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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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18/30

第18話 "Nice Guy" Threat


昼の光って、夜より怖い。


夜は「終わってる」って顔してくれるけど、昼は「普通」って顔で刺してくる。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


パチ屋に行ってない。


ブラック飲んで歩いた。


ハイボールで帰れた。


勝ちが積み上がってるはずなのに、胸が落ち着かない。


落ち着かないって、私の中で“音が欲しい”の別名だ。


スマホが震える。


知らない番号。


もうそれだけで分かる。


ユメカネ。


プレビュー。


『コハクさん、えらい。今日は“歩いてた”ね。』


歩いてた。


なんで知ってる。


知ってるってことは、見てる。


見てるってことは、ブロックは“会話”を止めただけで、“目”は止まってない。


私は息を吸う。


浅い。


浅い息は負けの息。


でも今日は負けたくない。


私は返信しない。


しない。


しないって決めた。


決めた瞬間、次の通知。


『返信しなくていいよ。怖くない。』


怖くないよ。


その言葉が一番怖い。


怖さの構造を知ってるやつの言い方。


1


バイトの休憩。


倉庫の外。日陰。水。


まだ死んでない確認。


私はスマホを伏せる。


伏せても、通知の光が目の裏に残る。


残る光が、パチ屋の看板に似ててムカつく。


ポケットの中で、スマホがまた震える。


今度は別。


スズから。


『今日、顔色悪い。ブラック持ってく。どこ?』


どこ?


“どこ?”って聞かれると、胃が冷える。


ユメカネの“いる?”と同じ形だから。


私は返す。


『倉庫。駅裏。来なくていい』


すぐ既読。


すぐ返信。


『行く。来なくていいって言う人ほど危ない』


統計やめろ。


でも今日は、その統計が助かる。


2


午後。


作業中。


バーコードのピッが、コトンに変換されそうになる。


やめろ。


私は今、ここだ。


ここで壊れたら、生活が死ぬ。


生活が死んだら、私はパチ屋に住む。


それは嫌だ。


嫌って言えるのが、今日の唯一の武器。


スマホはロッカーに入れてるのに、体が震える。


震えはカフェインじゃない。


怖さだ。


怖さは音を欲しがる。


音はパチ屋を呼ぶ。


呼ぶな。


そのとき、作業場の端がざわつく。


責任者が誰かと話してる。


声が丁寧。


丁寧な声は信用できない。


私は棚の影から見た。


黒いジャケット。


細い指。


笑ってる口。


目だけ笑ってない。


ユメカネ。


……は?


ここ、職場。


ここ、私の現実。


現実に入ってくるな。


私は喉が鳴る。


息が浅くなる。


浅い息は負けの息。


でも今キレたら、私が悪者になる。


ユメカネはそれを狙う。


優しい顔で、私にだけ刃を向ける。


男が責任者に頭を下げて、何か紙を渡してる。


紙?


契約?


