表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/30

第17話 "Highball" Friend


駅前の夜って、光が多すぎる。


光が多い場所はだいたい金が減る。パチ屋も、コンビニも、人生も。


前にもこんなこと思った。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


スズのブラックで一回だけ曲がり直した。


曲がり直せたのに、胸の奥がまだザワザワしてる。


ザワザワって、静かに鳴る爆音だ。


スマホが震える。


ミツから。


『今日、飲む。ヤニ吸えないから飲む。来い』


来い。


命令形。


命令形は嫌いなのに、今日はちょっとだけ助かる。


なぜなら、飲みに行く理由が「パチ屋じゃない」から。


最悪の言い訳が、今日は味方の顔をする。


私は返信する。


『一杯だけ』


“一杯だけ”。


人生で一番信用できない言葉。


でも無料だから使う。


無料のものは、いつも高くつく。


1


居酒屋。


チェーンの明るさ。清潔そうな嘘。笑顔の店員。


笑顔が多い場所は信用できないのに、ここにはいる。


理由は簡単。


アルコールが、私の心臓のうるささを薄めてくれる気がするから。


薄めるってことは、逃げるってことだ。


逃げるのが楽。


楽は危ない。


席に着くと、ミツがいた。


ヤニカス。


目の下にクマ。口元にニヤけ。手がもうグラスに伸びてる。


「おせー」


私は即答する。


「遅くない。お前が早いだけ」


ミツが笑う。


「それ、スズと同じこと言ってない?」


ムカつく。


なんで知ってんだよ。


街、狭い。


情報、早い。


早い情報は、ユメカネの“見てる”に繋がる。やめろ。


ミツはメニューも見ずに言う。


「とりあえずハイボール」


私は言う。


「私、酒弱い」


ミツが言う。


「弱いなら薄めればいい。薄いハイボールにしろ。水みたいに飲め」


水みたいに飲め。


水は昼飯、まだ死んでない確認。


酒を水扱いするな。死ぬやつだろ。


店員が来る。


ミツが言う。


「ハイボール二つ。濃いめ」


私は即言う。


「え、待って。濃いめいらない」


ミツが平然と言う。


「大丈夫。濃いめの方が効く」


効く。


その言葉、危ない。


効くものほど私を壊す。


でも壊れたい夜がある。


今日みたいに。


注文が通る。


戻れないレールが敷かれる。


レールは楽だ。


楽は危ない。


2


ハイボールが来る。


透明な液体。氷。気泡。


見た目が優しい。


優しい顔は近づいてくる。


私はグラスを持つ。


持った瞬間、心臓が少し黙る。


黙るのが怖い。


黙った分だけ、別の音が聞こえるから。


ミツが言う。


「乾杯。生き延びた記念」


生き延びた記念。


記念って言葉が嫌。


私の人生、記念日にするほど立派じゃない。


でも乾杯の音は、ちょっとだけ好きだ。


カチン。


その音が、コトンに似てて嫌なのに、安心する。


私は一口飲む。


炭酸。


アルコール。


喉が熱くなる。


熱は、当たりでしか作れない気がしてた。


でも酒でも作れる。


作れるって知るのが、怖い。


逃げ道が増えるから。


ミツは一気に飲む。


「ぷは」


この“ぷは”が、妙に生きてる音でムカつく。


ミツが言う。


「最近どうよ。パチ」


私は言う。


「行ってない日もある」


ミツが言う。


「偉いじゃん」


偉いって言うな。


偉いって言葉は私に効く。


効くと、褒められるために壊れたくなる。


私は言う。


「偉くない。スズがうるさい」


ミツが笑う。


「友達じゃん」


私は反射で言う。


「友達じゃない」


ミツはタバコが吸えない苛立ちみたいな顔で言う。


「友達じゃないって言うやつ、だいたい助かってる」


助かってる。


その言葉も嫌い。


助かってるって言われると、私が弱いみたいになる。


弱いのは事実だからムカつく。


私はハイボールをもう一口飲む。


熱が少し増える。


増えると、言葉が軽くなる。


軽い言葉は危ない。


3


二杯目。


ミツが勝手に頼む。


「ハイボール追加」


私は言う。


「一杯だけって言った」


ミツが言う。


「一杯だけって言うやつは二杯飲む。統計」


統計やめろ。


最近みんな統計とか手順とか言ってくる。


世界が私を矯正しようとしてる感じがして腹立つ。


でも二杯目が来た瞬間、私は少しだけ嬉しい。


嬉しいのが終わり。


グラスを持つ。


もう苦くない。


炭酸が優しい。


優しいものほど信用できない。


でも私は信用したい。


今だけ。


ミツが言う。


「ユメカネ、最近どう」


胃が冷える。


冷えると、酒が欲しくなる。


欲しくなるってことは、私はすでに依存の導線に乗ってる。


私は言う。


「ブロックした」


ミツが目を丸くする。


「え、やるじゃん」


やるじゃん。


軽い褒め言葉。


軽い褒め言葉ほど、私の脳が勝手に“許された”に変換する。


許されてないのに。


私は言う。


「効かないけど」


ミツが頷く。


「効かないけど、やったのがでかい。効かないって分かってるのにやるの、強い」


強い。


強いって言葉、怖い。


強いって言われると、強いフリをしたくなる。


強いフリは、誰かの言いなりになる。


私は言う。


「強くない。怖かっただけ」


ミツが笑う。


