表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とりあえず3分ください! ~タイパが悪い落ちこぼれ聖女は冷遇されても追放されても、それなりに毎日幸せです。  作者: 紺青


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/21

05 銀色の女騎士

「なにをしているんだ!」

 聞き慣れた声に、ニナの体から力が抜ける。視界の片隅で慌てた様子で小太りの騎士の男が血のついたままの剣を鞘に納めているのが見えた。


「ニナ! 血が! 怪我をしたのか? 」

 ニナの視界に頭の高い位置で一つにまとめた綺麗な銀色の髪が揺れ、紫水晶のような瞳がこちらをのぞきこんでいる。食堂で夜ごはんを食べる時にいつも声をかけてくれる女騎士のオーレリアだ。第一騎士団の隊長で侯爵令嬢なのに、なぜか好んで外の食堂を使う変わり者だ。きっと今も夕食をとるために食堂に行く途中で通りかかったのだろう。


「おい! あっちの子も血を流して倒れているじゃないか? お前達は第三の騎士だな? 説明しろ!」

 さっと辺りを見渡して三人の騎士を睨みつける。ニナは未だ気を失っている侍女に駆け寄った。相変わらず意識は戻っておらず顔色は白いが、呼吸も脈も問題ないし、血まみれで切り裂かれている服から見る限り傷はきちんと塞がっているようだ。


「彼らはわたくしの付き添いよ。口の利き方に気をつけたほうがよくてよ」

 オーレリアの登場にも少しの動揺も見せずに筆頭聖女は悠然としている。


「これはこれは、メルタネン公爵令嬢様。筆頭聖女様が王宮の片隅になんのご用でしょうか?」


「今日は聖女としてではなく、私用で来たのよ。許可もいただいているけど、なにか問題でもあって?」


「ここでなにがあったのか、お聞きしても?」


「さぁ? 女性の悲鳴が聞こえて、来てみたら、この役立たずの聖女とそこの侍女がもみ合っていて、転んで怪我をした侍女に治癒魔法をかけてあげた。それだけの話よ。詳しくはそこの役立たずの聖女に聞いてくださいな」


「……わかりました。転んで怪我をしたようにはとても見えませんけどね。そういうことにしておきましょう」

 オーレリアが小太りの騎士を睨みつけると、ぶるりと身震いして筆頭聖女の背中に隠れた。


「いずれにしても、無償で筆頭聖女であるわたくしが一瞬で治したのですから、いいではないですか。では、失礼しますね」

 優雅に一礼をして去って行く女の後に騎士達も慌ててついて行く。オーレリアは悔しそうな顔で彼らの方を見ている。一つ大きなため息をついた後、胸元から笛のようなものを取り出し吹くと、鋭くて高い音がした。


「オーレリア隊長、何かありましたか?」

 軽い足音がして第一騎士団の騎士が数人駆けよってきた。


「そこの侍女を第一騎士団の医務室に。外の医務室のご長老はもう帰宅しただろうし、一応事情を聞きたい。怪我は治癒魔法で完治しているだろうが、血は失っている。丁重に扱ってくれ。ニナに怪我はないんだな?」


 ニナはこくりと頷いた。ほっとしたことで、先ほど騎士に蹴られた腹がズキズキと痛む。聖女は自分に治癒魔法はかけられない。医務室に戻れば、なにか薬があるだろう。


「この荷物はニナのだな? 汚れてしまったから使えないかもしれないけど……。散らばっている瓶や白布を籠に回収してくれ」

 周りの騎士達は事情を説明されないことに不満を言うこともなく、指示に従いてきぱきと動き回っている。


「ニナ。言いづらいと思うが、なにがあったのか教えてくれないか」


「……」


「倒れていた侍女はメルタネン公爵家の寄子の貴族だ。きっとなにも話してくれない。あの腰ぎんちゃくの騎士達も」


「……真ん中にいた騎士様が剣で侍女を正面から切りました。胸からお腹のあたりを斜めに。出血量から見て傷は深くはなかったと思います。侍女は切られたショックで気を失い、その場に倒れました。私が初級の治癒魔法をかけようとしたら、筆頭聖女様が超上級の治癒魔法で彼女を治しました。恐らく傷一つ残っていないと思います。それが私の見た全てです」

 ニナに失うものなどない。衝撃的な出来事をできるだけ淡々と並べた。


「王宮内でなんてことを! 騎士が職務でもないのに、一般人を斬るなど……。なぜ、そんなことを……」


「理由を問うた所、騎士様が侍女に交際を断られて躾けるためだと言っていました。本当に傷つけるつもりはなかったのかもしれません。筆頭聖女様の許可を得ていると言っていました」

 筆頭聖女様の治癒魔法なら、体の傷はなかったことになるだろう。でも、斬られる瞬間の恐怖と痛みはきっと残る。恐らく彼らの目的もそれなのだろう。恐怖を与えて、相手を思い通りに操るためにしたことなのだ。


