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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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15/30

第15話 返済日


返済日って、天気と関係ないのに空がやたら白い。


白い空は「やり直せ」って顔してくる。やり直せるわけないのに。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


スマホが震える。


ユメカネ。


『今日、月末。約束、覚えてるよね。えらい。』


えらい。


返済日に「えらい」って言うやつ、信用できない。


褒めてから回収するタイプ。


私は返信しない。


しないって決めた。


でも昨日までの私は、決めたことを無料にしてた。


今日は、有料にする日。


枕元の封筒を開ける。


札がある。昨日の勝ちの残骸と、日払いの残りと、必死の残り。


足りるかは分からない。


でも“足りない”って言い方をすると、私はまた「じゃあ当てに行く」になる。


だから私は言い方を変える。


「……返す分だけは、ある」


言い方が弱い。


弱い言い方は、私を守るときがある。


1


昼前。


ハルから返信が来た。


遅い。遅いのに、来た瞬間、息が戻るのがムカつく。


『共有って言われたなら、今日払わない方がいい。場所変えましょう。交番近く』


払わない方がいい?


でも私は払うって言った。


払うって言った自分が、今日の自分を縛る。


縛りは嫌いなのに、今日は縛りが必要。


私はスマホを握って打つ。


『払う。払わないと、首輪が締まる』


既読がすぐ付く。


ハルの既読は、パチ屋の当たりより安心するのが最悪。


『じゃあ“払う場所”を選ぶ。カフェじゃない。駅ビルのフードコート。人とカメラ多い』


カメラ。


その単語が胃に効く。


でも効くってことは、現実に効く。


現実は痛いけど、今日は現実の痛さを使う日。


2


駅ビル。


フードコートの端。人が多い。うるさい。子どもの泣き声。トレーの音。店員の呼び声。


この音は、パチ屋の音より雑で、正しい感じがしない。


でも正しくない音の方が、私には必要かもしれない。


ハルがいた。


フード。小柄。目が冷たい。


今日は冷たい目が、味方っぽい。


「狐さん」


私は言う。


「呼ぶな。目立つ」


「目立つ方が安全っす」


「安全って言葉、信用できない」


「信用できないから使うんすよ」


ムカつく。


でも正しい。


私はバッグの奥の封筒を触る。


触るだけで昨日の音が蘇る。


ジャラジャラ。コトン。


思い出すな。今日は思い出す日じゃない。


ハルが言った。


「手順、ひとつ。封筒は出さない。スマホで送金できるならそれ。できないなら、封筒出すのは最後」


私は言う。


「送金とか知らない」


「じゃあ現金。でも渡し方を決める。“全部渡して終わり”って形にする。相手の提案は全部聞かない」


全部聞かない。


それが一番難しい。


聞きたくなるから。優しい顔の提案は、脳の弱い場所を撫でるから。


私は舌打ちして言う。


「……今日は、キレない」


ハルが言う。


「キレてもいい。キレる前に“帰る”って言う」


帰る。


無料の言葉。


今日は有料にする。


3


来た。


ユメカネ。


黒いジャケット。細い指。優しい口。目だけ笑ってない。


歩き方が丁寧で腹立つ。丁寧は刃物の鞘だ。


男は私を見つけて、すぐ笑う。


「コハクさん。来てくれてありがとう。えらい」


私は言う。


「えらいって言うな」


男は困った顔をする。上手い困った顔。信用できない。


「ごめん。じゃあ…約束、守れる?」


守れる。


その単語で、喉が狭くなる。


守れるかどうかって聞かれると、守れない自分が先に浮かぶ。


浮かんだ瞬間に、パチ屋の看板が頭の中で光る。


やめろ。


今日はフードコートだ。


私はバッグを開けて、封筒をテーブルに置く。


置いた瞬間、手が震える。


震えは恥と怒りと怖さの混ざったやつ。


ピンク尻尾が椅子の影で揺れる。最悪の実況。


男は封筒を見て、にこっと笑う。


「すごい。できたね」


できたね。


その言い方、子ども扱いでムカつく。


でも私は子どもみたいに逃げてきた。


ムカつくほど効く。


男が続ける。


「でもね、コハクさん。これで終わりじゃない。終わらせ方を—」


ハルが口を挟む。


「話、長くしないでください。ここ、フードコートっす」


