第23話 ゴミ袋
新居の良いところは、住所が変わっただけで「人生やり直した」感が一瞬だけ出るところ。悪いところは、その一瞬が終わると床に現実が落ちてるところ。しかもその現実は、だいたいゴミの形をしてる。最悪。
私はコハク。獣人の狐。女。尻尾はピンクで封印。恥で止まるタイプ。止まってほしいのは私じゃなくて、ゴミの増殖なんだけど。
引っ越しの段ボールは二つしかなかった。なのに部屋は散らかる。おかしい。物量保存の法則とかないの? ないか。私の生活には昔からない。床にはコンビニ袋、レシート、ペットボトル、開けたけど食べてないカップ麺のフタ、そして洗濯で薄ピンクになったTシャツ。色移りまで部屋に居場所作ってる。居座るな。
私はゴミ袋を買ってない。これが終わってるポイントその1。ゴミ袋って、「今の自分が未来の自分に迷惑かけないための課金」みたいなものだから、私はそれを払いたくない。払わないから、床が払う。床が払うと、足の裏がベタつく。ベタつくのが嫌で靴下を履く。靴下を履くと洗濯物が増える。増えた洗濯物を干す場所がない。干す場所がないと椅子の背中が物干しになる。椅子が死ぬ。生活が椅子を殺す。循環型社会。
スマホが震える。
ミツ『ゴミ袋買え。お前の部屋、臭いが立ち上がってる』
レン『今日のミッション:ゴミ袋を買う(報酬:床が見える)』
ハル『狐さん、今の部屋、可燃と不燃の境界が曖昧です』
曖昧って優しい言い方やめろ。私の部屋、普通に不潔。
私は返信する。
『まだ臭くない』
嘘。臭いはしてる。でも私の鼻が慣れてる。慣れって一番怖い。ヤニと同じ。私は吸わないけど、生活がヤニ臭い。
ピンポン。
覗き穴。
ミツ。
なんで来るの早いの。喫煙所ネットワーク、もはや生き物としての速度じゃない。
ミツが入って第一声。
「……お前、ゴミ袋なしで生活してんの?」
私は言う。
「してる」
「してるじゃねえよ。してるな」
ミツは靴を脱がないまま部屋に入ろうとして、床のペットボトルを踏む。ぺこって音がする。
「今、床が悲鳴上げた」
私は言う。
「床は元気」
「元気な床はペコって言わない」
ミツはコンビニ袋を指でつまんで、顔をしかめる。
「これ、何が入ってる?」
私は言う。
「たぶん、昨日の唐揚げ棒の棒」
「“たぶん”はやめろ」
そこへレンが来る。ゲーム機触りながら。部屋に入るなり言う。
「たぶんは危険。HPバー見ないで戦うやつ」
うるさい。私の部屋で戦闘始めるな。もう負けてる。
ハルも来る。レシート裏。もういい。お前ら引っ越し祝いって名目で私の生活監査してるだろ。
ハルが淡々と宣言。
「今日は掃除しません」
私は言う。
「珍しい」
「掃除って言葉はハードル高いっす。今日は“ゴミ袋買う”だけ」
ミツが言う。
「ゴミ袋買ったら、ついでに捨てろ」
私は言う。
「その“ついでに”が一番嫌」
レンが言う。
「でもついでに捨てないと、ゴミ袋は“買っただけ”になる」
買っただけ。そう、私は“買っただけ”が得意。買っただけで人生が整うなら、私はもう真人間なんだけど、現実は買った後に行動を要求してくる。ムカつく。課金したのにイベントが続く。
コンビニまで歩く。私は財布を持つ。持った瞬間から負け筋が増える。財布って、金の入れ物じゃなくて言い訳の種だ。
ミツが言う。
「お前、家賃大丈夫か」
私は即答。
「大丈夫」
嘘。大丈夫の定義がズレてる。私は「今すぐ死なないなら大丈夫」って思ってる。社会はそう思ってない。
レンが言う。
「家賃は固定ダメージ」
ハルが言う。
「固定ダメージって言い方、優しいっすね。家賃は処刑っす」
やめろ。言葉を強くするな。現実が強くなる。
コンビニに着く。ゴミ袋コーナーが分からない。私は生活が下手だから、ゴミ袋がどこに置いてあるか分からない。ゴミ袋って“生活できてる人”が買うものだから、私の視界には入ってないんだと思う。最悪。
ミツが探して見つける。
「ほら。45リットル」
私は言う。
「でかい。そんなにゴミ出さない」
ミツが即返す。
「出してる。部屋が証拠」
レンが言う。
「小さい袋買うと回数増える。管理コスト増える。生活弱者はでかい方がいい」
生活弱者って言うな。
私は45リットルを買う。買うだけで負けた気がする。負けたくないのに買う。買わないともっと負ける。人生、選択肢が全部負け。
