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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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第2話 自分流の勝ち方

パチ屋の自動ドアって、開くときだけ優しい。


閉まるときは冷たい。人生の態度、だいたいそれ。


私はコハク。獣人の狐。女。


昨日「帰る」って言ったのに、今日もいる。


帰るって言葉、無料だから使い放題。便利。人生は不便。


店に入った瞬間、音が脳を撫でる。


撫で方が優しすぎてムカつく。


優しいものって、だいたい私をダメにする。


「……ただいま」


言ってから自分でキレる。


家じゃないだろ。何で帰ってきてんだよ。


でもここは、私が私のまま崩れていい場所だ。最低。


椅子の前で尻尾を押し込む。


尻尾は感情が漏れる。


漏れると負ける。


負けると生活が削れる。


削れた生活は私を追い込む。


追い込まれると、またここに来る。


循環型社会。誰が得してる? 店。


「狐さん」


背中に声が刺さる。昨日の男。ハル。


フード。小柄。目が冷たい。口が軽い。


軽口で人の人生に土足で入ってくるタイプ。


「今日もいるんすね」


私は即返す。


「いるよ。私がいないと店が寂しいでしょ」


「店は寂しくないっす。喜びます」


「黙って。今の言い方ムカつく」


ハルは笑う。


この笑い、腹立つ。腹立つのに、ちょっと安心する。


私、終わってるのに人間やめてない感じがするから。


ハルがスマホを出す。


例のアプリ。フロアマップ。台番号。色。赤い印。薄い円。


“勝てる島”。


私は秒で言う。


「詐欺」


ハルも秒で返す。


「詐欺ならもっと夢見させますよ」


「夢はいらない。現実だけで十分死ねる」


言ってから、ちょっと間が落ちる。


落ちた間が重いと、私の中の“まとも”が顔を出す。


まともが出ると痛い。だから私は、すぐに雑に戻る。


「で、手順だっけ。言ってみ。笑ってやる」


「笑わないでください。狐さん、笑うと尻尾揺れる」


「黙って。尻尾の話すんな。個人情報」


私の尻尾がピクッと動く。


……は? 何で今。勝手に動くな。私の味方しろよ。


ハルは指を一本立てた。


「1. 最初の5分は打たない」


私は言う。


「無理。最初の5分が一番打ちたい」


「分かります。脳が一番うるさい時間っす」


「脳がうるさいんじゃなくて、台が私を呼んでんの」


「それ幻聴っす」


「黙って。幻聴って言い方ムカつく」


ハルは指を二本立てた。


「2. 台じゃなくて、人を見る」


「人相占い?」


「勝ってる人は肩が軽い。負けてる人は目が死んでる」


「じゃあ私は?」


ハルが一秒迷って言う。


「……目が働きすぎてます」


「それ褒めてないよね?」


「褒めてないっす」


「殺す」


殺さない。今の私は三千円しか持ってないから。殺人に向いてない。


私はフロアを見回す。


勝ってる顔のおじさんがいる。顔だけが勝利。顔面だけで祝日。


でも台の内容は分かってなくて、ボタン押し間違えて変な演出出してる。


私は言う。


「勝ってる人って、だいたい何も分かってない」


ハルが頷く。


「そこが強いっす」


「強くない。鈍いだけ」


「鈍さは才能っす」


「最悪の名言やめろ」


ハルは指を三本立てた。


「3. 金額で終わらせる。今日は千円縛り」


私は財布を開いて見せる。千円札が三枚。


軽い。軽いってことは、私の人生も軽い。助かる。重いと持てない。


「千円縛りね。できるよ。だって貧乏だから」


「昼飯は?」


「水」


「水は昼飯じゃないっす」


「水は、“まだ死んでない確認”」


ハルがちょっとだけ黙る。


黙るな。黙ると現実が来る。現実は殴ってくる。私が先に殴り返す。


「よし。千円だけ。革命」


「革命って言う人、だいたい失敗します」


「黙って。革命って言葉、今の私の心の支え」


赤い印の島へ行く。


空いてる台。古い。渋い。


古い台って優しい顔して、じわじわ人を殺す。経験上。


私は座る。尻尾を押し込む。


千円札を一枚だけ握る。


「はい。今から私の昼飯を、音に変えます」


ハルが横で実況を始める。


「回転数いいっす。釘が優しい。狐さん、今のところ勝ってます」


