18 5年前の事件の真相
ニナが治癒魔法を施した騎士は顔色もよくなり呼吸も戻った。
「ニナ、すまない。ありがとう」
ヨルンが床に座っていたニナに手を差し出す。
「自分には治癒魔法がかけられないだったか……。後できちんと薬を塗っておけよ」
ニナの顎に手をかけて、筆頭聖女に引っかかれた傷を検分している。ちょっと距離が近すぎるのでやめてほしい。
「おいっ!!」
未だに床に転がっている騎士が吠える。
「起き上がれない。治ってなんかないぞ! お前の治癒魔法もインチキなんじゃないか? 足が動かないぞ! 下半身が動かない!! なんとかしろよ!!」
「ニナの治癒魔法で一命をとりとめたってのに、ひどい言い草だな。じゃあ、筆頭聖女にもう一度、治癒魔法をかけてもらえよ」
「ひぃっ、それはご勘弁を!」
ヨルンの言葉に先ほどの死にそうなほどの息苦しさを思い出したのか、床に這いつくばったまま青ざめる。
「マルコ・ハーヤネンだな。ハーヤネン伯爵家の三男。第三騎士団第四部隊所属」
「は? で、殿下!?」
そんな彼の元に膝をおって話しかけたのは第二王子だった。彼の顔がよりいっそう青ざめる。
「正直に答えてくれ、君は筆頭聖女もしくは上級聖女から何回、治癒魔法を受けている?」
「え?」
「私の調査によると、百回は軽く越えているようだな。わざと貴族の馬車にぶつかるなどして怪我をしたと慰謝料を請求したのが三十回。メルタネン公爵家からの要請で、聖女の実験台になったのが四十回。仕事やプライベートで負った大したことのない怪我や病気で五十回」
「……」
「ああ、自分だけではないか。自分との交際、もしくは体の関係を迫って断られて、切りつけたり暴力をふるった令嬢を治してもらったのが二十回。気に食わないからという理由で殴ったり痛めつけた令息を治して貰ったのが四十回。合ってるか? もしかしたら、私の把握していないものがあるかもしれないなぁ」
「……」
「さっきのオーレリアの説明をちゃんと聞いていたか? 筆頭聖女の治癒魔法は不安定なものだ。お前の下半身が動かない原因は、これまでかけてもらった治癒魔法が逆流しているのかもしれないし、先ほどかけたものが変に作用したのかもしれないし……要は自業自得ということだ」
「しかし、殿下、それなら、そこの聖女に治癒魔法を重ね掛けしてもらえば、治る可能性があるということですか?」
「話を聞いていたのか? 脳に障害が出ていて理解できていないのか? お前が筆頭聖女や公爵家そして神殿と組んでしていたことは犯罪だ。被害者や目撃者の証言も集まっている。罪人がなぜ、治癒魔法を受けることができると思っているんだ? しかも、これまでニナ殿に暴言を吐き、腹まで蹴ったというのに」
「は……俺が罪人……」
「罪の意識もないんだな……」
「だって、筆頭聖女様の力で体が元に戻ったんだから問題はないと……俺のお願いを聞いてくれない相手が悪いじゃないですか!!」
「切られたり、暴力を奮われた瞬間の恐怖や痛みはあるし、忘れられないものだがな。それすらもお前の小さな脳みそでは想像できないか? ならば、お前は罰として、切られては筆頭聖女に治してもらうという刑をうければいいんじゃないか?」
横からオーレリアも口添えする。
「嫌だ!嫌だ!俺は悪くない!」
床を這いつくばって逃げようとする騎士の男が第一騎士団の騎士達に捕獲され、連行されていく。最後まで自分を弁護する言葉を叫んでいた。
「ニナ、そういえば、あいつに蹴られた腹は治ったのか?」
「いつの話をしてるんですか。室長に言われてちゃんと薬を塗りました。とっくに治ってますよ」
「後から確認してやろうか?」
「けっこうです!」
お腹に伸びてきた彼の手を叩く。なんであの時のことをヨルンのみならず、第二王子まで把握しているのだろうか? やはり、王宮という場所は恐ろしすぎる。
「ヨルン!!」
光を失った筆頭聖女の目が彼を映した瞬間、再び力を取り戻した。
「なんだ。もう、婚約は解消しているんだから、馴れ馴れしく呼ぶな」
「……私を見捨てるの? あんな言いがかりをつけられただけで?」
