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とりあえず3分ください! ~タイパが悪い落ちこぼれ聖女は冷遇されても追放されても、それなりに毎日幸せです。  作者: 紺青


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09 種明かし

 ニナの辺境での一日は、やっぱり薬草の世話から始まる。

 からりと晴れた空の下、ジョウロを持って水やりをする。王都とは気候が違うせいか、よく見ると植えられている薬草の種類は違う。ここの管理はブランがしていて、侍女たちと手分けして世話をしているらしい。


 ニナが水やりをしている間に広大な畑のほとんどにブランが魔法で水やりを終えていた。いつもの習慣をしていると、心が鎮まる気がする。


 一仕事終えると汗がぶわっと噴き出した。

 木陰のベンチにブランと並んで座ると、侍女がソーダ水の入ったグラスを差し出してくれた。ぱちぱちとはじけるソーダ水。エールとともに人気がある東の辺境の名物だ。王都では見たことがない飲み物だが、このあたりに多数ある炭酸泉を元にして製造しているらしい。喉の奥で泡が弾ける感覚をニナは気に入っていた。


「ニナさん、お疲れ様」

「ブラン様もお疲れ様です」

「ここでの暮らしには慣れましたか?」

「ええ、お陰様で」

 馴染みのある建物や人ばかりだったら、違う土地でもそれはそれは馴染みやすいだろう。この地に来て一週間、未だになぜなのかは解明されていない。


 王宮にいた頃と違うところはニナがみんなに治癒魔法をかけることがなくなったことだろうか。



 ニナが落ち着いたところで辺境伯と面談した。彼の要求は一つだった。

『ニナちゃん。この先、なにがあっても君は聖女として働かなくていい。医術師や薬師として働いてくれるなら、それは止めない。でも、これだけは覚えておいて。治癒魔法をかける必要はない』

『?』

『約束できる?』

 初日のすごいテンションでもなく、いつもの柔らかな表情でもなく、真顔の彼には辺境伯としての凄みがあった。


『……できません。この土地の人たちの身になにかあったら、私は躊躇することなく力を使います。もちろん、手を握ることになるので、それが嫌な方や治癒魔法に嫌悪感のある方に無理やり施すことはないのでご安心ください』

『わかった、わかった。緊急時は仕方ない。でも、普段は使わないでほしいんだ』

『承知しました』

 なぜ、辺境伯がそんなことを求めるのかはわからないけど、ニナに否やはない。



「それで、ブラン様。そろそろ種明かしをしてほしいんですが……」

 横で涼しい顔をしているブランはニナより若いのに、辺境伯の補佐として縦横無尽に活躍している。武闘派の辺境伯と違い頭脳労働や人の折衷が役割。騎士団の鍛錬に混じることはないが、体もそこそこ鍛えているようだ。


 この一週間はなにかとニナを気にかけてくれていたが、肝心なことについてなにも説明してくれない。のらりくらりとかわされていた。まだ成人していないし、どちらかというと中性的で柔らかい雰囲気だが食えない男だ。


「ニナちゃん、僕の顔に覚えはない?」

 いつの間に横に来たのか、辺境伯がエール片手に顔を突き出してきた。黒くて癖のある髪に、黄色がかった琥珀の瞳。日に焼けていて少し彫りの深い顔立ち。目尻や頬にある皺のおかげで優し気な印象に見える。はっきり言って好みのど真ん中だけど、見覚えは全くない。


「ニナちゃんは僕の恩人なんだ」


「恩人……?」


 王宮の医務室にいた頃、時折ヨアキム先生に連れられて医務室の隠し扉から地下の迷宮を通りついた先で、目隠しのベールをかぶり治癒魔法をかけたことが度々あった。

 部屋に敷かれた毛足の長い絨毯や焚かれている香の香りで、きっとやんごとなき方々だろうと思っていたけど……。その中に辺境伯がいたということだろうか?


「覚えていないだろうけど、君の治癒魔法に救われた一人だ。だから王宮での生活が快適になるように手を回して、辺境伯邸内にあるのと同じ食堂を建てて、辺境の人材を派遣し君を見守った。そして、機会があれば、うちに引き取る準備はずっとしていた。辺境伯邸の敷地内に王宮の医務室と同じ造りの診療所は前々から建てていたし、薬草園も徐々に大きくしていった。そして、今回、王家から話があって、喜んで君を引き受けた。君がのんびりこちらに向かっている間に速攻で派遣していた人員を引き揚げさせて、みんな本来いるべき場所に帰って来ただけだよ。これが君が聞きたかったことだよね?」


「はい……」

 壮大な種明かしに眩暈がしそうになる。ニナというたった一人の大して役にも立たない聖女のために、辺境の人員や資金を動かしてくれたのだと思うと申し訳なくて仕方ない。


 それに結局のところ、王宮から辺境へ飛ばされたということはニナに聖女として価値がないと判断されたからだろう。物理的に首が飛ばなかっただけ、よしとするしかない。


「本当に辺境伯様に治癒魔法を施したのは私なのでしょうか?」

 本格的に治癒魔法を使い始めたのは十二歳の頃から。ベールを被っている時は相手の顔を認識できていないし、まったく身に覚えがない。

 咳の持病を持つ少年、馬から落ちて骨盤骨折した壮年の男性、及び骨折した馬。事故で足が不自由になった青年……。印象的な患者を思い浮かべるけど、当てはまらない気がする。


「……僕の恩人はニナちゃん、君で間違いない。そして、その時にとても失礼なことも言ってしまった。君には返せていない恩がたくさんある。結局、籠の鳥であるのには変わりない。自由をあげることはできない。でも、健やかに幸せに生きてほしいと願っているんだ」

 真摯な顔で告げる彼の言葉にきっと嘘はない。


「ありがとうございます」

 ニナはおかしな状況と辺境のみんなの厚意を受け入れる覚悟を決めた。


「ニナさん、父の恩があるからだけではないですからね。確かに父は辺境の人々に事情を説明して、王宮で働く人を募りました。初めは王都に行きたい人や給金の高さに釣られた人、君の状況に同情した人が志願しました。帰省もできたし、希望があれば辺境に戻る事もできたんですよ」

 ブランの言葉に少しほっとする。みんなが強制的にニナのために王宮で働いていたのだとしたら、どれだけ謝っても足りないだろう。


「でも、だーれも帰ってこないし、帰省してくる人はみんなニナさんのファンになってて、辺境ではすごい人気になってましたよ。今回のニナさんのお迎え当番も争奪戦も壮絶でしたしね」

 ブランが横からおどけた口調で付け足す。


「ファン……?」


「王宮でもここでも、ニナちゃんにみんなが親切で優しいだろ? 僕はそこまで要求していない。みんながそうしたくなるのは、ニナちゃんがそういう人だからだ。それだけは覚えておいて。治癒魔法なんてなくても聖女じゃなくても君はこの土地に歓迎されている」


「はい」

 ずっと自分はいつ飛ばされてもおかしくないと思って生きてきたけど、もしかしたらこの土地で根付いて生きていけるかもしれない。


 目の前には薬草園が広がっていて、朝の風が葉を揺らしていく。ニナは辺境伯親子に挟まれて、目の前の景色に見入った。残りの炭酸水を口にする。ぬるくて炭酸も抜けてしまっているそれを、ニナはゆっくりと味わいながら飲んだ。

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