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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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第1話 パチ屋入店

パチ屋の自動ドアって、開くときだけ優しい。


閉まるときは冷たい。人生と同じ。


私はコハク。獣人の狐。女。


耳と尻尾? ある。だから何。ここじゃ、残高のほうが偉い。


この街は、獣人がいてもニュースにならない。


電車にも乗るし、コンビニでバイトもするし、たまに警察に職質もされる。


「尻尾の中、見せてもらえます?」って言われたこともある。


見せるわけない。個人情報だろ。


でもパチ屋の中じゃ、尻尾はもっと面倒だ。


感情が漏れる。揺れたら終わる。


勝ってる顔、負けてる顔。ここでは全員それしかない。種族の違いは、負け方の個性に吸収される。


店内の空気が肺に入った瞬間、分かる。


「ここでは深呼吸するな」って。


タバコの残骸、消毒液の嘘くさい匂い、床に染みたエナドリ、ファンの熱。


そして音。音だけが、ずっと正しい。


いらっしゃいませー、って店員が言う。


明るい声ほど信用できないのに、私は来る。毎日。


勝った日は「もっと勝てる」で来るし、


負けた日は「取り返せる」で来る。


取り返せたことは、一回もない。


でも脳は毎回、初見みたいな顔をする。腹立つ。


財布を開く。軽い。


千円札が三枚。硬貨が少し。


あとはポイントカードと、返せてない借用書のコピーと、クリーニング屋の引換券。


生活の残骸セット。


「……三千円。はい富豪」


誰も笑わない。ここ、笑い声だけ別料金だから。


両替機に札を食わせる。


飲まれる音が、ちょっと気持ち悪いくらい気持ちいい。


現金が玉に変わる瞬間だけ、世界が「可能性」っぽい顔をする。


可能性ってやつ、最初だけ優しい。


そのあと普通に刺してくる。


島を歩く。背中、液晶、光。


当たりの爆音。外れの沈黙。


私は当たりが欲しいわけじゃない。たぶん、「回してる自分」が欲しい。


回してる間だけ、考えなくて済むから。最悪。


空いてる台を見つけて座る。ちょい古い。釘は渋い。


でも古い台は優しい。新台は、私を見下ろしてくる。光り方がムカつく。


尻尾を椅子の影に押し込む。


尻尾って感情が出る。


感情が出ると、負ける。迷信じゃない。体感。


ハンドルの位置を決める。


最初の一玉がガラスの奥で跳ねた。


——コトン。


この音だけで、「今日も始まった」って思える。


始まったってことは、まだ終わってない。


終わってないなら、負けてない。


そういう理屈が、脳内で勝手に組み上がる。


理屈の詐欺師、私の頭の中に住んでる。


回る。外れる。


回る。外れる。


画面の女の子が笑う。笑うだけで金が増えるなら、世界は平和だろ。


500円。


1000円。


1500円。


当たりは来ない。来るのは請求だけ。


隣の台で派手な音。ガコッ。


知らないおじさんが小さく拳を握った。


当たりの顔。


その瞬間、私の口の端が勝手に歪む。


嫉妬じゃない。焦り。


焦りは尻尾が揺れる。だから尻尾をもっと押し込む。


2000円。


2500円。残り500円。


ここでやめれば、帰りに安い弁当が買える。


それが「正しい生活」ってやつ。


でも正しい生活って、私の味方したことないんだよね。


だから私は最後の500円を入れる。味方されない側の意地。


入れた瞬間、落ち着いた。


ほらな。落ち着くってことは必要ってことだろ?


この理屈、最悪なのに強い。


——そして、来た。


「リーチ!」


派手になる。赤。金。煽り。


心臓だけ軽くなる。軽くなるの、怖い。


私は口に出す。


「当たったら、今日から真人間」


祈りは負ける。いつも。


外れた。


外れた瞬間、世界の色が戻る。


戻った色は、惨めだ。


残り玉の表示が正確すぎて腹が立つ。正確って暴力。


私は席を立った。


立つと尻尾が見える。


見えた尻尾は、だらしなく垂れていた。


やめてほしい。今それやめてほしい。


「……帰るか」


出口へ向かう。今日は帰る。マジで。


“帰る”って言えば帰れるはず。言葉は無料だし。


そのとき、背中から声。


「狐さん」


呼ばれ方が気持ち悪い。


振り返る。


店員じゃない。常連でもない。スーツでもない。


パーカーのフードを被った小柄なやつ。目が妙に冷たい。


冷たい目って、賢いか悪いか、どっちかだ。だいたい悪い。


そいつが言った。


「財布、軽いのに回すんすね」


私は鼻で笑う。


「関係ねぇだろ」


「関係ありますよ。軽いやつほど、音に頼る」


言い返せない。


言い返せないのが一番腹立つ。図星は短くなる。


私が黙ってると、そいつは続けた。


「救済、欲しいっすか」


「は?」


「借金の。時間の。生活の。全部の」


私は一歩だけ後ろに下がった。


ここで一歩下がると、次はだいたい落ちる。人生の仕様。


「宗教なら帰れ」


そいつは肩をすくめた。


「宗教じゃない。手順っすよ。狐さん向き」


「……何の手順だ」


そいつはスマホを見せた。


見覚えのないアプリ。


でも中身は見覚えがありすぎた。


『勝てる島:共有』


しかも、地図の上に細い線が走ってる。


ただのフロアマップじゃない。台番号の周りに、薄い円が重なってる。


獣人の目って、こういう「変な重なり」を見つけやすい。良いことに一度も使えない能力。


私は言った。


「……それ、何」


そいつは軽い声で言う。


「“当たりが寄る線”っす。見えない人には、ただの色分け」


やめてくれ。


現代に、そういうファンタジー混ぜてくんな。


混ぜたら信じちゃうだろ。私みたいな終わってるやつが。


そいつが続ける。


「今日、負けたでしょ。じゃあ明日は回収。手伝いますよ」


回収。


その言葉が、私の尻尾をピクッと動かした。裏切り者。


私は言った。


「……いくら取る」


そいつは笑った。笑い方が軽い。軽い笑いは信用できない。


でも、その軽さがパチ屋の音に似ていた。だから余計に嫌だ。


「まずは、千円だけでいいっす」


千円。


千円は生活だ。


千円は昼飯だ。


千円は、可能性だ。


私は自分の尻尾を見ないまま言った。


「名前」


「ハル。——狐さん、あんたの負け方、綺麗なんで」


褒めてるのか貶してるのか分からない。


分からないまま、私は頷いた。


頷いた瞬間、もう半分負けてる。たぶん全部。


その夜、家に帰っても音が耳から消えなかった。


回転の音。払い出しの音。外れの沈黙。


そして、ハルの言葉。


“手順っすよ。狐さん向き”


布団の中で尻尾を丸める。


丸めた尻尾は、逃げたがっていた。


でも逃げるには金がいる。


金を作るには、明日も回すしかない。


——たぶん、そういう話を、私は明日も自分にする。

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