第24話 水しかない日
冷蔵庫を開けるたびに思うんだけど、あれって“期待”を冷やして保存する箱だよね。開けた瞬間、いつも同じ顔をする。「何もないよ」って。最悪。
私はコハク。獣人の狐。女。尻尾はピンクで封印中。封印してるくせに、生活の方が漏れてる。匂いとか、諦めとか、コンビニ袋とか。
引っ越してから、いちばん最初に詰んだのが食い物。洗剤とかゴミ袋とかは「買う」って決めれば買えるけど、食い物は「買った後に食べる」って工程がある。工程がある時点で私は負ける。工程って、生活できる人の専売特許だと思う。
冷蔵庫の中身は、水と、コンビニでもらった氷と、いつ入れたか分からないケチャップ。ケチャップって賞味期限が切れても“顔”が変わらないのが怖い。人間より表情管理うまい。ムカつく。
棚を開ける。カップ麺が三個。全部同じ味。しかも全部、フタがちょっと浮いてる。あの“ちょっと浮き”って、生活のだらしなさが目に見える形で出てくるから嫌い。嫌いなのに放置してるから、私は自分のことがもっと嫌い。循環型社会。
スマホが震える。
レン『飯、食ってる? 水は飯じゃないからね(再掲)』
ミツ『お前、冷蔵庫の中に“希望”入れてないだろ』
ハル『狐さん、栄養、ゼロです』
アオイ『今日は“胃に優しいビート”の日! お粥ビート!』
全員うるさい。しかも全員、方向性だけ同じで言い方が違うのが腹立つ。人は同じ目的でも一致団結できない。世界は不便。
私はいちばん腹立つ返信をする。
『食ってる』
嘘。水を飲んだだけ。水は“まだ死んでない確認”であって、飯じゃない。飯って言葉に申し訳ない。
その瞬間、ピンポンが鳴る。鳴るの早すぎ。私の部屋、イベント発生率どうなってんの。
ドアを開けたらミツが立ってる。コンビニ袋をぶら下げてる。顔はいつも通り終わってるのに、目だけが「今日はお前を生かす」って顔してて腹立つ。
「お前、部屋から“カップ麺の空気”出てる」
「空気って何」
「湯気の亡霊。食ってないのに食った気になる匂い。終わりの匂い」
ひどい。正しい。ムカつく。
ミツが袋の中身を出す。カップ麺じゃない。惣菜パンと、半額のおにぎりと、謎にでかいマヨネーズ。あとタバコ。最後のは関係ない。関係ないのに“生活感”として強すぎる。ヤニは生活のBGM。
「ほら。食え」
「なんでマヨがでかい」
「安かった」
「安いからって買うな」
「お前が言うな。コンビニ税払ってるくせに」
コンビニ税。ほんとそれ。コンビニは生活の味方の顔をして、財布からじわじわ血を抜く。
そこへレンも入ってくる。ゲーム機いじりながら。袋を見て一言。
「マヨでか。回復アイテムじゃなくてデバフ」
「黙れ」
ハルも来る。レシート裏メモを出して、勝手に診断を始める。
「狐さん、今日の献立、決めましょ。炭水化物+炭水化物+マヨ」
「最悪の栄養バランスだろ」
アオイが遅れて来て、元気に言う。
「マヨは愛! 今日は愛ビート!」
「愛ビートって何」
「胃が泣くビート!」
泣くな。胃を泣かすな。私の胃はただでさえ働きたくないのに。
私はおにぎりを手に取る。半額シールが貼ってある。半額シールって、救済の顔をしてる。私みたいな終わってるやつにだけ優しい顔をする。優しい顔は信用できないのに、私は半額にだけは信仰がある。最悪。
一口食べる。
……冷たい。固い。米が“頑張ってない”硬さ。なのにうまい。うまいのがムカつく。うまいと「生きていい」って錯覚するから。
ミツがタバコに火をつけようとして、ハルに止められる。
「ここ禁煙っす」
「知ってる。だから吸わない。火だけつける」
「火だけつけるって何」
「儀式」
「儀式で空気汚すな」
ミツはふてくされてタバコをしまう。しまう動作が“偉い”のが腹立つ。偉いって言葉は禁句なのに、行動だけ偉い。
レンが私の食べ方を見て言う。
「コハク、噛んでない」
「噛むと現実になる」
「名言ぶるな」
アオイが言う。
「噛むビート! 1、2、3!」
「やめろ。咀嚼にカウント入れるな」
ハルが淡々と追い打ち。
「狐さん、冷蔵庫に“食べ物”入れましょ。今日の目標、そこ」
「目標って言うな。重い」
「目標って言わないと、狐さん“いつか”で腐らせるっす」
“いつか”。無料のくせに高いやつ。未来を人質にする言葉。
私は抵抗として、いちばんしょうもない質問をする。
「マヨ、何に使うの」
ミツが即答。
「全部」
レンが頷く。
「全部は強い」
ハルが言う。
「全部は危ないっす」
アオイが笑う。
「全部ビート!」
うるさい。全員うるさい。なのに、部屋がちょっとだけ“生活してる匂い”になる。終わってる匂いじゃなくて、食い物の匂い。食い物の匂いは、まだマシ。
私はパンを開ける。袋の中でパンくずが散って、床に落ちる。床はさっきゴミを捨てたばっかりなのに、秒でまた汚れる。人生、再汚染が早すぎる。
私は床のパンくずを見て、言う。
「……最悪」
で、尻尾カバーのマジックテープにパンくずが全部くっついて、ピンクが“衣付き”になってた。




