11 偽物の聖女
辺境は第二王子率いる視察隊のことでもちきりだ。食堂でも朝から彼らの事で女性陣は盛り上がっている。
「本物の王子様ってはじめて見たわ~。金髪碧眼でかっこいいわね!」
「次期様もかっこいいけど、どこかくたびれてるのよね。王族って芯から光ってるかんじするわ!」
「でも、相思相愛の婚約者がいるからね!」
「いいのよ。美形は見るだけで若返るから。見るだけタダタダ!」
「お相手の女騎士様も美しくて凛々しいわよね!」
「お二人まとめて推せるわよね~」
どの土地でもどの年代でも女性は逞しいし騒がしい。ここ二十年ほど収まっていた害獣の被害が酷く皆表立っては言わないが、少しずつ不安な気持ちは広がっていっている。第二王子一行が来たことで気が紛れていることも事実なのだろう。
「あの……最近、害獣被害が増えてるって本当なんですか?」
隣に座っていた顔なじみの女騎士に小さな声で尋ねる。
「そうだね。これまでも全然被害がなかったわけじゃないけど、今回はけっこう苦戦してるかな。体制を立て直してこれからって時に、お見えになったからねぇ……」
ベテランの女騎士も声をひそめて内情を教えてくれる。第二王子の視察のタイミングが悪かったせいでこちらに手がとられて進捗が止まっているようだ。
「でも、原因もわかっているし、あとは上手く動くだけだから噂に惑わされないで安心してほしいな」
「そうなんですね」
第二王子ご一行を迎えた時の辺境伯の苦々しい顔を思い出す。前線にいたところを呼び戻されたようなので、作戦は一時停止されているのだろう。いくら大げさなもてなしはいらないとは言っても、彼らの世話や接待に割かなければいけない人員の負担も大きい。
「それより、ニナちゃん。筆頭聖女の取り巻きの騎士たちもついてきてる」
「取り巻き?」
「ニナちゃんによく絡んでいた三バカ騎士だよ」
「あー……ハーなんとかかんとかという名前の伯爵家の人とかですかね?」
ニナに嫌味ばかり言っていた筆頭聖女の腰巾着。自分が言い寄っていた侍女に断られて逆上して切り付けて、筆頭聖女になかったことにしてもらったクズたちだ。
「そうそう、あの小太りの騎士たちのこと。ニナちゃんのこと見かけたら絡んでくるかもしれないし、くれぐれも気をつけてね」
「はい。辺境伯邸の敷地から出ないし、ここでは常に人がたくさんいるから大丈夫だと思いますけど、気をつけます!」
……って会話をしたのが今朝のことだったけど、いきなりピンチです。
「おい! 小娘! 治癒魔法を使え!」
食堂で昼ごはんを食べようとしたところを入口前で捕まった。まさか白昼堂々、人通りの多いところで絡まれるとは思わなくて驚く。お昼時ということもあり、ニナと小太りの騎士の男の周りには人垣ができている。
彼がニナに差し出した腕にあるのはほんのかすり傷程度のものだ。
「治癒魔法は使わないようにと辺境伯様から言われています」
「痛いんだよ! 早く治せ! 平民の聖女が断ってるんじゃない!」
「辺境伯様からの指示なので」
「……とかなんとか言って、お前は偽物の聖女で治癒魔法なんて、本当は使えないんだろう?」
にやりと言って彼の言い放った言葉に集まった人々の間にざわめきが広がる。
「だって、東の辺境伯の妻は偽物の聖女だからな! だから、偽物の聖女であるお前に肩入れしているんだろう!」
——辺境伯夫人が偽物の聖女?
辺りがシンと静まり返ったので、彼の言う事は真実であまり触れてはならないものなのだろう。
ニナは人の内側に踏み込むのが下手くそだ。だから、初日からずっと辺境伯夫人に会わない理由について詮索しなかった。
すでに儚くなっているのか?
離縁しているのか?
ニナのことが気に入らなくて姿を見せないのか?
気になっていたけど聞いたことはない。
夫の恩人だからと、聖女であるニナを辺境に受け入れなければいけなかった彼女は今、どんな気持ちでいるのだろうか?
