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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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25/30

第25話 禁煙所は地獄の受付

駅前の夜って、光が多すぎる。


光が多い場所はだいたい金が減る。パチ屋も、コンビニも、人生も。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


スマホが震える。


ミツ:『駅裏。集合。話ある。終わってるやつ』


レン:『今から行く。口が煙い(意味不明)』


アオイ:『今日は“外”で落ちよう。中に入るな。』


ハル:『短く言う。今夜、パチ屋は避けろ』


避けろって言われると、行きたくなる。


でも今日は、行きたくなる前に、もう嫌な予感がしてる。


1


駅裏の喫煙所。屋根あり。風弱い。変なジジイが常駐して咳してる。


ミツの“安全地帯”。


ミツは中心にいた。いつも通りタバコと缶コーヒー。


顔が「人間、諦めたら楽」って形してる。


その横に、レン。


猫獣人。目がでかい。尻尾が落ち着きなく動く。


首から携帯ゲーム機ぶら下げてる。指が止まらない。落ち着きがないというより、現実を避ける才能がある。


で、レンの口には――タバコ。


火、ついてる。


私は即言う。


「お前、吸うの?」


レンはゲーム画面から目を離さずに言う。


「吸ってない。燃やしてるだけ」


それ、吸ってるって言うんだよ。


ミツが笑う。


「見ろよコハク。猫、ついに肺も課金し始めた」


レンが無表情で返す。


「肺は無料。無料だから使う」


無料って言葉を、そういう方向に使うな。


私は言う。


「お前、ゲーム中毒の次は煙中毒って、人生のDLC多すぎ」


レンは灰を落として言った。


「現実の方が追加コンテンツ多いだろ」


ムカつく。正しい。だからムカつく。


2


ミツが、いつもより声を低くする。


「今日な、“優しい顔”がこっち来てる」


胃が冷える。


“優しい顔”って単語、私の体温を奪う才能がある。


私は言う。


「来てない。来れるわけない。私が今日、返信してない」


ミツはタバコを指で回して言う。


「返信してないから来るんだよ。ああいうの、“沈黙=選択肢”って思うから」


レンが急に顔を上げる。


「沈黙はYESの別名」


最悪の名言やめろ。


アオイが少し遅れて来る。蛍光の上着。目が光ってる。


DJって、目が“音”してる人が多い。意味不明。


アオイは私の尻尾を見て、まず言う。


「ピンク、今日も似合ってる。最悪」


私は言う。


「褒めるな。最悪って言うな。私の領域」


アオイが笑う。


「領域展開すんな」


ミツが話を戻す。


「で、今夜、やばいのは“連絡”じゃない。紹介」


その単語で、レンの尻尾がピクって動く。


私は言う。


「私、紹介してない。もうしてない。してないって言ってる」


ミツが言う。


「“もう”がついてる時点でアウトだろ」


やめろ。事実を言うな。痛い。


レンが煙を吐いて言う。


「紹介って、友達を“通貨”にするやつ」


言い方がドブ。


でも、ドブの言葉ほど現実に強い。


3


そのとき、知らない番号から私のスマホが鳴る。


鳴る前から鳴ってる気がする。体が先に怯える。


出ない。


出ないのに、留守電の通知が来る。


ミツが覗き込む。


「出るなよ」


私は言う。


「分かってる」


分かってる顔じゃないのも分かってる。


レンが突然、私のスマホを奪う。猫の距離感。最悪。


「はい、こっちで管理」


「返せ!」


「返さない。返した瞬間、君の指が勝つ」


ミツが言う。


「指が勝つって何だよ」


レンが言う。


「依存は指から来る。指はバカ。頭より先に課金する」


私は言う。


「お前、名言みたいに言うな。バカのくせに」


レンは平然と灰を落とす。


「バカだから生きてる」


最悪の生存戦略。


ミツが言う。


「で、留守電、聞く?」


私は言う。


「聞かない」


アオイが言う。


「聞くと音が残る。残る音は首輪になる」


首輪。


今日、首輪多すぎ。ペットショップかよ。私が商品みたいでムカつく。


レンが言う。


「聞かない。代わりに“録音”する」


「は?」


レンはゲーム機じゃなくてスマホを操作して、留守電をスピーカーじゃなく文字起こしに回す。


猫、そういうとこ器用でムカつく。


画面に文字が出る。


『コハクさん、こんばんは。今日、働いてたね。えらい。』


『ところで、あなたの“友達”から連絡が来てね』


『紹介、助かった。次も頼める?』


“友達”。


背中が冷える。


私の友達って誰だ。ミツ?レン?アオイ?ハル?


