10 再会
ニナが王都を追放されて三カ月後、東の辺境の地になぜかニナの元上司がやってきた。筆頭聖女を引き連れて。
辺境伯やブランをはじめとして、辺境伯に仕える者が一堂に介し、視察に訪れた第二王子率いる第一騎士団の精鋭ご一行を迎え入れる。ニナは末席の末席。隅の方で小さくなって頭を下げている。
第二王子と並んで歩く婚約者の女騎士オーレリアに続き、元上司が筆頭聖女をエスコートしてくる。
前髪を二つに割っていて、つい先日知ったばかりの琥珀の瞳がこちらをまっすぐ射抜く。別にニナに気づいたとか、ニナを見ているわけではない。ただ筆頭聖女に害をなす者がいないか確認しているだけだ。
重い前髪で覆われていたご尊顔がお目見えしている。見た目はキラキラ感があるのに相変わらずの不機嫌顔だ。どこか冷たささえ感じるほど涼し気な顔立ちで、端的に言って美形だ。第二王子と人気を二分していたのもうなずけるほどの。隣に立つ筆頭聖女の華麗な美しさにひけをとらない。二人はとてもお似合いだ。
会いたいたかったけど、こういう再会は望んでいなかった。
——左足が完治している?
黒の騎士服をまとい堂々と歩く彼を見て、ずきっと胸の奥が痛んだ。どれだけ目を凝らしてみても左足に不自然なところはない。自信に溢れた足取りで、筆頭聖女を導いている。
ニナが三年間、毎日かけ続けた治癒魔法は効かなかったのに。筆頭聖女様の超上級の治癒魔法のお陰で完治したのかもしれない。力の差は歴然としている。
「見たくはなかったなぁ……」
色々な現実を目の前で突きつけられて、複雑な気分になる。平民の孤児で力のない落ちこぼれ聖女で。なにも持たないニナには雲の上の人なのはわかっていたけど。
「ヨルンくーん、久しぶり!! 元気だったぁ?」
「!!」
先ほどまで威厳を漂わせて第二王子に歓迎の挨拶をしていた辺境伯が元上司の顔を見て、顔をくしゃくしゃにして抱きついている。エスコートされていた筆頭聖女はその勢いに気おされて、一歩後ろに引いている。
辺境伯と元上司の距離の近さに驚いていると、ブランにそっと耳打ちされる。
「ヨルン・オーガスタスは次期辺境伯で僕の兄ですよ」
「えーー!!!」
思わず声が漏れると、未だに辺境伯に捕獲されている元上司に睨まれた。能無しだと更迭された元部下との対面など望んでいないのかもしれない。
「オーガスタス辺境伯、お久しぶりです。お義父様とお呼びしたほうがよいかしら?」
筆頭聖女が親し気に挨拶をして、優雅にほほ笑む。幸せの絶頂にいる人の余裕が感じられる。
「どうも。筆頭聖女様をお呼びした覚えはありませんけどね。神殿にも王家にも嘆願は出していませんし」
すっと表情を消した辺境伯に首を傾げる。やはり一度、最愛の息子との婚約を解消されたことを根に持っているのだろうか?
でもきっと、ニナが治せなかった左足を彼女が治したと知ったら、そんな過去も水に流せるだろう。彼の来訪は仕事だけでなく、彼女との復縁を認めてもらいにくるという目的もあるに違いない。
「殿下も視察にいらっしゃるというし、大事な国の守りの要ですもの。なにをおいても駆けつけますわ。不穏な気配もあると聞きましたし。だって、ヨルン様の大事な生家ですしね」
「オーガスタス家もなめられたもんだ。確かに、ここ二十年ほど害獣被害はなかった。最近、害獣被害が増えているけど、戦力は落ちていないし、医術も発展させている。神殿や筆頭聖女様の助けなどなくても、なんとかなりますけどねぇ」
「わたくしは西の害獣被害の最前線を知っています。前線では1分、1秒が大事なんですよ。命の危機に際して3分も待ち続けたら死にますよ」
にっこりとほほ笑みながら、初級聖女のニナを、ひいてはニナを庇護した東の辺境伯を当てこすってくる。貴族ってすごい。具体的なことはなにも言っていないのに、どんな嫌味を言っているのかこちらに正確に伝わってくる。
「だから、治癒魔法がなくとも、この地は大丈夫だと言ってるんです。ここ最近、東で害獣被害が出ていると言ってもそれほど大したものではない。ご自分の実家の方を心配したほうがよいのではないですか?」
「東では平和が続いていて、ずいぶん悠長にされているんですね。このままではあっという間に前線が崩されて街や村に被害が及びますよ」
筆頭聖女がまるで予言のように告げる不吉な言葉に、出迎えのため勢ぞろいしていた辺境の者たちの間からざわめきが広がる。
「でも、大丈夫です。王宮から第一騎士団の精鋭が駆けつけましたし、筆頭聖女であるわたくしがついています。みなさま、どうか安心してご自分にできることをしてくださいまし」
その言葉に祈るように手を握りしめ涙を浮かべている者もいる。筆頭聖女はあっという間にこの場を支配した。
「そうやって、西では信者を増やしているのかもしれないが、ここで勝手をするのはやめてもらおう。前線を知っているというのは本当ですか? 観光気分なのはそちらでは? ここは煌びやかで安全な神殿ではないのですがね」
辺境伯は筆頭聖女が身にまとう儀式用の白く透ける生地に細かな宝石や刺繍でこれでもかと飾り付けられたドレスに冷たい視線を投げかけた。
「遊びにきたのではなくて、いざという時にわたくしの力が必要かと思って正装で来ましたの。あまりにストレスがたまったら、力が存分に発揮できないかもしれませんけどね」
「第二王子殿下の視察も筆頭聖女様の来訪もこちらの希望したものではないということは覚えておいてくださいね」
これは筆頭聖女ではなく、集まった領民へ今回の件に関しての辺境伯としての意思を示したのだろう。
「オーガスタス辺境伯、そのあたりで。こちらの都合で無理を言ってすまない。筆頭聖女様の善意の申し出なんだ。気を悪くしないでほしい」
成り行きを見守っていた第二王子がようやく仲裁に入った。
「これだけは覚えておいてください。東の辺境に治癒魔法は必要ありません。どうかご勝手に力をふるまわないようお願いします」
「それはどうかしらね? わたくしの力を知ったら、地べたに這いつくばって懇願するかもしれなくてよ。行きましょ、ヨルン。疲れたわ」
筆頭聖女を先頭に第二王子一行が迎賓館へと案内されて行く。緊迫した空気の中、必死になって気配を消していたニナはほっと肩の力を抜いた。
目の前で交わされた会話と出来事を反芻する。
元上司の左足は完治。治したのはおそらく筆頭聖女様。
元上司がオーガスタス辺境伯の跡取りで、その奥様は筆頭聖女様?
義理の父である辺境伯は筆頭聖女様を毛嫌いしている。だけど、息子の後遺症を治すほどの力を持つと知ったら仲直りするかもしれない。
いずれにしても東の辺境はこの先、荒れそうだ。もう、東の隣国に逃亡してもいいかな?
「ニナさん、物騒なこと考えてないで、エール……じゃなくてソーダ水でも飲みにいきましょう」
「いいですね、行きましょう」
元上司の視線が再び刺さる。遠くからなのに痛い痛い。背中に大量の冷や汗が流れる。えーと、出来損ないの部下が大事な弟をたぶらかしているように見えるのかな?
ブランにひかれた手をそっと外して、元上司の方は決して振り返らずにブランのあとに続いた。




