前から鳴ってる気がする。体が先に怯える。
出ない。
出ないのに、留守電の通知が来る。
ミツが覗き込む。
「出るなよ」
私は言う。
「分かってる」
分かってる顔じゃないのも分かってる。
レンが突然、私のスマホを奪う。猫の距離感。最悪。
「はい、こっちで管理」
「返せ!」
「返さない。返した瞬間、君の指が勝つ」
ミツが言う。
「指が勝つって何だよ」
レンが言う。
「依存は指から来る。指はバカ。頭より先に課金する」
私は言う。
「お前、名言みたいに言うな。バカのくせに」
レンは平然と灰を落とす。
「バカだから生きてる」
最悪の生存戦略。
ミツが言う。
「で、留守電、聞く?」
私は言う。
「聞かない」
アオイが言う。
「聞くと音が残る。残る音は首輪になる」
首輪。
今日、首輪多すぎ。ペットショップかよ。私が商品みたいでムカつく。
レンが言う。
「聞かない。代わりに“録音”する」
「は?」
レンはゲーム機じゃなくてスマホを操作して、留守電をスピーカーじゃなく文字起こしに回す。
猫、そういうとこ器用でムカつく。
画面に文字が出る。
『コハクさん、こんばんは。今日、働いてたね。えらい。』
『ところで、あなたの“友達”から連絡が来てね』
『紹介、助かった。次も頼める?』
“友達”。
背中が冷える。
私の友達って誰だ。ミツ?レン?アオイ?ハル?
それとも、私が一回だけ紹介した“誰か”の話か。
ミツが舌打ちする。
「ほら来た。“友達”って言葉を鎖にするやつ」
アオイの目が一瞬だけ笑わなくなる。
「これ、最悪だね。言葉が全部罠」
私は言う。
「……誰だよ。誰が連絡したんだよ」
レンが、煙を吐いて言う。
「誰でもいいだろ。向こうは“友達”って単語を投げて、こっちの罪悪感を釣るだけ」
釣る。
釣り針が、胸の内側に引っかかる感じ。最悪。
4
ミツがポケットからくしゃくしゃの紙を出す。
コンビニのレシート裏。ミツの作戦会議はいつも貧乏の形をしてる。
そこに書いてある。
連絡は出ない(記録が残る)
会うなら人の多い場所(交番近く)
“紹介”の話は即終了
金の話は数字だけ(感情を出すな)
今日、パチ屋に行かない
最後の一行が太い。書き圧がキレてる。
私は言う。
「最後だけ、脅迫?」
ミツが言う。
「脅迫。だってお前、行く顔してる」
レンが言う。
「顔じゃない。尻尾が行く」
「実況すんな!」
アオイが私の肩を掴む。
「今日は音、別で用意した。安くて、逃げても死なないやつ」
安くて逃げても死なない音。
それ、何。救いっぽく聞こえるのが怖い。
ミツが言う。
「カラオケでもゲーセンでもいい。とにかく“入口の自動ドア”を踏まない」
踏まない。
踏まないって言葉、人生で一番難しい。床がある限り踏むから。
5
その瞬間、喫煙所の外の暗がりから、声。
「コハクさん」
優しい声。
優しい声ほど信用できない。
全員の空気が一瞬で冷える。
レンの火が、風もないのに揺れる。
振り返ると、いた。
黒いジャケット。細い指。笑ってる口。目だけ笑ってない。
“優しい顔”。
なんで。
なんで喫煙所にいる。ここ、ニコチンの地獄だぞ。お前の健康意識どうなってる。
男は私じゃなく、ミツとレンも見た。アオイも見た。
“友達”をまとめて見た。
その視線が最悪だった。
人を人として見てない。リストとして見てる。
男が笑って言う。
「いい友達だね。えらい」
私は反射で言う。
「えらいって言うな!」
声がでかい。
でかい声は負けの入口。分かってるのに出る。最悪。
ミツが一歩前に出る。
「要件は」
男は丁寧に言う。
「簡単だよ。コハクさんの“お約束”、月末でしょ? でも今夜、少しだけ入れたら楽になる」
楽になる。
その言葉、吐き気がする。
男は続ける。
「それと、もうひとつ。――紹介。誰でもいい。あなたの周り、良い人が多いから」
ミツが即言う。
「誰でもいいって言うな。人を雑に扱うな」
男は困った顔をする。困った顔が上手い。
上手い顔は信用できない。
「雑じゃないよ。大事だから言ってる。大事な人たち、守りたいでしょ?」
守りたい。
その言葉、釣り針。
レンが、煙を吐いて言う。
「守りたいなら近づくな。酸素が腐る」
言い方が最悪。
でも効いた。
男の笑顔が一ミリ薄くなる。
アオイが言う。
「この人たち、今から“音”浴びに行くんで。あなたの音、いらない」
男が私を見る。
「コハクさん、どうする? えらい君なら、選べるよ」
選べる。
この世の“選べる”ってだいたい片方が死ぬやつ。
私は一瞬、パチ屋の看板を思い出す。
優しい自動ドア。開くときだけ優しい。閉まるときは冷たい。
私は言った。
「……選ぶ。今日は、行かない」
口に出した。
言葉がちゃんと重い。珍しい。怖い。
男が微笑む。
「偉いね」
私はもう一回言う。
「偉いって言うな!」
6
男は引かなかった。
引かない優しさは、いちばん怖い。
代わりに男は、レンの方を見る。
「君、タバコ吸うんだね。大人だね」
レンが無表情で言う。
「大人じゃない。肺がゴミ」
「……ひどい言い方だね」
レンが言う。
「ひどいのは現実。言い方じゃなくて仕組み」
ミツが笑う。笑うな。ここで笑うと負けるのに、ミツは笑う。
ミツの笑いはいつも、殴られる前の準備運動だ。
ミツが男に言う。
「帰れ。ここ、うちらの地獄だから」
男は静かに頷いて、最後に私へ言った。
「じゃあ月末。楽しみにしてる。――見てるから」
見てるから。
首輪の音。
男が去る。
去り際の軽さが、最悪に慣れてる軽さだった。
慣れてるやつは、また来る。
7
残った空気が、重い。
重い空気は、吸うと負ける。
レンがタバコを地面に落としかけて、ギリで灰皿に押し付ける。
「……私、今、火を落としたら全部終わる気がした」
ミツが言う。
「それ正しい。落としたら火事。火事は現実。現実はだるい」
アオイが言う。
「だから行こう。外の音で、頭冷やす。安いやつ」
私は言う。
「……パチ屋の音が、一番安い」
ミツが即言う。
「安くない。利息つく」
レンが言う。
「利息って、ガチャの天井より最悪」
アオイが言う。
「天井はまだ“終わる”。利息は終わらない」
終わらない。
終わらないって言葉、今日の私に刺さる。
私はピンク尻尾を握って、言った。
「……行く。パチ屋じゃない方」
言えた。
言えたのに、胸が苦い。苦い勝ち。
ミツが肩を叩く。
「その苦さが本物」
レンが小さく言う。
「デイリー、更新」
アオイが笑う。
「今日は“戻らない”がクリア条件」
私たちは駅前の看板を見ないで歩く。
背中で、あの自動ドアが開く音がした気がする。
幻聴。最悪。
でも今日は、振り返らなかった。
振り返らなかった分だけ、私の負けは少し遅くなった。
遅いのは、勝ちだってことにしておく。
無料の言い訳で、生き延びる。
最悪。