それとも、私が一回だけ紹介した“誰か”の話か。


ミツが舌打ちする。


「ほら来た。“友達”って言葉を鎖にするやつ」


アオイの目が一瞬だけ笑わなくなる。


「これ、最悪だね。言葉が全部罠」


私は言う。


「……誰だよ。誰が連絡したんだよ」


レンが、煙を吐いて言う。


「誰でもいいだろ。向こうは“友達”って単語を投げて、こっちの罪悪感を釣るだけ」


釣る。


釣り針が、胸の内側に引っかかる感じ。最悪。


4


ミツがポケットからくしゃくしゃの紙を出す。


コンビニのレシート裏。ミツの作戦会議はいつも貧乏の形をしてる。


そこに書いてある。


連絡は出ない(記録が残る)


会うなら人の多い場所(交番近く)


“紹介”の話は即終了


金の話は数字だけ(感情を出すな)


今日、パチ屋に行かない


最後の一行が太い。書き圧がキレてる。


私は言う。


「最後だけ、脅迫?」


ミツが言う。


「脅迫。だってお前、行く顔してる」


レンが言う。


「顔じゃない。尻尾が行く」


「実況すんな!」


アオイが私の肩を掴む。


「今日は音、別で用意した。安くて、逃げても死なないやつ」


安くて逃げても死なない音。


それ、何。救いっぽく聞こえるのが怖い。


ミツが言う。


「カラオケでもゲーセンでもいい。とにかく“入口の自動ドア”を踏まない」


踏まない。


踏まないって言葉、人生で一番難しい。床がある限り踏むから。


5


その瞬間、喫煙所の外の暗がりから、声。


「コハクさん」


優しい声。


優しい声ほど信用できない。


全員の空気が一瞬で冷える。


レンの火が、風もないのに揺れる。


振り返ると、いた。


黒いジャケット。細い指。笑ってる口。目だけ笑ってない。


“優しい顔”。


なんで。


なんで喫煙所にいる。ここ、ニコチンの地獄だぞ。お前の健康意識どうなってる。


男は私じゃなく、ミツとレンも見た。アオイも見た。


“友達”をまとめて見た。


その視線が最悪だった。


人を人として見てない。リストとして見てる。


男が笑って言う。


「いい友達だね。えらい」


私は反射で言う。


「えらいって言うな!」


声がでかい。


でかい声は負けの入口。分かってるのに出る。最悪。


ミツが一歩前に出る。


「要件は」


男は丁寧に言う。


「簡単だよ。コハクさんの“お約束”、月末でしょ? でも今夜、少しだけ入れたら楽になる」


楽になる。


その言葉、吐き気がする。


男は続ける。


「それと、もうひとつ。――紹介。誰でもいい。あなたの周り、良い人が多いから」


ミツが即言う。


「誰でもいいって言うな。人を雑に扱うな」


男は困った顔をする。困った顔が上手い。


上手い顔は信用できない。


「雑じゃないよ。大事だから言ってる。大事な人たち、守りたいでしょ?」


守りたい。


その言葉、釣り針。


レンが、煙を吐いて言う。


「守りたいなら近づくな。酸素が腐る」


言い方が最悪。


でも効いた。


男の笑顔が一ミリ薄くなる。


アオイが言う。


「この人たち、今から“音”浴びに行くんで。あなたの音、いらない」


男が私を見る。


「コハクさん、どうする? えらい君なら、選べるよ」


選べる。


この世の“選べる”ってだいたい片方が死ぬやつ。


私は一瞬、パチ屋の看板を思い出す。


優しい自動ドア。開くときだけ優しい。閉まるときは冷たい。


私は言った。


「……選ぶ。今日は、行かない」


口に出した。


言葉がちゃんと重い。珍しい。怖い。


男が微笑む。


「偉いね」


私はもう一回言う。


「偉いって言うな!」


6


男は引かなかった。


引かない優しさは、いちばん怖い。


代わりに男は、レンの方を見る。


「君、タバコ吸うんだね。大人だね」


レンが無表情で言う。


「大人じゃない。肺がゴミ」


「……ひどい言い方だね」


レンが言う。


「ひどいのは現実。言い方じゃなくて仕組み」


ミツが笑う。笑うな。ここで笑うと負けるのに、ミツは笑う。


ミツの笑いはいつも、殴られる前の準備運動だ。


ミツが男に言う。


「帰れ。ここ、うちらの地獄だから」


男は静かに頷いて、最後に私へ言った。


「じゃあ月末。楽しみにしてる。――見てるから」


見てるから。


首輪の音。


男が去る。


去り際の軽さが、最悪に慣れてる軽さだった。


慣れてるやつは、また来る。


7


残った空気が、重い。


重い空気は、吸うと負ける。


レンがタバコを地面に落としかけて、ギリで灰皿に押し付ける。


「……私、今、火を落としたら全部終わる気がした」


ミツが言う。


「それ正しい。落としたら火事。火事は現実。現実はだるい」


アオイが言う。


「だから行こう。外の音で、頭冷やす。安いやつ」


私は言う。


「……パチ屋の音が、一番安い」


ミツが即言う。


「安くない。利息つく」


レンが言う。


「利息って、ガチャの天井より最悪」


アオイが言う。


「天井はまだ“終わる”。利息は終わらない」


終わらない。


終わらないって言葉、今日の私に刺さる。


私はピンク尻尾を握って、言った。


「……行く。パチ屋じゃない方」


言えた。


言えたのに、胸が苦い。苦い勝ち。


ミツが肩を叩く。


「その苦さが本物」


レンが小さく言う。


「デイリー、更新」


アオイが笑う。


「今日は“戻らない”がクリア条件」


私たちは駅前の看板を見ないで歩く。


背中で、あの自動ドアが開く音がした気がする。


幻聴。最悪。


でも今日は、振り返らなかった。


振り返らなかった分だけ、私の負けは少し遅くなった。


遅いのは、勝ちだってことにしておく。


無料の言い訳で、生き延びる。


最悪。

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