17 筆頭聖女の断罪劇
辺境伯夫人の結界魔法で前線の一帯が安全地帯となったので、救援を呼んで辺境伯を搬送してもらい、拠点であるテントに戻る。
無事に辺境伯とヨルンが戻ったことに小さな歓声があがった。辺境伯夫人のことは暗黙の了解なのか、しっかりとマントを被った彼女に言及する者はいない。
結界を張ったことは伝えずに、前線が守られたことを伝えると今度は大きな歓声があがる。疲労の濃い騎士や後方支援部隊の者はお互い肩をたたき合って労っている。
「ヨアキム先生!」
なんだか久々な気がする彼は疲れの見える人々の中で一人元気に見えた。
「おお! ニナちゃん、元気にしておったかのぉ」
「はい! なにかお手伝いできることはありますか?」
「山ほどあるわい」
ヨアキムに連れられて行った救護テントには怪我人が多くいて前線の過酷さを物語っていた。
テントの片隅のベッドには辺境伯も運び込まれており、彼を守るようにしてカラフルな布、もとい辺境伯夫人がついている。
「ニナちゃん、重傷者が三人いる。一人は火傷、一人は裂傷、一人は骨折。その三人だけ治癒魔法を頼む。それが終わったら、その他の患者の手当てを順番にしていってくれんか?」
「了解しました!」
幸いなことに三人とも意識はあり、呼吸や脈の状態も良さそうだ。本人の了承をとって順に治癒魔法をかけていく。
「二、ニナさん! あの、ニナさんに治癒魔法をかけてもらえるなんて感激です!」
最後の骨折した騎士に治癒魔法をかけていると話しかけられた。
「……いえ、それほどのものでは」
「あの! 自分、医務室で手当てしてもらったこともあるんですけど、覚えてますか?」
「すみません。たぶん記録を見れば思い出すかもしれないんですけど……」
「そうなんですね! あの、ニナさん、ここから戻ったら、街でも一緒に……」
「うるせぇ」
なんとなく面倒くさい患者に当たるとでてくるのは、以前と変わらない。
「ここは救護テントだ。治療を受ける場所だ。静かにしろ」
大柄な体で上から睨みつけると、ベッドの上の男は顔を真っ青にして黙った。ニナは小さく息を吐いた。手と手を合わせるという接触効果のせいか、ニナが話しかけやすいのか時々、相手がのぼせあがって迫ってくることがある。この手合いにはいつまで経っても慣れない。
「3分経ったな。ニナ、あっちでじいさん先生の手伝いしてきてくれ」
「はい」
「あ、ニナさん……」
「俺はこいつとお話したら行くから」
ちらっと後ろを見ると、ベッドの上の男の耳元でなにか囁いている。きっと今後はあの騎士に絡まれることはないだろう。持つべきは強面の上司である。
「治せ……治せ……」
気づくとニナの足を掴んで、這いつくばっている騎士がいる。さっと全身を見ると左足太ももに包帯が巻いてある。筆頭聖女の取り巻きで、侍女を切ってそれをもみ消し、辺境でもニナを人前で侮辱したハーなんとかかんとかという貴族家の男だ。
彼の手を振り払おうと、足に力を入れるのに手は元気なのか離れてくれない。今日はなかなかツイてない。
「手当ては終わっているようなので、あちらで安静にしていてください」
「痛いんだよ! こういう時こそ治癒魔法だろ! 早く治せ!」
「本当に役立たずな女ね。なんで、前線までノコノコ来たのかしら? お前、すがる相手を間違えていてよ」
「パウラ様! いえ、パウラ様はお休み中と聞いていましたので!」
「なんだか騒がしくて起きてしまったのよ。いいわ、わたくしが治してあげる」
「ありがたき幸せ!」
騎士の男はニナから手を離すと、筆頭聖女に平服する。筆頭聖女が手袋に包まれた右手を掲げる。それだけで治癒できるのだから大したものだ。
「おお! 痛みが消えた! さすが、パウラ様!!」
男は涙を流さんばかりに感激している。
「うがっっ!!」
