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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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24/30

第24話 水しかない日

冷蔵庫を開けるたびに思うんだけど、あれって“期待”を冷やして保存する箱だよね。開けた瞬間、いつも同じ顔をする。「何もないよ」って。最悪。


私はコハク。獣人の狐。女。尻尾はピンクで封印中。封印してるくせに、生活の方が漏れてる。匂いとか、諦めとか、コンビニ袋とか。


引っ越してから、いちばん最初に詰んだのが食い物。洗剤とかゴミ袋とかは「買う」って決めれば買えるけど、食い物は「買った後に食べる」って工程がある。工程がある時点で私は負ける。工程って、生活できる人の専売特許だと思う。


冷蔵庫の中身は、水と、コンビニでもらった氷と、いつ入れたか分からないケチャップ。ケチャップって賞味期限が切れても“顔”が変わらないのが怖い。人間より表情管理うまい。ムカつく。


棚を開ける。カップ麺が三個。全部同じ味。しかも全部、フタがちょっと浮いてる。あの“ちょっと浮き”って、生活のだらしなさが目に見える形で出てくるから嫌い。嫌いなのに放置してるから、私は自分のことがもっと嫌い。循環型社会。


スマホが震える。


レン『飯、食ってる? 水は飯じゃないからね(再掲)』


ミツ『お前、冷蔵庫の中に“希望”入れてないだろ』


ハル『狐さん、栄養、ゼロです』


アオイ『今日は“胃に優しいビート”の日! お粥ビート!』


全員うるさい。しかも全員、方向性だけ同じで言い方が違うのが腹立つ。人は同じ目的でも一致団結できない。世界は不便。


私はいちばん腹立つ返信をする。


『食ってる』


嘘。水を飲んだだけ。水は“まだ死んでない確認”であって、飯じゃない。飯って言葉に申し訳ない。


その瞬間、ピンポンが鳴る。鳴るの早すぎ。私の部屋、イベント発生率どうなってんの。


ドアを開けたらミツが立ってる。コンビニ袋をぶら下げてる。顔はいつも通り終わってるのに、目だけが「今日はお前を生かす」って顔してて腹立つ。


「お前、部屋から“カップ麺の空気”出てる」


「空気って何」


「湯気の亡霊。食ってないのに食った気になる匂い。終わりの匂い」


ひどい。正しい。ムカつく。


ミツが袋の中身を出す。カップ麺じゃない。惣菜パンと、半額のおにぎりと、謎にでかいマヨネーズ。あとタバコ。最後のは関係ない。関係ないのに“生活感”として強すぎる。ヤニは生活のBGM。


「ほら。食え」


「なんでマヨがでかい」


「安かった」


「安いからって買うな」


「お前が言うな。コンビニ税払ってるくせに」


コンビニ税。ほんとそれ。コンビニは生活の味方の顔をして、財布からじわじわ血を抜く。


そこへレンも入ってくる。ゲーム機いじりながら。袋を見て一言。


「マヨでか。回復アイテムじゃなくてデバフ」


「黙れ」


ハルも来る。レシート裏メモを出して、勝手に診断を始める。


「狐さん、今日の献立、決めましょ。炭水化物+炭水化物+マヨ」


「最悪の栄養バランスだろ」


アオイが遅れて来て、元気に言う。


「マヨは愛! 今日は愛ビート!」


「愛ビートって何」


「胃が泣くビート!」


泣くな。胃を泣かすな。私の胃はただでさえ働きたくないのに。


私はおにぎりを手に取る。半額シールが貼ってある。半額シールって、救済の顔をしてる。私みたいな終わってるやつにだけ優しい顔をする。優しい顔は信用できないのに、私は半額にだけは信仰がある。最悪。


一口食べる。


……冷たい。固い。米が“頑張ってない”硬さ。なのにうまい。うまいのがムカつく。うまいと「生きていい」って錯覚するから。


ミツがタバコに火をつけようとして、ハルに止められる。


「ここ禁煙っす」


「知ってる。だから吸わない。火だけつける」


「火だけつけるって何」


「儀式」


「儀式で空気汚すな」


ミツはふてくされてタバコをしまう。しまう動作が“偉い”のが腹立つ。偉いって言葉は禁句なのに、行動だけ偉い。


レンが私の食べ方を見て言う。


「コハク、噛んでない」


「噛むと現実になる」


「名言ぶるな」


アオイが言う。


「噛むビート! 1、2、3!」


「やめろ。咀嚼にカウント入れるな」


ハルが淡々と追い打ち。


「狐さん、冷蔵庫に“食べ物”入れましょ。今日の目標、そこ」


「目標って言うな。重い」


「目標って言わないと、狐さん“いつか”で腐らせるっす」


“いつか”。無料のくせに高いやつ。未来を人質にする言葉。


私は抵抗として、いちばんしょうもない質問をする。


「マヨ、何に使うの」


ミツが即答。


「全部」


レンが頷く。


「全部は強い」


ハルが言う。


「全部は危ないっす」


アオイが笑う。


「全部ビート!」


うるさい。全員うるさい。なのに、部屋がちょっとだけ“生活してる匂い”になる。終わってる匂いじゃなくて、食い物の匂い。食い物の匂いは、まだマシ。


私はパンを開ける。袋の中でパンくずが散って、床に落ちる。床はさっきゴミを捨てたばっかりなのに、秒でまた汚れる。人生、再汚染が早すぎる。


私は床のパンくずを見て、言う。


「……最悪」


で、尻尾カバーのマジックテープにパンくずが全部くっついて、ピンクが“衣付き”になってた。

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