部屋に戻る。
ゴミ袋を広げる。音がする。シャカシャカ。生活の音。パチ屋の音よりはマシ。マシって言葉、ほんと便利。
問題。どこから入れるか。
私は床のコンビニ袋を見る。見た瞬間、脳が一回止まる。「これを捨てたら、私は何かを捨てた人になる」って変な抵抗が出る。捨てたら偉い。偉いのが嫌。偉いって、次の期待を呼ぶから。期待は利息みたいに育つ。やめろ。
ミツが無言でコンビニ袋を掴んで、ゴミ袋に投げ入れる。
ボトッ。
その音で、私の抵抗が一個死ぬ。外力って、こういうところで効くのがムカつく。自分でやるとドラマになるのに、他人がやるとただの作業になる。作業って助かる。助かるのが悔しい。
レンが床のレシートを拾って言う。
「これ、昨日のコンビニ。これも。これも。これも」
私は言う。
「やめろ。見せるな。私の敗北ログ」
ハルがレシート裏に何か書いてる。
「狐さん、今日だけ“たぶん禁止”にしましょう」
私は言う。
「無理。私、たぶんで生きてる」
ミツが言う。
「じゃあ“たぶん”って言ったら罰金」
レンが言う。
「罰金は逆効果。金が減ると回したくなる」
アオイがいつの間にか来てて言う。
「じゃあ罰金じゃなくて罰ビート。たぶんって言ったら一回スクワット!」
なんでみんな私の生活をイベント化するの。やめろ。人体を鍛えるな。私は強くなりたくない。強くなると“やれる”って思っちゃうから。
ゴミ袋が半分埋まる。
すごい。私、45リットルを“現実の量”として目撃してる。これが生活のホラー。ホラーは音じゃなくて容量で来る。
ミツが言う。
「最後に一番やばいの捨てろ」
「何」
ミツが指差す。
シンク横の、小さい紙袋。
私は一瞬だけ黙る。そこには“食べ損ねたもの”が入ってる。食べ損ねたコンビニ飯、ちょっとだけ残ったやつ、開けたけどやめたやつ。冷蔵庫に入れないまま「後で食べる」って言って放置したやつ。
“後で”って言葉、無料のくせに一番高い。後では来ない。来るのは臭いだけ。
私は言う。
「それは……まだ食べるかもしれない」
レンが言う。
「食べない。ログがそう言ってる」
ハルが言う。
「それ、未来の狐さんに押し付けるやつっす」
ミツが言う。
「捨てろ。今日の勝ちは“腐らせない”だ」
腐らせない。そんなのが勝ち。勝ちの基準が低くて助かる。助かるのがムカつく。
私は紙袋を掴む。軽いのに、気持ちだけ重い。捨てるって、物じゃなくて言い訳を捨てる行為だから嫌だ。
でも、入れる。
ゴミ袋の口が閉じる。
閉じた瞬間、部屋が少しだけ広く見える。広く見えるの、腹立つ。今までどんだけゴミにスペース取られてたんだよ。
ゴミ袋を持って外へ出る。
重い。
重いのに、中身は“私のダメさ”ばっかり。これを抱えて外を歩くの、罰ゲームみたいでムカつく。でも罰ゲームの方が、パチ屋よりは現実的でマシ。マシって言葉、今日何回目。
ゴミ捨て場に着く。
分別がある。曜日がある。ルールがある。社会がある。
私は立ち尽くす。
「……ここが一番怖い」
ミツが言う。
「パチ屋より?」
私は言う。
「パチ屋はルールが単純。金入れたら溶ける」
レンが言う。
「ゴミ捨てはルールが多い。生活RPGの終盤」
ハルが言う。
「今日は燃えるで行きましょ。細かいのは後日」
後日って言うな。後日は臭いを呼ぶ。でも今日は、今日だけは、燃えるで行く。私は勝ちたいんじゃない。捨てたいだけ。
私はゴミ袋を置く。
置けた。
それだけで、胸が変に軽くなる。軽くなるのが怖い。軽いとまた何か買うから。軽いとまた“いける”って思うから。
私は自分に言う。
「今日は勝ちじゃない。処理」
処理って言葉、好き。感情がいらないから。
ミツが言う。
「処理できたなら勝ちでいい」
レンが言う。
「勝ち扱いでモチベ出るなら勝ち」
ハルが言う。
「狐さん、今日は“人権”戻ってます」
アオイが言う。
「人権ビート、上がる!」
うるさい。うるさいのに、帰り道が少しだけまっすぐになる。曲がらないだけで勝ち扱いになる人生、ムカつくけど、今日はそのムカつきで生きる。
部屋に戻る。
床が見える。
私はピンク尻尾を引っ張って、いつもの言葉を吐く。
「……最悪」
でも今日は、床がある最悪。床が見える最悪。明日もここで寝れる最悪。そういうのは、ヤニねこっぽい勝ち方だと思う。たぶん。たぶんって言うな。レンに怒られる