突然、男が奇声を発した。どこか様子がおかしい。顔色が青紫になり呼吸が苦しそうだ。
「パウラ……さま、おたすけください……。ぱうらさま……くるしい……」
男は白目をむいて口から泡を吹き始めた。
「やめろ! 次、筆頭聖女の治癒魔法をかけられたら死ぬぞ!」
ヨルンの声に場に緊張が走る。
「ニナ、その男に治癒魔法をかけてくれ!」
ヨルンの指示に戸惑う。
「タダで助けるわけじゃない。筆頭聖女の罪の証人として生かすだけだ!!」
ヨルンの声にニナはその男に駆け寄った。その言葉に筆頭聖女がカッと目を見開いてニナに向かって突進してくる。
「やめなさいよ! 初級の治癒魔法しか使えないお前になにができるっていうのよ! やめなさいよ! やめなさいって言っているの!」
発狂した筆頭聖女がニナにつかみかかる。爪で頬を引っかかれ、髪を引っ張られる。女騎士たちが彼女を羽交い絞めにしているのに、すごい執念でニナに掴みかかってくる。
こんな時こそ、自分に集中して、丁寧に手順をふむ。
一つ深呼吸をすると、空に蓮の花を描いて囲むように円を描く。「パララントゥミーネ」と唱えて、小刻みに震えている騎士の手をとり、手の平を合わせる。その手は震えていて驚くほど冷たい。
「小娘の治癒魔法なんかより、わたくしの超上級の治癒魔法の方が優れているに決まってるでしょ!!」
ギラギラした目でこちらを睨みつける女の顔はとても聖女とはいえないものだった。
「この落ちこぼれに負けるわけにはいかないのよ!!」
ニナから引きはがされ女騎士に拘束されている筆頭聖女の右手の平がこちらに向けられている。
ヒュンッという風を切る音と彼女の悲鳴が響き渡るのは同時だった。
「痛い!! 痛い痛い痛い!! わたくしになにをしたの!!」
「もう、いい加減にしないか? これ以上、罪を重ねるな」
「オーレリア様!」
その手元には小さな弓がある。筆頭聖女の右肩から小さな矢を取る。
「少しチクッとしたぐらいだろう。大げさな。お前がわざと怪我をさせた者はもっと痛い思いをしているんだぞ」
オーレリアの言葉に周りの騎士たちがざわめく。
「それにこれはメルタネン公爵でしか栽培されていないミュルウルルクの種から抽出した液だ。少しの間、感覚が麻痺するけど害はない。効果についてはよく知っているだろう? 色々と」
オーレリアが一歩近づくごとに筆頭聖女の顔色が悪くなる。
「知っているか? 最近、神官から秘伝を授けられた上級聖女から治癒魔法をかけられたものに不思議な症状が現れている。逆流とでもいえばいいのか……治してもらったはずの怪我や病気が戻ってくるという現象が」
「知らない……」
「神官が大金と引き換えに施している秘術の正体。あれは無理やり魔力の回路を太くしているだけだ。昔から伝わるシンボルや呪文にも意味がある。それを省略して魔力でごり押しして、中途半端にかけた治癒魔法が真の意味で効くことはなかったんだよ。やっかいなことにその場では治ったように見えることもあるってことだ。軽い症状にならきいてしまうしな。一度に大量に魔力を流し込むせいで、今回みたいにかけた瞬間におかしなことになることもあるし、相手の魔力回路が壊れることもある。時間が経ってから、症状が戻ることもある」
「知らない……」
「本当に?」
ついにオーレリアは筆頭聖女の前まで来ていて、彼女と額がくっつくくらい顔を寄せている。オーレリアが筆頭聖女の右手をとると、するっと白い手袋を外してその手を掲げる。
「いやぁぁぁ、やめてぇ!!」
「自分でもわかってたんだろ? この不自然な力の使い方がいけないものだって」
その手の甲に描かれている蓮の紋は枯れて薄く消えかかっていた。
全てを晒された筆頭聖女の体から力が抜ける。女騎士たちががっちり拘束しているのが目に入る。
「終わりました」
ニナが治癒魔法をかけている3分間で筆頭聖女への断罪は終わった。