こちらを見てにやにやと笑う彼の目的を理解したニナは唇を嚙み締めた。
——東の辺境伯は偽物の聖女を保護し、正当な聖女や治癒魔法を認めない人だ。
そう辺境に不穏の種をまきたいのだろう。平民で孤児の聖女であるニナを貶めるだけではなくて、偽物の聖女を騙った辺境伯夫人とニナを擁護する辺境伯まで貶めたい。だから人が賑わうお昼時にこんな騒ぎを起こしたのだろう。
普段であれば一蹴される疑惑でも、害獣が増えて不安の増している今なら、人々の心に刺さるかもしれない。くやしいけど、効果的なタイミングだ。
「相変わらず貧相で役立たずだこと。その右手の紋は果して本物なのかしらね。聖女が治癒魔法を渋るなんて聞いたことがないわ」
人垣が割れて筆頭聖女があらわれて、さっと白い手袋をした手をかざすと彼が高々と掲げていた腕のかすり傷が跡形もなく消えた。
おおおと周りから感嘆の声が聞こえる。
「すごい! 治癒魔法を初めて見たわ!」
「一瞬で傷が跡形もなく治ったぞ!」
「まさに聖女に相応しい、奇跡の力だ……神の御業だ……」
「辺境伯様は一体、なにを隠そうとしているのかしらね? 困ったものだわ。治癒魔法なんて出し惜しみするようなものじゃないし、魔力もさほど消費しないのに。こんな時こそ聖女の出番だというのに」
ため息をついて言う筆頭聖女の言葉は小さいのによく響いた。また群衆が大きくざわめく。
——この人は人を操る術を熟知している。
ニナは自分の迂闊さを呪ったが、この場をひっくり返せる力はない。ただ黙ってこの場を凌ぐしかない。騒ぎを起こした件の騎士はとっくに姿を消している。
「東の辺境でも聖女信仰が盛んなのよね。聖女だからと盲目的に信じてしまうのは危険だわ。この子にはね、尊い血は流れていないのよ。どこの血筋とも知れない。その右手の蓮の紋のお陰で神殿に一応は聖女として認められたけど、神殿入りは許されなかった」
辺境の石畳に筆頭聖女が靴音をたてて歩く音だけが響く。ニナの周りを円状に歩きながら、筆頭聖女は大衆に語りかける。
「この子が育ったのは、王宮の片隅。問題を起こした王族が幽閉される塔よ。ろくな教育も受けていないし、神殿での修行もしていない。だからね、あなたたちがもてはやしている聖女は、ろくに治癒魔法も使えない形だけの聖女なのよ。筆頭聖女であるわたくしと違ってね」
十二の頃から治癒魔法は行使しているがニナは反論しなかった。
ニナの脳裏に辺境に来るまで暮らしていた、古ぼけた白い塔が浮かぶ。
幼い頃の記憶は曖昧だ。孤児院に捨てられてすぐに王都の大神殿に連れて行かれて、聖女だとお墨付きはもらったが神殿で受け入れられることはなく、王宮の片隅で育ったらしい。
しっかりとした記憶があるのはヨアキム先生に出会った十歳くらいからだ。それから白い塔だけだった生活に薬草畑と医務室が加わった。十六の頃くらいに食堂ができるまでは単調な白色一色のような生活だった。
「あなたなんて、ずっとあの塔に閉じ込められて一生を終えたらよかったのに!! いつもいつも目の前をうろついて鬱陶しいったらないわ!!」
なんの反応も示さないニナに痺れを切らした筆頭聖女の金切り声が響き渡る。
「筆頭聖女様」
低い声で呼ばれて、まだなにか罵倒の言葉を続けようとしていた筆頭聖女が口をつぐんだ。
「オーガスタスでは治癒魔法の使用は禁止だ」
この騒動を伝えにいってくれたのだろう女騎士と連れ立ってやってきた彼に人々が道をあける。
「あら、ヨルン。心配しなくても、私は魔力が枯渇することなんてなくてよ? 治癒魔法を使うことになんの問題もないわ。そこの役立たずと違ってね」
筆頭聖女はよいことをしたと心から思っているであろう艶やかなほほ笑みを浮かべた。元上司はニナの方を見ることもなく彼女を庇うようにして、連れて行った。
一人残されたニナに話しかける人は誰もいなかった。