「外聞の悪いことを言うな。5年前、怪我をして魔法が使えなくなった俺を先に捨てたのはお前だろう?」
「なによ! その女が追放されてから、昔みたいに優しくしてくれたじゃない! ずっと付き添って、ここでだって一緒にいてくれたのに、なんで急に態度を変えるの?」
「だって、殿下に頼まれたから仕方ないだろ? お前に優しくするなんて反吐が出ると思ったけど、これが終わったら退団届けを受理してくれるっていうから、吐きそうな思いで我慢してたんだよ!」
「わたくしを騙したのね! 酷いわ! わたくしの……わたくしの超上級の治癒魔法のお陰で体はすっかり治って、魔法だって使えるようになったじゃない!! この恩知らず!!」
相変わらず女騎士に拘束されながらも、ヨルンに縋るように訴えかけている。
「ああ、確かに俺が殿下をかばって背中を切られた直後、お前が治癒魔法をかけた」
「そうよ!! わたくしの超上級の治癒魔法のおかげで治ったんでしょう?」
「背中の傷は表面上は治ったが、なぜか左足が動かなくなり、魔力回路が壊れたせいで魔法が使えなくなった。お前の施した治癒魔法のせいでな」
「……そんなの嘘よ!!」
「ああ、因果関係は証明できない。でも、さっきオーレリアが言っていたように、そういう症例の報告がたくさん王宮に積み上がってる。メルタネン公爵家や神殿にはもっと苦情があがっているだろう? 西の辺境の勢力は体調不良者が山積みになってるんじゃないか? それを知らないとは言わせない」
「わたくしのせいじゃない! わたくしのせいじゃない!」
髪をふりみだし、化粧と涙でぐしゃぐしゃになった顔で訴える彼女に筆頭聖女として輝いていた頃の面影はない。
「あー、パウラ・メルタネン。メルタネン公爵家の長女。神殿が定めた筆頭聖女。神殿公認の超上級の治癒魔法の使い手だな。私が把握している分の君の経歴……犯罪歴かな? も読み上げようか?」
すかさずオーレリアが分厚い紙の束を第二王子に手渡す。
「知らない、知らない、そんなの嘘よ!」
「本当の役立たずの聖女はお前だったんだよ。役立たずどころか害になることしかしていない。お前達、聖女のせいで地獄を見た奴は何人いるんだろうな?」
「でも、わたくしはそんなつもりじゃ……」
左手で右手の甲を隠すようにして握りしめている。
「中級や上級の聖女の蓮の紋がおかしくなっていると報告が入っている。いくら隠そうともな。それがおかしくなった時にちゃんと調べて向き合えばよかったろうに。一度太くした魔力回路は元に戻せない。お前達が馬鹿にしている初級の……いや真の治癒魔法はもう使えない。そのままじゃ魔力回路が閉じるぞ。治癒魔法どころか、魔法そのものが使えなくなる」
「いや!! ヨルン……お願い、見捨てないで……」
「俺はあの時、殿下を庇って背後から部下のダニエルに切られた。……ダニエルを仕掛けたのはお前だろ?」
「!!」
「筆頭聖女になって、辺境伯の嫡男で第一騎士団の隊長である俺じゃ満足できなくて、殿下の婚約者の座を狙ってのことだろう? おおかた、切られた殿下の怪我を治して距離を縮めて、婚約者の座をオーレリアから奪い取るつもりだったか? 身内の重病人を治すと言って、俺の部下に殿下を切るように迫ったんだろ。あの時の俺がどれだけ体と心に痛みを負ったのかなんて、お前は少しも理解してないんだろうな……」
「浅はかな女だ」
オーレリアがぽつりとつぶやく。
「うるさい! お前が切られればよかったのに!」
「残念だったな。殿下の寵愛が深くてね。私を切る隙はなかっただろう? どちらにしろ殿下は私の婚約者だ」
「わたくしは筆頭聖女で公爵令嬢よ。女のくせに剣を振り回すしか能のない女になんて負けないわ!」
「でも、あなたは家を継げない。彼が婿入りできる家門はうちくらいだ。あと、こんな卑怯なことをする奴に彼は譲らない」
いつの間にか、女と女の闘いになっている。
あのー、目の前で修羅場が繰り広げられている間、元上司に背後から抱きしめられているのはなんでなんでしょうか? 話の合間に顎で頭をぐりぐりするのはやめてもらえないでしょうか?




