第12話 初カラオケ
夜。
ゲーセンの光のあとって、喉の奥が変に空っぽになる。
手は忙しかったのに、心はずっと暇だった感じ。嫌。
私はコハク。狐の獣人。女。
尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。
駅前。ミツとレンとアオイ。
いつもの変なパーティ。固定メンバー化してるのが怖い。
でも、怖いってことは、ちょっとだけ助かってる。
アオイが言った。
「次、カラオケ行こ。声で抜けよう」
“抜けよう”って言葉、優しい顔して危ない。
でもパチ屋の「取り返せる」よりはマシに聞こえる。ムカつく。
カラオケの受付。
明るい。清潔。笑顔。
笑顔が多い場所は信用できない。パチ屋で学んだ。
店員が言う。
「何名様ですか?」
アオイが即答。
「4人!」
私は心の中で言う。
4人って、もう友達じゃん。やめて。私、そういうの慣れてない。
レンは受付中もゲーム機触ってる。
ミツは喫煙所の場所を最初に確認してる。
アオイは曲予約の戦略を立ててる。
全員、別の中毒を抱えたまま「健全な遊び」に来てる。
健全って言葉、嘘っぽい。でも嘘でも今日はそれでいい。
部屋に入る。
ソファ。リモコン。マイク。
モニターの光が、パチ屋より優しい顔してる。
ミツが言う。
「とりあえず飲み物」
私は言う。
「水で」
レンが言う。
「水は昼飯」
「うるさい」
アオイがマイクを握る。
握り方が慣れてる。
慣れてる人の動きって、羨ましくてムカつく。
「最初、私ね。場を温める」
場を温める。
その言い方が、DJっぽくて腹立つ。
でもアオイが歌い始めた瞬間、空気が変わった。
音。
低音じゃなくて、声。
人間の声が部屋を埋める。
私は思う。
声って、ズルい。
パチ屋の音は機械だから、私が壊れても責任を取らない。
でも声は、人が出してる。人の温度がある。
その温度が、ちょっとだけ怖い。
アオイが歌い切って、笑う。
「はい次、コハク!」
私は即言う。
「無理」
ミツが言う。
「無理って言う前に曲入れといた」
「殺す」
ミツが煙を吸えない苛立ちを目で表現しながら言う。
「殺すな。ここ禁煙」
レンが画面から目を離して言った。
「歌うの、嫌?」
私は言う。
「嫌っていうか……声出したら、バレる」
「何が」
「弱いのが」
言った瞬間、自分でムカつく。
弱いとか言うな。私はキレて誤魔化すタイプだろ。
なのに今日は、誤魔化しが薄い。
アオイがマイクを私に渡して、軽く言う。
「バレていい日、作ろ。今日はその日」
その言葉が、変に刺さる。
刺さるのに優しい。優しいのが一番怖い。
曲が始まる。
イントロ。
私はマイクを握って、息を吸う。
息を吸うと、パチ屋の空気を思い出す。
“深呼吸するな”って脳内の看板が言う。
でもここでは深呼吸していい。
私は歌い始める。
声が出る。意外と出る。
最初は小さい。
途中で少し大きくなる。
サビで、ちゃんと音になる。
自分の声が部屋に響くのが、恥ずかしくて、少し気持ちいい。
気持ちいいのが怖い。
でも、怖いまま続ける。
歌いながら、気づく。
パチ屋で欲しかったのって、当たりじゃなくて、
“自分の中のうるささ”を消す時間だった。
でも歌ってると、うるささは消えない。
代わりに、うるささが言葉になる。
言葉になると、少しだけ扱える。
扱えるのが、悔しいくらい救い。
歌い終わった瞬間、部屋が一瞬静かになる。
その静かさが怖い。
怖いけど、逃げない。
ミツが言う。
「……意外と上手いじゃん」
私は言う。
「意外って言うな」
レンが言う。
「声、ちゃんと強い。コハク、音に負けてない」
アオイが笑う。
「そう。今日は“音に逃げた”んじゃなくて、“音で戻った”感じ」
戻った。
その言葉がちょっとだけ嬉しくて、すぐムカつく。
私はピンク尻尾を握って言った。
「……最悪」
でも今日の最悪は、いつもの最悪と違う。
溶ける前の最悪じゃなくて、
ちゃんと残る最悪。
声は残る。
だからこそ、今日はカラオケが怖かった。
でも怖いまま歌えたなら、それは多分、勝ち。