男の笑顔が一ミリ薄くなる。


薄くなると、やっと人間っぽい。最悪。


「友達さん、今日もいるんだ」


ハルが即答する。


「いるっす。で、要件は“回収”ですよね。なら金受け取って終わりにしてください」


回収。


その言葉をここで使うな。パチ屋の言葉を現実に持ち込むな。


でも男は笑う。


「回収って言い方、怖いよ。僕らは—」


私は言う。


「受け取って。終わりにして」


声が思ったより低く出た。


低い声は、パチ屋の爆音より強い感じがする。


男は封筒に手を伸ばす。


伸ばす指が綺麗でムカつく。綺麗な指ほど人の生活を汚す。


男が封筒を開けようとする。


ハルが言う。


「開けないで。金額確認はこっちで言います」


男が私を見る。


「じゃあ、いくら?」


私は息を吸って、吐く。


「四万。これで終わり」


言った瞬間、自分の中の何かが一回だけ静かになる。


パチ屋の音が、頭の奥で一瞬消える。


消えるのが怖い。


でも今日は、その怖さを使う日。


男は少しだけ首をかしげる。


「四万“だけ”で終わると思ってる?」


だけ。


またその言葉。


“だけ”は嘘。


でも今日は、嘘でもいいから言い切る。


私は言う。


「終わる。終わらせる」


男は優しい声で言った。


「コハクさん、すごい。でも—」


私は遮る。


「“でも”いらない」


言えた。


言えたことが、胃に刺さる。


刺さるけど、刺さるってことは生きてる。


男は一瞬黙って、封筒を閉じた。


「分かった。受け取る。…でも、次の話は—」


ハルが立つ。


「次ないっす。帰ります」


私は立つ。


立った瞬間、足が少し震える。


震える足で、歩けるのが悔しいくらい嬉しい。


4


帰り道。


駅の外に出ると空気がうまい。うまい空気は泣きたくなるから嫌い。


私は泣かない。泣いたら負ける気がする。


でも今日は、勝ちと負けがごちゃごちゃだ。


ハルが言う。


「狐さん、今、音が静かっすね」


私は言う。


「静かって言うな。怖い」


「怖いのが正常っす」


正常。


その単語もムカつく。


正常って、私を責める言葉に見えるから。


でも今日は責められたいんじゃない。


戻りたい。


パチ屋に。


あの音に。


返済したご褒美みたいに、行きたくなる。


ご褒美って言葉が頭に浮かんだ瞬間、私は自分にキレた。


「……行きたくなってる」


ハルが頷く。


「なるっす。返済って、脳にとって“勝ち”扱いだから。勝ったら、次も勝ちたくなる」


最悪の仕様。


私は言う。


「じゃあどうすんの」


ハルが言う。


「今日は、帰る。パチ屋の前通らない。遠回り」


遠回り。


遠回りって言葉は、負けみたいで嫌い。


でも今日は負けみたいな勝ちが必要。


私はうなずく。


うなずいた瞬間、尻尾がピンクの中で小さく揺れた。


喜びみたいに。


その喜びが一番怖い。


喜びは次を呼ぶから。


5


夜。


部屋に戻る。


静か。


静かすぎて心臓がうるさい。


うるさい心臓は「戻れ」って言う。


でも今日は、戻る場所を一個だけ減らした。


それだけで世界が変わるわけない。


変わらない。


でも変わらない中で、私は一回だけ違うことをした。


スマホを見る。


通知が来てる。


ユメカネ。


『今日はありがとう。えらい。次はもっと楽に—』


私は、ブロックした。


ブロックは現実に効かない。


分かってる。


でも“効かない”って知りながらやる行為は、私の中でちょっとだけ強い。


強いのが怖い。


強いと、また賭けたくなるから。


ミツから。


『生きてる? 返せた? ヤニで祝う?』


レンから。


『数値、確定した? たぶん卒業?』


アオイから。


『音、欲しくなったら来い。パチじゃない音用意する』


ハルから。


『今日の勝ちは、静かなやつっす。静かな勝ち、逃げないで』


静かな勝ち。


逃げないで。


私は布団に潜って、ピンク尻尾を握った。


握ると、恥が少しだけ働く。


恥は私を救わないと思ってた。


でも今日、恥は“帰る”を手伝った。


私は小さく言った。


「……最悪」


でも今日の最悪は、溶ける前の最悪じゃない。


溶けないための最悪だ。


静かで、苦くて、腹が減る。


でも腹が減るってことは、生きてる。


私は水を飲んで、まだ死んでない確認をして、目を閉じた。


そして、頭の中で鳴りかけたコトンを、今日は無視できた。


一回だけ。


それが、今日の勝ち。

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