「ありがとう、ニナ。君がいなかったら、真相が闇に埋もれるところだった。神殿や聖女はどこまで腐っているのか……。最近の言動は目に余るな」

 ニナの説明を反芻し、内容を噛み締めているのか、オーレリアは眉間に手を当てて、しばらくの間目を閉じていた。


「ニナ、医務室まで送って行こう。あいつらがまだ、うろうろしているかもしれないしな」

 いつの間にか侍女は搬送されていて、ニナの散乱した荷物も回収されている。片付けをしてくれた第一騎士団の者の姿もなく、地面に滴った血のあとまで消えていた。


「せっかく、ニナが勇気を出して真相を教えてくれたけど、懲罰を与えるのは難しいかもしれない」

 籠を持って、ニナの歩幅に合わせて歩いてくれるオーレリアの声は暗い。


「証拠がないですもんね」

 公爵令嬢で筆頭聖女。被害者は寄子の貴族令嬢で実質、怪我はない。目撃者は平民の聖女のみ。簡単にもみ消せる案件だ。


「ああ。ただ、団長の耳には入れておく」


「第三騎士団の?」


「いや、第一騎士団の方だ。第一騎士団の団長である第二王子殿下は私の婚約者なんだ。こういう時にコネは上手く利用しないとな」

 今日の午後の一幕、登場人物が豪華すぎる。室長の元婚約者が公爵令嬢で筆頭聖女で、仲良くしていた銀髪の女騎士の婚約者が王族。雲の上の人だと思っていたやんごとなき方々の人間関係に頭が痛くなってくる。


「あの……筆頭聖女様は室長の元婚約者なのですか?」

 普段、人のプライベートに踏み込まないニナの質問にオーレリアが驚いた顔をする。


「過去に婚約者だったが、ヨルン殿が怪我を負って魔法を使えなくなった後に、あちらから婚約破棄しているはずだ。今は無関係の人間だが。なにか言われたのか?」


「いえ」


「天下のメルタネン公爵家の長女で筆頭聖女だけど、公爵家を継ぐ長男がいるから、どこかへ嫁入りしないといけない。婚約破棄した後は第二王子殿下を狙ってみたり、他国の権力者に粉かけたりしているみたいだが、なかなか上手くいかないようだ。高望みしなければ、相手なんてすぐに見つかるだろうにな。年齢も年齢だから焦っているんだろ」


 どうやらニナは婚活が上手くいっていない筆頭聖女様に八つ当たりされただけのようだ。でも、自分の取り巻きの騎士の我儘を叶えるために、力で人を支配するようなやり方には納得できない。


「神殿、聖女、メルタネン公爵家、第三騎士団……。頭の痛い問題ばかりだな……」


「あの、オーレリア様」


「どうした、ニナ」


「今夜の食堂の夜ご飯。デザートはプリンです」


「そうかそうか。有力な情報ありがとう」

 オーレリアの顔がほころぶ。この世の中にはままならないことが百万個くらいある。さっきの出来事もそのうちの一つだ。それならオーレリアには難しい顔をするよりも笑っていてほしい。それが無力なニナのせめてもの願いだ。


 重い足取りで医務室に戻るとヨアキム先生の姿はなく、日の暮れた部屋の片隅で室長がぼんやりと物思いにふけるようにして佇んでいた。

「随分、遅かったな」


「あー、すみません。ちょっと、オーレリア様や女騎士のお姉さまとおしゃべりしちゃって……」


「今日は患者も来なかったし、問題ない。サボれる時にサボれ」

 こちらへ近寄ってきた室長からはカサブランカの強い香りがした。彼の私用は元婚約者に会うことだったらしい。こちらを蔑むように見る金髪美女の面影がよぎる。彼は騎士団と同じように、まだ元婚約者に未練があるのだろうか?


「どうした? 体調でも悪いのか? 塔まで送るか?」


「大丈夫です! 食堂でごはんも食べたいですし」

 拳を握るニナを見て苦笑して、しばらく観察するようにニナを見た後に医務室をあとにした。


 彼の足音が遠ざかると、足元が抜ける感覚が襲ってきて、うずくまって自分の体を抱きしめる。蹴られたお腹が痛むけど、薬を塗る気力もない。ズキズキと痛みが体中に広がっていく。ぎゅっと膝をかかえて座り込んだまま、暗くなった医務室の中で一人動けなくなった。


 今日はなんだかいろいろなことがありすぎた。


 わかってる、わかってる。

 ニナは平民の孤児で初級の治癒魔法しか使えない役立たずの聖女で、王宮の片隅の医務室にお情けでおいてもらっている身。ここの医務室だって、あってもなくてもいいもので、室長はここをクビになったってどこでも行くところはあるし、ヨアキム先生はようやく引退できる。


 ニナにはなんの力もなくて、目の前で起こる理不尽に抗うことも、改善することもできない。


 しばらく、そうして暗い思考の中を漂った。


 気が済むまで落ち込んだ後、ぐっと下腹に力を入れて立ち上がる。お腹が泣きそうなほどに痛んだ。

 でも、痛みを感じるっていうことは生きてるってことだ。

 そう、ニナは生きている。先のことはわからないけど、元気だし、仕事もある。食べることや眠ることに困らない。


 口を一文字に結んで、身支度をするとニナも帰途についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