「怖いのにやったなら強いだろ」


ムカつく。


正しいこと言うな。


ヤニカスのくせに。


私はハイボールを飲む。


熱が増える。


熱いと、私は少しだけ大胆になる。


大胆になると、終わる。


4


スマホが震える。


テーブルの上。


画面が光る。


光は、私を呼ぶ。


私は反射で伏せる。


でも伏せた瞬間、ミツが言う。


「来た?」


私は言う。


「……知らない番号」


嘘。


プレビュー見えた。


見えたけど見てないフリ。


見てないフリって、見てるより弱い。


ミツが言う。


「見せろ」


「やだ」


「見せろ」


命令形。


命令形は嫌いなのに、今は助かる。


私は画面を少しだけ見せる。


プレビュー。


『今、飲んでる? えらい。』


ユメカネの匂い。


優しい顔の文体。


見てる。


見てるってことは、ここも見てる。


居酒屋の明るさが、急に怖くなる。


人が多いのが、盾じゃなくて舞台になる。


ミツが舌打ちする。


「キッショ」


キッショ。


その言葉が、今日初めてちゃんと味方に聞こえる。


ミツが言う。


「返信すんなよ」


私は言う。


「分かってる」


分かってる顔じゃないのを、自分でも分かる。


指がうずく。


うずきは、酒じゃない。


依存だ。


“返したら終わり”って分かってるのに、返したい。


返すと、相手に“届く”。


届くと、私は存在できる気がする。


存在のために、私は首輪を買う。


最悪。


ミツが言う。


「コハク。酒は逃げ道だけど、返信は首輪。違う」


違う。


その区別をつけられるのが、怖い。


私は自分のクズさを、酒で曖昧にしたかった。


なのにミツは、曖昧にさせてくれない。


ムカつく。


でもムカつくってことは効いてる。


私はスマホを伏せて、ハイボールを一気に飲んだ。


炭酸が喉を叩く。


熱が胃に落ちる。


落ちた瞬間、胸が少し静かになる。


静かになると、今度は涙が出そうになる。


酒って、変な方向に静かにする。


静かにする場所を間違える。


私は笑うみたいな声で言った。


「……酒、怖い」


ミツが言う。


「怖いから飲むんだよ。怖いものは、怖いって言える方がマシ」


マシ。


マシって言葉、最近増えた。


私の人生、マシでできていく。


派手じゃない。


でも派手じゃない方が、生き残る。


5


終電が近い。


ミツが言う。


「帰るぞ」


私は言う。


「え、まだ飲める」


言った瞬間、自分で分かる。


これ、パチ屋の「まだいける」だ。


言葉の形が同じ。


依存って、場所じゃなくて口癖なんだ。


ミツが即言う。


「それ、呪文。言うな」


私はキレそうになる。


キレたら楽になる。


楽になると、飲む。


飲むと、帰れない。


帰れないと、明日が死ぬ。


私は歯を食いしばる。


ミツが言う。


「今日は帰れたら勝ち。ハイボールで溶けるな」


溶けるな。


溶ける場所が変わっただけで、私は同じことをしようとしてる。


それが悔しい。


悔しいと、また飲みたくなる。


最悪の循環。


私は立つ。


立てた。


足がふわふわする。


ふわふわは危ない。


でもミツが腕を引く。


外力。


外力って、助かる。


助かるのがムカつく。


6


外。


夜風。


冷たい。


冷たいと現実が戻る。


現実は痛い。


でも今日は、痛い現実の方がマシ。


駅前のパチ屋の看板が光ってる。


酒でふわふわしてる私には、あの光がいつもより優しく見える。


優しい顔は近づいてくる。


私は一瞬、足が止まりかける。


ミツが言う。


「見んな」


私は言う。


「見てない」


「見てる。目が」


目が。


尻尾じゃなくて目。


私の個人情報、全部バレる。


最悪。


ミツが言う。


「今日は酒で逃げた。それでいい。でも店には逃げるな。逃げ道を一本にするな」


一本にするな。


その言葉が、妙に刺さる。


逃げ道が増えると、私はどれもやめられなくなる。


だから今日は、酒だけで終わらせる。


終わらせるって、こんなに難しい。


でもミツが腕を引く。


私は引かれる。


引かれるのが悔しい。


悔しいのに助かる。


それが友達ってやつなら、ムカつくけど認める。


7


家。


布団。


スマホが震える。


ユメカネ。


伏せる。


伏せたまま、私は声に出す。


「返信しない」


言葉を有料にする。


無料の誓いは破れる。


でも有料の誓いは、ちょっとだけ残る。


ミツからメッセが来る。


『生きて帰れた?』


私は打つ。


『帰れた。ムカつく』


返信が来る。


『ムカつくなら勝ち。寝ろ』


寝ろ。


命令形。


命令形は嫌いなのに、今日も助かる。


私は目を閉じる。


ハイボールの炭酸がまだ喉に残ってる。


胃が温かい。


温かいのが怖い。


温かいと、人は判断を間違える。


でも今日は、間違えそうな自分を外力で引っ張れた。


それだけで、今日は勝ちにしてやる。


私はピンク尻尾を握って言った。


「……最悪」


でも今日の最悪は、パチ屋の最悪じゃない。


酔いの最悪。


帰れた最悪。


生き残る最悪。


そして静かな部屋で、コトンが鳴りかけたけど——


今日は、ハイボールの気泡の音の方が先に消えてくれた。


一回だけ。


それが、今日の勝ち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