20 家族団らんと事の顛末
まだ今回の騒動が全部片付いたわけではないが、一旦前線の騎士達も撤退することになった。夫人の結界魔法は一カ月ほど持つらしい。
辺境伯邸に戻り汚れを落とした後、なぜか辺境伯一家の家族の団らんにニナも混じっている。
ニナは特になにもしてないのだが、お腹が空いたなぁと思っていたら次々に料理が運ばれてきた。ラムチョップにミートパイ、白身魚やポテトのフライといった取り分けやすくてお腹にたまりそうなものが中心だ。辺境伯夫人やニナのためなのかちゃんとグリーンサラダや白パン、フルーツなども用意されている。
辺境伯とヨルンは前線で戦っていて、食事をとれていなかったのかすごい勢いで料理を食べている。
「改めまして。ヨルンとブランの母です」
「キーラは母である前に僕の妻でしょう?」
いつものことなのかもしれないけど、辺境伯夫人の定位置は辺境伯の膝の上らしい。体格差のある二人は巨人と小人、いや巨人と妖精のようだ。家族の前だからか、妖精のように愛らしい顔を晒している。華奢で可愛らしくて、ふわふわしている人が馬を乗りこなし前線に乗り込んでいって、結界魔法をぶっ放しただなんて未だに信じられない。
「ニナちゃん、私もずっとお礼が言いたかったの、王都でヨルンを助けてくれてありがとう。今回も無理やり連れて行ってしまったけど、カレルヴォを助けてくれてありがとう」
「いえいえ、本当にできることをしただけで……」
「ニナちゃん、こんな私だけどこれからも、お友達でいてくれる?」
水色の髪をゆらしてはにかむ彼女にニナの頬が染まる。青く澄んだ瞳に吸い込まれそうだ。ニナは無言でぶんぶん首を縦にふることしかできない。
「……しかし、キーラ様の結界の魔法は規格外ですね」
ニナの隣に座るヨルンが自分も食べながら、ニナのために料理をせっせと取り分けてくれる。それに甘えて目の前の皿のラムチョップを切り分ける。
「室長……次期様は、一撃必殺の技なんてないっておっしゃってましたよね?」
キーラの魔法を目にしてからずっと気になっていたことだ。
「私の結界魔法の基本もニナちゃんの治癒魔法と同じなのよ。シンボルを描いて、呪文を唱える。ニナちゃんは対象と手の平を合わせるけど、結界の魔法は結界を張りたい場所の地面に足をつけるの。それで発動まで3分かかる」
「え? ……でも」
超上級の治癒魔法のように、地面に足を接触させてないし、発動は一瞬だった。
「筆頭聖女のように魔力回路を太くさせるなんて裏技じゃないわよ。カレルヴォと結婚してから、なんとか結界魔法を有効に使えないかと試行錯誤したの。それで、力を貯められることに気づいたの。あれは十年間毎日3分積み上げていったものを一気に放出しただけよ。常にあんな異常な結界が張れるわけじゃないわ」
「力を貯める? そんなことが可能なんですか?」
「カレルヴォが私に希少な結界魔法があるって知ってからすっごく過保護になって、あんまり表に出られないから、一人で遊んでたっていうか、色々試してたら、なんかできちゃったのよね。もしかしたら、ニナちゃんも同じようなことができるかもね」
あっけらかんと言いながら、大口でミートパイに噛り付いている。結界魔法なんて聞いたことのない力を持っていたら、王家どころか国中から魔の手がのびる。隠して囲っておいて正解だろう。
「治癒魔法や結界魔法は原理が謎な部分が多いからな。個人差もあるかもしれない。あー、心配でたまらない。規格外の力も持ってるのに、こんなにかわいいんだから」
辺境伯は夢中で食事する辺境伯夫人の頭に頬ずりしている。
「父様、今日はニナさんもいるんですから。あまりイチャイチャしないでください!」
静かに食事をしていたブランが呆れた顔をしている。
「ニナはそのままでいいよ。能力開発なんてしなくても。今回は母さんの力に救われたけど、大きな力はよろしくない者も引き寄せる。それに母さんの技だって、コツコツ蓄積されたものを放っただけだろう? ニナ、あと次期様じゃなくてヨルンだ」
ヨルンの言葉に辺境伯が頷いている。二人の圧にニナは頷いたが、正直な所、いざという時のために能力を伸ばしたいのが本音だ。
「で、結局、今回の害獣被害の増加の原因はなんだったんですか?」
ブランの言葉に辺境伯の顔が渋くなる。
「色々なことが重なっている。一番は西の陰謀で、ミュルウルルクや他の害獣を引き寄せる植物が植えられていたことだろうな……」
「そうですよね、山や森は荒らしていないし、獣が餌に困るような災害は起こっていない。適切に間引きもしていましたものね。強いて言えば、植生の変化にこちらが気づいていなかったことでしょうね」
「ああ、ここ最近のことではなく、かなり計画的に年単位で行われていたようだ。西の間者が入り込んでいる事には気づいて泳がせていたが、目的は情報を吸い出すことではなく植物を東にばらまくことたっだようだな」
「聖女への秘伝のお陰で金が手に入った神殿とメルタネン公爵家が繋がり、王家に食い込もうとするのと同時に、国を掌握するために東を潰そうとしたってことか」
辺境伯とヨルン、ブランが語る壮大な話を聞きながら、ニナはさつまいもとじゃがいものポタージュを口にする。甘みがあるけどスパイスが効いていて手が止まらなくなる。
「キーラの作った盾守布も経年劣化していたからな。二十年前に設置したものがそのままだったから……」
「盾守布?」
「おまじないみたいなものだけどね。盾の刺繍を入れた布に結界魔法をかけたものよ。これも試しにやってみたものなんだけど、けっこう効果絶大みたいね」
「ああ。キーラが来てから、ぴたっと害獣被害が収まったからな」
「治癒魔法を使えない偽物の聖女ということはみんな知っています。母が結界の聖女であることは家族だけの秘密です。それでも領民は、守護の聖女と母を慕っていますよ。まぁ、結婚するまで荒ぶっていた父様を上手く操縦しているからかもしれないけど」
「荒ぶっていた?」
今の優し気な辺境伯から想像できない。ヨルンといい、この一家は反抗期を通り過ぎないと人として成熟しないのだろうか?