私は足が動きかける。


行くな。


行ったら終わる。


でも行かないと、終わる。


この二択が一番怖い。


3


休憩室の隅。


私は手を握りしめて、爪が手のひらに刺さる。


刺さる痛みは、まだ生きてる確認になる。


扉が開く。


スズが入ってくる。


でかいタンブラー。


目の下のクマ。


ブラックの缶を2本。


「……来た」


私は言う。


「来るなって言った」


スズが言う。


「言うと思った。だから来た」


ムカつく。


正しいことするやつ、ムカつく。


スズは私の顔を見て、即言う。


「いる」


私は言う。


「……いる」


スズはブラックを私に渡す。


「飲む。今」


命令形。


今日も助かるのがムカつく。


私は開けて飲む。


苦い。


苦いと現実が戻る。


現実は痛いけど、必要。


スズが低い声で言う。


「誰」


私は言う。


「ユメカネ」


スズの目が一瞬だけ動く。


「……来たんだ。職場に」


私は言う。


「来た。なんで。どうやって」


スズが言う。


「理由は後。今は“対処”。責任者、知り合い?」


「知らない。今日ここ初めて」


「じゃあ余計に危ない。今日の私の役割、決める」


役割。


Friendシリーズっぽい言い方するな。


でも今は役割が欲しい。


スズが言う。


「私は“壁”。コハクは“黙って働く”。相手に喋らせない」


喋らせない。


ユメカネは喋るのが仕事だ。


喋らせたら負ける。


私は頷く。


頷いた瞬間、尻尾がピンクの中で揺れる。


怖さの揺れ。


揺れは正直。


だから嫌い。


4


作業場。


責任者が私を呼ぶ。


「コハクさん、ちょっと」


呼び出し。


取り立てに似てる。


胃が冷える。


スズが私の横に付く。


勝手に。


勝手に付く外力は助かる。


助かるのが悔しい。


責任者の横に、ユメカネがいる。


男は私を見ると、にこっと笑った。


「コハクさん。えらい。働いてたんだね」


働いてたんだね。


見てたってこと。


ここまで来て、まだ“褒め”で首輪を作る。


私は言う。


「用がないなら帰って」


声が思ったより震えてない。


ブラックのおかげ。


スズが壁になってるせい。


ユメカネはスズを見る。


「友達?」


スズが即答する。


「友達じゃないです。現場の同伴です」


同伴。


嘘だけど強い言葉。


ユメカネの眉がほんの少し動く。


刺さった。


ユメカネが責任者に向き直る。


「今日はね、コハクさんの“確認”だけ。無理させないから」


無理させない。


その言い方が一番無理させる。


責任者が困った顔をする。


「えっと……知り合い?」


私が答える前に、ユメカネが言う。


「知り合いです。コハクさん、ちょっとだけお金の相談があって」


相談。


相談って言葉、暴力。


相談って言えば、私が悪い側に見える。


私は口を開く。


キレそうになる。


キレたら負ける。


私は歯を食いしばる。


スズが先に言う。


「個人情報なので。職場で扱わないでください」


ユメカネが笑う。


「もちろん。だからここで話さない。外で5分だけ」


外。


外に連れ出す導線。


導線は地獄の入り口。


私は言う。


「行かない」


ユメカネは優しい声で言う。


「行かないなら、ここでいいよ。責任者さんにだけ、説明する」


説明。


その単語で、背中が冷える。


職場に説明されたら終わる。


私は生活を失う。


生活を失うと、私はパチ屋に住む。


嫌だ。


嫌だって言える私は、まだ生きてる。


私は言う。


「……外で。5分」


言ってしまった。


首輪が一段締まる音。


ユメカネは笑う。


「えらい」


えらいって言うな。


5


倉庫の外。


人の目がある場所。


でも“人の目”は味方じゃない。


ただの観客。


観客がいると、私は綺麗に壊れる。


ユメカネは距離を詰めない。


詰めない優しさ。


詰めないのに、逃げ道は塞ぐ。


男が言う。


「コハクさん、最近頑張ってるね。パチ屋行ってない日、増えた」


パチ屋。


この人、そこまで知ってる。


知ってるってことは、見てる。


見てるってことは、逃げ場はもう逃げ場じゃない。


私は言う。


「何が目的」


ユメカネは少しだけ笑って言う。


「目的は、君が壊れないこと」


嘘。


壊れないように壊すのが一番上手い言い方。


私は言う。


「用件だけ言え」


ユメカネはスマホを出す。


画面は見せない。


見せないのも技術。


「コハクさん。紹介の件、まだ残ってる。君が“終わらせたい”なら、終わらせ方がある」


終わらせ方。


その言葉で、脳が一瞬だけ楽になる方向へ傾く。


楽になる=首輪。


