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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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16/30

第16話 "Caffeine" Friend


返済した翌日の朝って、世界が静かすぎる。


静かって、優しい顔してるくせに、ちゃんと刺してくる。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


枕元のスマホは、鳴ってないのに鳴ってる気がする。


体が先に怯える。便利。最悪。


通知は来てない。


ユメカネはブロックした。


ブロックって現実に効かない。


でも、効かないって知りながらやったことだけ、ちょっとだけ私の中で重い。


その重さが、逆に不安を呼ぶ。


不安って、軽い音で近づいてくる。


パチ屋の自動ドアみたいに。


私は布団から出て、財布を触る。


薄い。


薄い財布は、私をパチ屋へ押す。


でも今日は行かない。


行かないって決めた。


決めたことを無料にしない日。


そう思った瞬間、足が勝手に駅前の方角を向く。


向くな。


向くなって思うほど向く。


私は自分にキレた。


「……黙って真っ直ぐ、生きろよ、私」


言ったのに、玄関の鍵を開けた。


1


駅前へ向かう道。


朝のコンビニは明るい。


明るい場所は信用できないのに、私は入る。


理由は簡単。


飲み物。


飲み物を買うっていう“小さい行為”で、今日の自分を動かしたい。


動かしたいって思う時点で、もう不安に負けてる。


冷蔵棚の前で、私は手が止まる。


水。


エナドリ。


缶コーヒー。


どれも「まだ死んでない確認」みたいな顔してる。


私は水を取る。


まともなふり。


その瞬間、背後から声。


「コハク?」


呼び方が短い。


短い呼び方って、丁寧じゃないから安心する時がある。腹立つ。


振り返ると、いた。


でかいタンブラー。


黒い服。


目の下のクマ。


手には、もう一本、コンビニのブラック。


「……スズ」


スズ。鈴。


同年代かちょい上。


私が昔、短期の現場で一回だけ一緒になって、なぜか連絡先だけ残ってた人。


残ってる連絡先って、だいたいロクなことに使われない。


でも今は、スズの存在が現実っぽい。


現実っぽいものは、パチ屋よりちょっとだけ正しい。


スズが私のピンク尻尾を見て、眉も動かさずに言う。


「尻尾、派手」


私は即答する。


「うるさい。百均」


スズは頷く。


「百均、偉い。止める意思がある色」


偉いって言うな。


偉いって言葉は私に効く。効くと腹立つ。


私は言う。


「止める意思じゃない。恥」


「恥でもいい。止まるなら」


その言い方がムカつく。


でもムカつくのに、ちゃんと効く。


スズはレジに向かいながら言った。


「今日、顔が“行く”って顔。どこ行くの」


私は、嘘をつく前に口が動いた。


「……駅前」


スズが即言う。


「パチ?」


私は言う。


「……違う」


嘘。


嘘って分かってる。


でも“違う”って言うと、私はまだ人間側にいる気がする。


スズはレジで会計して、私にブラックを一本差し出した。


「飲む」


命令形。


命令形って嫌いなのに、今日は助かる。


私は言う。


「いらない」


スズが言う。


「いらないなら捨てる。捨てるのはもったいない。だから飲む」


意味が強引。


強引な理屈は、私の頭の中の詐欺師に似てる。


似てるからムカつく。


でも詐欺師と違うのは、スズの強引さは財布じゃなくて“足”を止めに来てること。


私は受け取ってしまう。


受け取った瞬間、指が震える。


震えはカフェインじゃない。いつもの不安。


スズが見て言う。


「手、揺れてる。眠い?」


私は言う。


「怖い」


スズは一瞬だけ黙って、すぐ言う。


「じゃあ、起こす」


2


コンビニを出る。


朝の空気が冷たい。


冷たいと現実が戻る。現実は痛い。


痛いと、私は音を欲しがる。


音=パチ屋。


その公式が、私の中にこびりついてる。


スズは歩き出す。


駅前方向じゃない。


逆方向。


私は言う。


「どこ行く」


スズが言う。


「散歩。20分。カフェイン効く前に歩く」


「効く前にって何」


スズはタンブラーを振る。


中の氷がカラカラ鳴る。


その音が、私の中の“コトン”に似てて嫌。


でもパチ屋のコトンより弱い。


弱い音は、私を殺さない。


スズが言う。


「カフェインって、味じゃない。手順。飲む→歩く→呼吸整う→不安が1段落ちる」


手順。


ハルが言ってた言葉。


“宗教じゃない。手順っすよ”