「疲れているところ悪いんだけど、これから、ヨアキム先生とニナちゃんにはミュルウルルクおよび、獣を呼び寄せそうなものが植えられたり設置されていないかの確認をお願いしたい。ヨルクは騎士団を指揮して、獣の死骸をしっかり燃やして土に埋めることと盾守布の入れ替えおよび、きちんと入れ替えられたかの確認。ブランは引き続き辺境伯邸で通常業務」
「承知いたしました」
「了解」
「わかりましたよ、父様」
いつも通り辺境伯の指示は的確なんだけど、キーラ様を腕に抱いたままだとどこかしまりがない。しばらく会っていなかったし、死線をくぐり抜けてきたから、再会の感動もひとしおなのだろうとニナは二人から視線を逸らした。
話が盛り上がっているうちに山ほど用意された料理がきれいになくなっていた。使用人たちは心得ているのか、皿を下げてデザートを給仕してくれた。
サクサクのビスケット生地の上にミルクのゼリー、一番上にはキウイのゼリーという三層構造で見た目もかわいい。ボリュームを出すためなのか、チョコチップやアーモンドの入った食べ応えのあるクッキーも皿に盛られている。ニナとブランには紅茶。他の三人にはワインが用意されている。
「殿下に聞いたところによると、神殿には王太子殿下と第一騎士団が乗り込んだようだ」
辺境伯はクッキーを齧りながら、器用にキーラ様にスライスゼリーのケーキを食べさせている。
「わー、それは見たかったですねぇ。でも、神官たちは素直に自分たちの罪を認めるとは思えませんが?」
ブランは好奇心を隠そうともしない。
「中級聖女や上級聖女の紋が薄くなったり消えたりしている。時間の問題だ。治癒魔法が施せなくなったら、どのみち終わりだろう。王家が乗り出した時点で観念したみたいだぞ。でも、メルタネン公爵家に脅されたと主張しているらしい」
「腐ってるな~。で、メルタネン公爵家や西の勢力は?」
「メルタネン公爵家の方は第三王子と第一騎士団が乗り込んだようだ。こっちは少々抵抗したらしいがな。でも、最近は調子に乗って証拠や証言が山ほど残るような雑なやり方しかしていないから、言い逃れはできなかったみたいだな」
「メルタネン公爵家はどうなるんでしょうねぇ?」
「第二王子の暗殺未遂もあるから、降格と当主交代は免れないだろう。まぁ、当主が入れ替わったところで筆頭聖女や傘化の上級聖女の被害者への慰謝料やらなんやらでつぶれるんじゃないか?」
「筆頭聖女や上級聖女はどうなるんですかね?」
「魔力回路が潰れるまで治癒魔法を放出させて、北の神殿で修行のし直しという名の生涯幽閉ってとこじゃないか?」
辺境伯とヨルン、ブランが語る事の顛末を聞き流しながら、ゆっくりとケーキを味わう。キウイの甘酸っぱさがいいアクセントになっている。
「神殿は今後、どうなるんでしょうか?」
「先代の大神官を大神官に戻すらしい。さすがに神殿をつぶすワケにいかないだろう」
「ああ、先代の大神官様か……」
ニナの呟きにみんなの視線が集まる。
「あ、先代の大神官様は私の命の恩人です。赤ちゃんだった私の事を聖女って認定して、受け入れようって主張して神殿を追われちゃったんです。そのまま危うく殺されそうになった私を王宮まで必死になって連れて行ってくれたそうです」
「は? なんかニナの人生ってずっとハードモードだな……」
「そうですね。自分の命はやんごとなき方々の手に握られてるなとは思っていました。でも、運と人に恵まれたお陰で、ここまで図太く生きてこられましたけど」
ヨルンが自分の分のケーキをニナの前に押し出してきたので、ありがたくいただくことにする。
「ヨアキム先生のお友達で、十歳の時に私に治癒魔法のやり方を教えてくれたのも先代の大神官様で、命の恩人でもあり師でもあります」
「今度会ったら挨拶しておこう」
ニナの話に同情したのか、辺境伯が涙ぐんでいる。
「カレルヴォがいきなり面会しに行ったら、怖がらせちゃうんじゃない?」
キーラがそんな彼を茶化す。
「そんな気骨のある方なら意気投合するかもしれませんよ」
「それもそうね」
「先代の大神官様なら聖女をきちんと導いてくれると思います」
ニナも神殿にいい印象はないが、人々にとって信仰は大事だ。潰れるよりトップが入れ替わり風通しがよくなるのが一番だと思う。
「後始末は残っているけど、これで一件落着か」
ヨルンの言葉に皆がうなずいた。




