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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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20/30

第20話 喫煙所ROUTE

引っ越した日の夜って、疲れてるのに眠れない。


体は段ボールで死んでるのに、脳だけ元気。最悪。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。便利。終わってる。


1


新しい部屋は、静かすぎる。


静かだと、心臓がうるさい。


心臓がうるさいと、音が欲しくなる。


音が欲しいと、あの場所が浮かぶ。


駅前のパチ屋。


距離は離れたのに、導線が頭の中に残ってる。


私はスマホを掴む。


……連絡したら負け。


でも黙ってると、足が勝手に曲がる。


震える。通知。


ミツ『住所言うなって言ったのに、駅どっち?』


私は即返信する。


『言ってない。駅じゃない。ここどこ?』


自分で書いてムカつく。引っ越したのに迷子って何。


狐としての尊厳どこ。


すぐにまた震える。


レン『今日のミッション:パチ屋行かない(難易度:鬼)』


うるさい。勝手にミッション作るな。


ハル『狐さん、今“戻る顔”してます?』


見てないのに当ててくるな。ムカつく。


いや、見てないよね? ね?


アオイ『引っ越し祝い、音浴びよ。カラオケ。逃げビートOK』


逃げビートって言うな。ちょっとかっこよくするな。逃げは逃げだ。


私は布団の上で、息を吐いた。


「……静かすぎるのが悪い」


責任転嫁は得意。無料だから。


2


ピンポン。


は?


覗き穴。


ミツ。


なんで。


鍵も知らないはずなのに、なぜかいる。


ドアを開けた瞬間、ミツは第一声で言った。


「生きてる?」


私は言う。


「生きてる。なんでいる」


ミツはタバコを咥えたまま言う。


「勘」


「勘で来るな。怖い」


「怖いのはお前の導線な」


言い返せない。


ミツは部屋の中を見て、段ボール二つを数える。


「少な」


「生活が薄いから」


「薄い生活、動きやすい。今日の作戦、これでいける」


作戦?


ミツはタバコをポケットに戻した。吸わない。えらい。言わないけど。


「喫煙所行くぞ」


私は即答。


「私、吸わない」


「吸わなくていい。“戻らないための席”だ」


席。


安全地帯。


そういう言葉は、私の脳が好き。最悪。


3


夜の喫煙所。


屋根がある。風が弱い。変なジジイが一定の距離で咳してる。


“いつもの地獄”じゃないのに、“いつもの地獄”の匂いがする。


ミツが火をつけて、煙を吐く。


「コハク、今日何が危ない」


私は言う。


「静かすぎる」


「違う」


即否定すんな。ムカつく。


ミツは続ける。


「静かだと“音”が欲しい。音が欲しいと“場所”が欲しい。場所が欲しいと“正当化”が出る」


私は言う。


「うるさい。分析すんな」


「分析じゃない。経験。ヤニは経験値で増える」


経験値で増えるな。


そこへ、レンが来た。ゲーム機を触りながら。


「遅い。デイリー終わらない」


人生のデイリー終わらせろ。


レンは私の顔を見るなり言った。


「顔、今“帰宅後パチ屋”の顔」


私は言う。


「してない」


レンは即返す。


「してる。数値で出てる」


「何の数値だよ」


レンがスマホを出す。メモ。


引っ越し後


静か


疲れ


財布軽い


⇒ 回したい(確率83%)


私は言う。


「適当すぎる」


レンは言う。


「適当だけど当たる。ガチャみたいなもん」


それ最悪の例え。


そこへ、ハルも来た。レシート裏を持って。


「狐さん、チェックします」


私は言う。


「やめろ。保健室か」


ハルは淡々とレシート裏を見せる。


水飲んだ?


飯食った?


玄関に財布置いた?


“覗くだけ”って言ってない?


