12 心配してくれる人たち
「ニナさん」
ざわめく人ごみの中で動けなくなっているニナに声をかけてくれたのはブランだった。
優しく手を引いて連れてきてくれたのは診療所のバルコニー。木陰の特等席ではロッキングチェアに揺られてヨアキム先生がお昼寝中だ。
「大丈夫ですか?」
ニナを椅子に座らせると、テーブルに水の入ったコップを置く。それを一気に飲み干した。白くなっていた頭の中が少しすっきりした気がする。
「大丈夫です。あの、私のせいで辺境伯様と奥様の評判が……」
筆頭聖女が現れてから、その存在感に呑まれてしまって周りの様子を見る余裕がなかった。だから辺境の人々があの演説を聞いた後、どんな反応を示したのか知らない。
「ははっ。それは心配いらないから大丈夫ですよ。あの女、父が前線に行って不在じゃなかったら、切り捨てられていただろうな。父は母を愛しているから」
からっと笑って過激な発言をするブランに、少し肩の力が抜ける。
「えーと、すみません。淹れ方がわからないから、お茶をお願いしてもいいですか?」
「はい。紅茶か薬草茶、どちらがいいですか?」
「紅茶でお願いします」
「承知しました」
湯をわかし、茶葉の量を計ってポットに入れて、湯を入れ蒸らす。いつもの手順でお茶を淹れていると心が落ち着いてくる。
「母は偽物の聖女だったんです」
淹れた紅茶のカップをそっと置くと、唐突にブランが切り出した。あっけらかんと言うブランの顔を見て、ニナはぱちぱちと目を瞬いた。
「これは領民も知っていることです。ニナさんに紹介も説明もしていなくてすみません。偽物を騙っていたことを恥じてという理由で人前に出ないわけではなくて、父が過保護に囲っているだけなんですけどね。ちゃんと生きていますし、家族仲も良好なのでご安心ください」
ニナがカップに口をつけると、ブランはどこか遠くを見ながら語り始めた。
「祖父の代までは西の辺境と同じく害獣の脅威にさらされていたんです。騎士だけでなく民間人も怪我と無縁じゃない。だから、治癒魔法が使える聖女を我が家門も切実に求めていたのです。そして、ない伝手をたどって聖女である母がうちに嫁いできた」
「でも、聖女の力は結婚すると失われるんですよね?」
「ええ、そう言われていますし、ちゃんとわかっていたんですよ。聖女の力は遺伝しないし、妊娠出産のせいなのか年を重ねるせいなのか、原因は不明だけど力がなくなると。でも、聖女信仰というのもあながち間違いではなくて、心の拠り所があるだけでがんばれたり、安心できたりするもんなんですよ」
「……それなら偽物でもよかったのでは?」
「母が騙ることをよしとしなかったんです。生家に言い聞かされ送り込まれてきた母は、初対面の父に全てを話し、自分の首を切れと迫ったそうです。母の手の甲に蓮の花の紋はありません。聖女を騙ることは大罪で、本来なら神殿や王家が黙っていないんですけど、母に惚れ込んだ父が頼み込むことで、王家に貸しを作る形でことをおさめてもらいました。結局、母の実家だけが罰を受け、母は無罪放免になりました。それから結婚するまでは色々あったみたいですけど、今は仲良く暮らしています。しかも、母は偽物の聖女なのに、母がこの土地に来てからピタリと害獣の被害がおさまって……。不思議なこともあるもんですね」
「すてきなお母様ですね」
「はい。そう思います。だから心配しないでください。母はニナさんのように領民に愛されています。聖女じゃなくても、あまり人前に出て来なくても。筆頭聖女がなにか言ったぐらいで、それは揺るぎません。父の最愛ですから」
「それならよかったです。上手くさばききれなくて申し訳ありません」
「あれは事故のようなものでしょ。本当に聖女の風上にもおけない毒の塊みたいな人ですよね」
今日はかなり辛口なブランは家族を侮辱されて、そうとう怒りがたまっているのだろう。
「では、そろそろ失礼しますね。僕もしばらくは前線とこっちを行ったりきたりで忙しないかもしれません。でも、なにかあったら侍女や騎士に伝えてもらえれば、駆けつけますから一人で抱え込まないでくださいね」
ブランはさっとニナの頭をなでるとバルコニーからそのまま外へと出て行った。ニナの方が年上のはずなのに、最近、妹扱いされている気がしてならない。
残りの紅茶を飲もうとカップに手を伸ばした時、テーブルに小さな籠が置かれた。
「昼を食べ損ねただろう?」
午後の光を受けて銀色の髪がきらめいた。
「オーレリア様!」
「ハンナにサンドイッチを用意してもらったんだ。しばらくしたら行くし、私の分の茶はいらない。」
「ありがとうございます。ちょっとお腹すいたなぁって思ってたところだったんです。いただきます!」
ニナは早速、卵サンドに手をのばす。サミの作る卵サンドはゆるく焼いた卵焼きをそのまま挟んだもので、ほんのり甘くて、ボリュームがある。
オーレリアはニナの向かいの椅子ではなく、バルコニーの床の端に直接腰を下ろして薬草畑を眺めている。
「ニナ、しばらく東の辺境が荒れるかもしれない」
ニナはオーレリアの凜と伸びた背中を眺めた。黒の騎士服に一つに束ねた銀の髪が流れていて、とても綺麗だ。
「王宮で事を起こされても困るし、舞台を作ってそこで迎え撃ちたかったんだ。少数精鋭で」
「迎え撃つ?」
全然、話の内容がわからないが視察が目的ではないようだ。
「時期を伏せて、第二王子が東の辺境に視察に行くという情報だけ流したんだ。先に囮の馬車を出した。案の情、襲撃された。第二王子の影武者は瀕死の状態になって、メルタネン公爵家の息のかかった聖女に手当してもらったらしい。もちろん、金をふんだくられてね。普段、王都の大神殿に詰めている上級聖女がたまたま、生家に帰っていて、たまたま治療を受けられた」
「……」
思ったより物騒な話に肌寒さを感じて腕をさすった。これはニナが聞いてもいい話なんだろうか?
「膿をできるだけ早く出したいんだ。危険を承知の上で、舞台としてこの地を選ばせてもらった。これから騒ぎが起こるだろう。でも、力の限り被害を少なくすると誓う」
増加した害獣、筆頭聖女、第二王子、その婚約者のオーレリア。
役者は揃ったということだろうか?
きな臭いのはわかるが、ニナの知っている情報を動員しても、なにも答えを導きだせない。
「ニナはできるだけ、安全な場所にいて、お利口さんにしていてくれ」
「はい」
オーレリアが言いたかったことはこれなのだろう。
好奇心旺盛なニナに動き回ってほしくないに違いない。気配を消してじっとしていることは得意だ。
「ニナが最後の希望だからな」
オーレリアは優しい。いつだって役割のないニナに慰めの言葉をくれる。
「ご無事をお祈りしています」
「私の心配は不要だ。私が得意なのは剣じゃなくて弓だ。安全な位置から敵をしとめるのみ。だから心配しなくていい」
ニナを見て満足そうにうなずくと足早に去って行った。