私は言う。


「終わらせたい」


ユメカネが頷く。


「うん。えらい。じゃあ、今日ここで一つだけ」


一つだけ。


また“だけ”。


人生で“だけ”で済んだことない。


「君の友達に、迷惑かけたくないよね?」


友達。


その単語が、胃の一番弱い場所を撫でる。


撫でるな。


撫でたら、私は売れる。


ユメカネが続ける。


「だから、コハクさんが“ちゃんと連絡くれる人”になればいい。返信だけでいい」


返信だけでいい。


返信=首輪。


首輪を“軽い”って言うな。


私は言う。


「返信しない」


ユメカネは、優しい声のまま言った。


「じゃあ、スズさんに聞く」


その瞬間、背中が冷える。


名前。


スズの名前を知ってる。


なぜ。


いつから。


どうやって。


スズが一歩前に出る。


壁が動く。


スズの声は低い。


「私の名前、どこで知った」


ユメカネが笑う。


「街は狭いから」


その言い方が、最悪に軽い。


軽い言葉で人の生活を触るやつの言い方。


私は言う。


「やめろ。私の友達に触るな」


友達って言ってしまった。


言った瞬間、胸が痛い。


でも痛いってことは本物。


ユメカネは嬉しそうに微笑む。


「友達。いいね。じゃあ余計に、君が頑張れる」


頑張れる。


その言い方は、脅し。


私は歯を食いしばって言う。


「何がしたい」


ユメカネは初めて、優しさを薄くする。


「君が“ここで働ける状態”を維持したい」


維持。


生活を人質にした言い方。


「だから、月に一回、僕に“報告”して。パチ屋行ってない日が増えたって」


報告。


首輪の別名。


スズが言う。


「それ、管理ですよね」


ユメカネは笑う。


「管理じゃない。応援」


応援。


その言葉が吐き気。


私は言う。


「……じゃあ私も、応援してやる」


ユメカネが一瞬止まる。


「何を?」


私は息を吸って、吐いて言う。


「お前が怖いって言ってる自分を、応援する。スクショする。記録する。残す」


言ってしまった。


強い言葉。


強い言葉は、後で自分を縛る。


でも今日は縛りが必要。


ユメカネの笑顔がほんの少しだけ固まる。


固まると、人間っぽい。


人間っぽいと、勝てる気がする。


勝てる気がするのが怖い。


勝てるって知ると、次を呼ぶ。


ユメカネはすぐ笑顔を戻す。


「いいね。えらい。じゃあ僕も、もっと丁寧にする」


丁寧に。


刃物の鞘を磨く宣言。


私は言う。


「近づくな」


ユメカネは小さく頷いて、最後に言った。


「じゃあ今日は帰る。でもね、コハクさん。君が黙るほど、僕は“確認”しに来る」


確認。


それが脅し。


ユメカネは去っていく。


去り方が軽い。


軽い背中ほど怖い。


次がある背中だから。


6


その夜。


家。


静か。


静かすぎて怖い。


でも今日は、静けさが“敗北”じゃない。


ユメカネが職場に来た。


スズの名前を知ってた。


一段上がった。


怖さが。


私はスマホを開く。


ユメカネの通知は消してない。


消すと、なかったことになる。


なかったことにすると、次がもっと怖くなる。


私は初めて、スクショを撮る。


シャッター音は鳴らないのに、頭の中で音がした。


コトンじゃない。


もっと乾いた音。


「残る」って音。


スズがメッセを送ってくる。


『帰った?』


私は返す。


『帰った。あいつ、スズの名前知ってた』


既読。


すぐ返信。


『明日、話す。今夜は寝る。ブラック飲め。逃げ道増やすな。記録だけ増やせ』


記録だけ増やせ。


逃げ道じゃなくて、証拠を増やす。


その方向転換が、今日の一番の外力。


私はブラックを飲む。


苦い。


苦いと現実が戻る。


現実は痛い。


でも今日は痛い現実の方がマシ。


私はピンク尻尾を握って言った。


「……最悪」


でも今日の最悪は、パチ屋の最悪じゃない。


生活に触られた最悪。


人に触られた最悪。


そして最悪は、次の最悪を呼ぶ。


スマホが震える。


知らない番号じゃない。


ユメカネじゃない。


ミツ。


『コハク、今さ。知らない番号から来た。“えらいね”って。これ何?』


——友だちに触った。


来た。


一段上がった。


私は息が浅くなる。


浅い息は負けの息。


でも今日は、負けたくない。


私はメッセを打つ指が震えながら、打った。


『スクショして。消すな。今から行く』


送信。


送った瞬間、頭の中でコトンが鳴りかけた。


でも今日は、コトンじゃなくて別の音が鳴った。


シャッターの音。


残る音。


それが、今日の勝ちの音。

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