私は言う。


「最後だけ攻撃力高い」


ハルが言う。


「“覗くだけ”は呪いっす」


ミツが笑う。


「呪いを無料で唱えるな」


うるさい。全員うるさい。


でも、うるさいのが今ちょうどいい。


4


アオイが遅れて来た。


蛍光のウィンドブレーカー。夜に目が痛い。


「引っ越し祝い! 今日は“戻らないビート”!」


戻らないビートって何。言い方だけ良い。


アオイは私のピンク尻尾を見て言った。


「尻尾、揺れてない。今日のコハク、えらい」


えらいって言うな!


私は反射で言う。


「えらいって言うな!」


アオイは秒で返す。


「じゃあ、かわいい」


「かわいいも言うな!」


ミツが煙を吐く。


「コハク、今日キレてる。キレられるのは余裕がある証拠」


レンがうなずく。


「余裕=セーフ。今日はセーフ」


ハルが追撃。


「狐さん、ここでひとつ。今日の代替音、選びましょ」


代替音。


選ばされるとムカつくのに、選べると落ち着くのもムカつく。


アオイが手を挙げる。


「カラオケ! 声は音の中で一番自分のもの!」


レンが言う。


「音ゲー。上達すると脳が満足する」


ミツが言う。


「コンビニの入店音だけで帰る散歩」


ハルが言う。


「湯船。音は水で殺す」


全員、治療法がバラバラなのに、目的だけ同じ。


“戻らない”。


私は言った。


「……散歩」


全員が一瞬止まる。


ミツが言う。


「珍しい選択」


レンが言う。


「低刺激ルート。成功率高い」


アオイが言う。


「じゃあ歩きながら鼻歌ね」


「鼻歌はやめろ」


ハルが言う。


「財布、置いてから行きましょ」


私は即答。


「それは無理」


言った瞬間、全員が同時に私を見る。


ミツ「ほら来た」


レン「確率83%」


ハル「呪いっす」


アオイ「ビート乱れた」


うるさい。


私は舌打ちして、でも立った。


「……財布置く。置けばいいんでしょ」


置いた。


玄関に置いた。


置いた瞬間、胸が少しザワつく。


ザワつくのが、悔しいくらい“効く”。


5


夜の散歩。


風が冷たい。冷たいと現実が戻る。現実はムカつく。


でも今日は、現実が戻っても足が曲がらない。


曲がらないだけで勝ち扱いになる人生。ムカつくけど助かる。


角を曲がった先。


……看板。


パチ屋。


いや、違う。小さい。


パチ屋じゃなくて、ゲームセンターの看板だった。


レンが言う。


「罠。光の罠」


アオイが言う。


「光は全部敵じゃないよ。今日は通過ビート」


ミツが言う。


「通過だけな。寄ったら殴る」


ハルが言う。


「狐さん、尻尾チェック」


私は言う。


「実況すんな」


「実況じゃないっす。安全確認」


ムカつく。


でも私は、ちゃんと通過した。


看板を見たのに、入らなかった。


入らなかったことより、入らない自分が“当たり前みたいな顔”をしてるのが不思議だった。


私は小さく言った。


「……引っ越してよかったのかな」


ミツが言う。


「まだ分かんない。でも今日、曲がらなかった」


レンが言う。


「それはログに残る。次に効く」


アオイが言う。


「今日の勝ちは静かだね。いいね」


ハルが言う。


「静かな勝ちが、本物っす」


本物。


その言葉は、ちょっとだけ嫌いじゃない。


私はピンク尻尾を引っ張って、いつもの言葉を言った。


「……最悪」


でも今日は、最悪の質が違う。


溶ける前の最悪じゃなくて、


“ちゃんと帰れる最悪”。


家に戻る。


玄関に置いた財布が、そのままある。


それだけで、私の心臓が少しだけ静かになった。


静かになった心臓で、私は思う。


静けさって、敵じゃない日もある。


たぶん。


……たぶんって言うな。レンに殴られる。


私は布団に入って、スマホを伏せた。


通知は来てるかもしれない。


でも今日は見ない。


見ないで眠れたら、勝ち。


勝ちって、苦い。


苦いけど、今日の苦さはちゃんと残る。


だから明日、また同じルートを歩ける気がする。


気がするだけ。


でも気がするってだけで、今日は生きる。

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