「勝ってない。“まだ負けてない”だけ」


「それ勝ちっす」


「うるさい。勝ちって言葉、借金みたいに利息つくから」


一玉目が跳ねた。コトン。


音が、脳の角を丸くする。角が丸いと優しくなれる。


優しくなった私は、すぐ自分に甘くなる。終わりの合図。


回る。外れる。


回る。外れる。


静かな地獄。好き。嫌い。好き。嫌い。


隣の島で爆音。


「ギュイイイイン!!」


私は反射で首が動きかける。


尻尾が揺れる。裏切り者。私の身体、店側。


ハルが即言う。


「見ないっす」


「見たい」


「見たら戻りますよ」


「もう戻ってる。ここにいる時点で」


「じゃあ“さらに戻る”っす」


「黙って。さらに戻るって何」


言い合ってる間に、私の台が地味なリーチに入る。


弱そう。弱そうなやつほど当たる時がある。


ない。大体ない。希望って、基本的に嘘。


私は言う。


「当たったら真人間」


ハルが言う。


「当たったらまず昼飯っす。真人間は飯から」


外れた。


私は即言う。


「はい妖怪」


「妖怪の方が正直っす」


「正直な妖怪にも税金来るんだよ」


千円が尽きる。


残り玉表示がゼロ。


ゼロって綺麗すぎて腹立つ。人生はゼロになっても続くのに。


私は立つ。


立てた。偉い。千円でやめた。革命。


でも偉さで腹は満たされない。革命、空腹に弱い。


ハルが財布を出す。札が見える。


私の口が勝手に言う。反射。


「借りない」


「言ってないっす」


「言う顔してる」


ハルは笑わないで言う。ここだけ声が低い。


「狐さん、借りる借りないの前に、もう借りてますよ」


「は?」


「金じゃない。時間。生活。体力。全部。パチ屋に」


ムカつく。


正しいこと言われるの、ムカつく。


ムカつくと尻尾が動く。最悪。私は尻尾を押し込む。押し込んでも事実は消えない。


私は言う。


「……うるさい。私は、今、怒ってる」


「知ってます。尻尾で」


「尻尾の話すんなって言ってんだろ!」


声がちょい大きくなる。


周りの視線が一瞬刺さる。


刺さると恥ずかしい。恥ずかしいと、戻りたくなる。


最悪の感情導線。


ハルが軽い声を戻す。


「じゃあ今日の勝ち、取りましょう」


「勝ち?」


「出る前に帰れた。それ勝ちっす」


私は出口を見る。


自動ドア。外の光。


外に出たら、現実が始まる。


現実は私のこと好きじゃない。知ってる。


でもここにいたら、もっと嫌われる。店に。


私は舌打ちして言う。


「……分かった。帰る。帰るって言ったら帰る」


歩き出す。


背中で爆音が鳴る。確変突入。地獄のファンファーレ。


音が私の背中を掴む。


尻尾が揺れる。


揺れるな。揺れるなって思うほど揺れる。


私は止まる。止まった時点で負け。


ハルが言う。


「今、“戻る”って顔しました」


「してない」


「してる。尻尾が」


「……尻尾、マジで殺したい」


「じゃあ隠します?」


ハルがコンビニ袋を出す。


中身。ド派手なピンクの尻尾カバー。


私は言う。


「は? 何それ。私を殺しに来た?」


「百均っす」


「百均、何でもあるな……」


「何でもあるから、人が終わるんすよ」


「名言みたいに言うな。ムカつく」


でも、私はそれを付ける。


付けた瞬間、鏡に映った自分が情けなさで完成してる。


情けなさって、現実だ。現実は、ちゃんと止めてくる。


私は言う。


「……帰る。これ以上恥を増やしたくない」


ハルが頷く。


「勝ちっす」


「恥の勝ちね」


「恥は命取らないっす」


外に出る。


空気が変にうまい。うまい空気って泣きたくなる。


泣いたら負けるから泣かない。私は負けるのに、泣くのは嫌。


私は言う。


「……で、次は」


ハルが笑って言う。


「次は、狐さんの“借金の出どころ”っす」


私は足を止める。


「は?」


ハルは軽い声のまま、刺す。


「玉で負けてるだけなら可愛いんすけど。狐さん、たぶん“人”でも負けてるでしょ」


私は即答する。図星は短くなる。


「うるさい」


ハルが言う。


「第3話、始まりっす」


私はピンクの尻尾を引っ張って言った。


「最悪」


自動ドアが背後で閉まる。


今日は閉まった。


それだけで勝ち扱いになる人生。


……でも、今の私の勝ち方はこれ。

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