21 第二王子の出立
第一騎士団のご一行は、罪人を引き連れていくこともあり早々に出立することになった。ヨルンは紺色の辺境の騎士団の制服に身を包んで送る側に立っている。なぜか隅っこに立っているニナを守るように隣にいる。今日もきっちり二つに分けた前髪から凛々しい顔がのぞいている。
「あーその、ニナ殿に王宮に戻って欲しいと言っても、無理なんだろうな……」
第二王子が隅にいるニナの元へ来て、小声でぼそぼそと話しかけてくる。
「オーガスタスと戦争したいのか? 王命を出すなら、受けて立つぞ」
耳ざとく聞きつけたヨルンが間に割って入る。いつもながら、うちの上司は頼もしい。
「ずっとというわけではなくて、一時的にでもだめだろうか? 神殿は使い物にならないし、現状、治癒魔法を使えるのはニナ嬢だけ……。聖女の被害者だけでも治癒魔法を施してほしいのだが……」
「筆頭聖女だけじゃなくて、上級聖女も合わせたら被害者がどれくらいになると思ってるんだよ? 一生帰ってこれねぇだろ」
「ニナ殿を筆頭聖女に任命して、ヨルンも王宮に戻って専属護衛になることも可能だぞ」
第二王子は恐らくニナだけでなく、ヨルンの退団も取り消したいくらいなのだろう。ヨルンの圧にも負けず、要求を上乗せしてくるところはさすが権力者というかんじだ。
「おやおやおやぁ、王家は全然、懲りてないようですね。ヨルン君に最悪な婚約者をあてがい、体を滅茶苦茶にして、さらにニナちゃんの保護を依頼してきて、東で筆頭聖女を捌いて芋づる式に間者をあぶりだせと言った。それなのに、ニナちゃんとヨルン君を差し出せと?」
なぜか、旅装束の辺境伯がニナとヨルンの前に立つ。隅っこの方に主要人物が固まらないでほしい。みんなどうしたらいいかわからなくて戸惑っているではないか。
「平民の聖女だからと人扱いせずに治癒魔法だけ搾取していた王家がそれを言うのか?」
なぜ、辺境伯がニナの実情を知っているのかは謎だが、大変頼もしい。
「それに関しては申し訳なかった。ただ言い訳させてもらうと父の時代ではそれが一般的だった。平民の能力者の扱いは昔からそんなものだった。だが、兄は時代を変えようと動いているし、この先は改善していく。だから、ニナ殿とヨルンの力を貸していただけないだろうか?」
辺境伯が迫ってきて、第二王子は最後は頭を垂れて懇願する。
ニナは一つ息を吸い込むと、辺境伯やヨルンの前に立った。
「あの、先ほどまでのお話をまとめると、別に私の能力って唯一無二じゃないですよね? 成人前の令嬢や貧しくてお金を用意できなかった令嬢で、まだ秘術を授けられていない聖女もいますよね? 治癒魔法って難しいものではないです。真心も信心深さも必要ない。ただ手順通りにやればいいんです。私は十歳の頃からやっていました。貴族令嬢ならできますよね? ただの平民の孤児にもできたのですから」
蓮の花の紋を持つ貴族令嬢もニナと同じように基本に忠実にコツコツ力を使って行けば、同じくらい力を発揮できるはず。ただその当たり前が甘やかされて育った王都の貴族令嬢に可能なのかどうかは知らない。
「情に訴えても無駄だ。ニナは甘い餌で釣るのが一番だが……ニナの欲しいものは全部、この土地にあるからな。今更、王宮に戻れといっても無理だろう。せいぜいご機嫌をとっておいて、有事の際に力を貸してもらえるように信頼を積み重ねるしかない。復活したヨルン殿だけでも手ごわいのにあの辺境伯夫妻は敵に回したくない。撤退しよう」
殿下の挨拶待ち状態になっていて困っている第一騎士団や辺境の面々を見かねて、ことをおさめようとやってきたオーレリアが第二王子の肩を叩く。殿下は悪い人ではないけど下々の者の気持ちには疎いのかもしれない。
「まぁ、どうせ、こちらの顛末の一報を入れたら、陛下にニナを連れ帰るようにどやされたってとこだろう? 今回は筆頭聖女や彼女の配下の者、西の間者と手土産はたくさんあるはずなのにねぇ。やっぱり、もう一回お灸を据えないとだめだな。神殿とメルタネン公爵家も息の根を止めて来ないといけないからな」
「え」
辺境伯の旅装束の謎は解けたけど、その行動力に驚く。
「ということで、ちょっと王都に行ってくるよ。王家と西の貴族とお話しないといけないみたいだからねぇ」
「え」
「大丈夫。話合いするだけだよ。物理でね」
「あの、病み上がりなので無理はしないでくださいね! でないと、また、キーラ様が暴走しちゃいますよ!」
「今回は母さんも行くんだ? 色々と隠しておきたいんじゃなかったの、父さん」
「だって、この人放っておくと勝手に突っ込んでいって死んじゃいそうだもん。それに、ニナちゃんとヨルンに王家や神殿がしたことを私だって許せない」
「まぁ、新婚旅行みたいなもんだ。あとは頼んだよ、ヨルン君、ブラン君」
揃いのカラフルなマントに身を包んだ辺境伯夫婦はいい笑顔を浮かべた。
第二王子のご一行と辺境伯夫妻の出立を見送ると、ニナはほっと息をついた。
「ニナさん、お疲れ様です。ソーダ水でも飲みまんせんか?」
「おい、ブラン。前々からニナに距離が近すぎるんだよ」
誘いにきてくれたブランの肩をぐいっと押すようにしてヨルンが割り込んでくる。
「ニナさんを頼むって言ったのは兄様でしょう?」
「俺のいない間の話だ。これからはもう少し適切に距離をとれ」
「だって、まだ兄様のものじゃないでしょう?」
「これからそうなる」
「冗談ですよ。兄様を敵に回すような愚かなことを僕がするはずないでしょう? それに兄様も知ってるでしょう? 僕の好みはズバズバ物を言う切れ味のいい美女ですよ」
「……でも、あわよくばとは思っていただろう?」
「兄弟の勘ですか? 確かに全然好みじゃないけど、兄様がもたもたしているから、僕が辺境伯を継いでニナさんを奥さんにするのもいいかなとは思っていましたよ」
「!!! 余計タチが悪いわ!!」
ヨルンをからかうブランはすごく楽しそうだ。
きっとブランは5年前にヨルンが事故にあった時も療養中も、今回の作戦中もずっとずっとヨルンのことを心配していたし寂しかったのだろう。ヨルンにちょっかいをかけるブランは、普段の冷静な様子が嘘のように年相応の無邪気な様子だ。
「ニナもなにをヘラヘラしているんだ! 男なんてみんな下心の塊なんだから、もうちょっと警戒しろ!」
「はいはい、わかりましたよ」
「お前達はどうも年上の者に対する敬意がないな」
「まぁ、そんなにカリカリしないで、エールでも飲みましょう、兄様」
「まったく、そんなんで誤魔化されると思うなよ」
そう言いながらも、ブランの髪をぐしゃぐしゃとまぜるヨルンは兄の目をしている。仲の良い兄弟のやりとりにニナの胸もあたたまった。
こうして、東の辺境の騒動は幕を閉じたのであった。