私はムカつく。


私の周り、手順で人生を殴ってくるやつが多い。


でも手順って、殴り方が雑じゃない分、余計に刺さる。


私はブラックを開ける。


プシュッ。


この音だけで少し落ち着くのが最悪。


私は一口飲む。


苦い。


苦いのに、目が覚める。


覚めると、パチ屋の幻聴が少し遠のく。


遠のくと、逆に自分の心臓が聞こえる。


心臓の音、うるさい。


スズが言う。


「今、胸うるさい?」


私は言う。


「うるさい」


「じゃあ数える。歩数。信号までで100」


「何それ」


「数えると、脳が別の仕事する。脳に“回転”以外の仕事を渡す」


回転。


その単語が刺さる。


パチ屋だけの言葉じゃないのに、私の中ではパチ屋の言葉だ。


私は言う。


「……私、終わってる」


スズが言う。


「終わってる人は、終わってるって言わない」


「言うよ」


「言ってる時点で、まだ動ける」


動ける。


動けるって言葉が怖い。


動けるなら、またパチ屋へ動けるから。


私は言い返す。


「動けるのが良いとは限らない」


スズが即答する。


「限らない。でも今日は“動く方向”を変える」


方向。


方向音痴じゃない。依存症だ。


でも方向を変えるって言い方は、ちょっとだけ希望みたいでムカつく。


3


歩いてるうちに、私は気づく。


スズの歩き方、速い。


速いって、焦りの歩き方だ。


スズは落ち着いて見えるのに、落ち着いてない。


落ち着いてないのに、落ち着いたふりが上手い。


それが、私のパチ屋の顔に似てる。


私は言う。


「スズ、眠いの?」


スズは即答する。


「眠い」


「じゃあ何でそんな元気」


「元気じゃない。起きてるだけ」


起きてるだけ。


その言い方が、私の“まだ負けてないだけ”に似ててムカつく。


私はブラックをもう一口飲む。


苦さが胃に落ちる。


落ちた苦さが、パチ屋の甘い光より本物っぽい。


スズが言う。


「コハク、今日どれくらい寝た」


「寝てない」


「何で」


「静かで怖かった」


スズが頷く。


「静けさは怖い。だからみんな音に行く」


みんな。


そう言われると少しだけ楽。


私だけがクズじゃない気がする。


楽になるのが怖い。


楽は危ない。油断する。油断すると曲がる。


私は言う。


「でも音は、私を溶かす」


スズは言う。


「だから音を変える。パチ屋の音じゃなくて、コンビニの冷蔵棚の音とか、歩道の信号の音とか」


「そんなので足りる?」


スズは言う。


「足りない。だから足りないままにする」


足りないまま。


それはつまり、“満たされる”を諦めるってこと。


それ、強い。


強いのに、地味。


地味な強さは、パチ屋の派手さより怖い。


4


駅前の近くまで戻ってくる。


戻ってくるって言葉が嫌。


戻るって、いつも悪い戻り方だったから。


でも今日はスズと戻ってきた。


戻り方が違うだけで、景色が少しだけ違う。


駅前のパチ屋の看板が見える。


光ってる。


優しい顔してる。


「おかえり」って言ってる。


私は一瞬、足が止まる。


止まった瞬間、尻尾がピンクの中で揺れる。


恥じゃない揺れ。


欲の揺れ。


最悪。


スズが横で言う。


「止まった」


私は言う。


「してない」


「してた。今、呼ばれた顔してた」


呼ばれた顔。


その言い方がムカつくほど当たってる。


私はキレたくなる。


キレたら楽になる。


楽になると、行ける。


私は歯を食いしばる。


スズが言う。


「コハク。今日の勝ち方、簡単」


「何」


「入口まで行かない。看板見ながら、コンビニ入る」


「……それ勝ち?」


スズが言う。


「勝ち。だって“曲がった”を、“曲がり直す”に変えた」


曲がり直す。


その言葉が刺さる。


私、曲がったら終わりだと思ってた。


曲がった瞬間に負けが確定すると思ってた。


でも曲がり直せるなら、負けは確定じゃない。


その希望が怖い。


希望は嘘になるから。


でも今日は希望を“手順”で扱う日。


私は言う。


「……コンビニ、さっき行った」


スズが言う。


「もう一回行く。今日のテーマは“同じ場所を別の理由で使う”」


パチ屋じゃなくて、コンビニ。


同じ駅前でも、別の導線。


その発想が、ムカつくほど正しい。


私は足を動かす。


パチ屋じゃない方へ。


足が動く。


動いたことが怖い。


でも動いた。


スズが言う。


「はい。今日、1勝」


「1勝って言うな」


「じゃあ1回。生存確認」


生存確認。


水のときと同じ言葉。


私はブラックを飲んで、苦さで現実を口に入れた。


5


夜。


家。


静か。


静かすぎて怖い。


でも今日は朝より静けさがマシ。


理由は、歩いたから。


苦いのを飲んだから。


看板の前で曲がり直したから。


全部、小さい。


小さい勝ちは、派手じゃないから不安になる。


不安になると、また音が欲しくなる。


私はスマホを見る。


通知はない。


ないのに、私は手が触りたくなる。


触りたくなる衝動って、カフェインじゃなくて依存だ。


私はスズにだけメッセを送る。


『今日、行かなかった。ムカつく』


返信がすぐ来る。


『ムカつくなら効いてる。ブラック飲んで寝ろ。寝れなくても横になれ』


寝ろ。


命令形。


命令形は嫌いなのに、今日は助かる。


私は布団に潜る。


ピンク尻尾を丸める。


丸めた尻尾が、静かに揺れる。


揺れ方が、いつもの欲の揺れじゃない。


疲れの揺れ。


疲れは、現実の証拠。


現実は痛いけど、今日は現実で終われた。


私は小さく言う。


「……最悪」


でも今日の最悪は、パチ屋の最悪じゃない。


苦い最悪。


眠い最悪。


生きてる最悪。


そして最後に、スマホが一回だけ震える。


知らない番号じゃない。


ユメカネじゃない。


スズ。


『明日も起こす。逃げ道、増やすな。方向だけ変えろ』


方向だけ変えろ。


その言葉が、私の頭の中のコトンより少しだけ強かった。


私は目を閉じた。


静か。


静かの中で、今日は“戻れ”が鳴らなかった。


一回だけ。


それが、今日の勝ち。

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