14 辺境の妖精?
ニナが毎晩、一階の東屋に来るのは別に彼に会いたいからじゃない。また、偶然うっかり会えないかなーなんて思っていない。断じて違う。
毎晩通って一人で薬草茶を飲み、物音がすればふり返り、肩を落として帰る日々が続いた。
そんなある日のこと、先客と遭遇した。
「ひっ!!」
東屋の片隅でゆらゆら動くカラフルな布が目に入る。
「……お化け……?」
これまで怖い思いをしたことはたくさんあるけど、本物に会うのははじめてだ。
ソファの影からそっと伺うと、ニナのお気に入りの一番端のソファでこんもりした布の奥からじっとこちらを見つめている者がいる。どうやら人がすっぽり覆えるくらいの布を被って、ソファに座り込んでいるようだ。ニナがいつもしているように靴を脱いでソファに座っているようで、きちんと足もある。
「あのね……ニナちゃん」
急に話しかけられて、一歩後ずさる。しかも、なぜか相手はこちらを認識しているようだ。
「お友達になってくれる?」
お化けではないが顔も分からない得体の知れない人からの提案。
靴のサイズも布で覆われた体も、小柄なニナよりも小さい。そうとう勇気を出してくれたのか、布ごと体が小刻みに震えている。
「……断ってもいいんだよ?」
高くて澄んだ綺麗な声が消え入りそうなほど小さくなる。ニナは意を決して、彼女の座る位置から一番遠い場所に腰かけた。
「あの、お友達になるのはかまわないけど……その、お父さんとかお母さんは、あなたがここにいることは知っているの?」
辺境伯家のプライベートゾーンにいるということは縁者だろうか? ブランの妹だろうか? オーガスタス家の家族構成すらニナは知らない。それとも親戚の子供かもしれないし、使用人の子供という可能性もある。さすがに街の子供がここまで入り込むことはないだろう。
「両親はもういないわ」
「ごめんなさい! あの、お付きの人とか誰かあなたの保護者的な人はここにいることを知っているかな? よかったらお部屋まで送るよ」
初手から質問を間違えて、慌てる。
「ちゃんとここにいるって知ってるから、しばらくは大丈夫」
「そうなの? なにか飲む?」
こくっと頷いたので、ベルを鳴らして侍女を呼ぶ。侍女に目で訴えると頷かれたので、使用人も彼女のことを知っているのだろうと胸をなでおろした。侍女が来てから固まってしまって一言もしゃべらなくなったので、勝手にホットミルクを二つお願いした。
侍女が用意してくれたミルクのカップをそっと彼女の傍のサイドテーブルに置いた。侍女の心遣いで入れられた蜂蜜の甘い香りがふんわり漂っている。ニナは自分の分のカップを持って、彼女から人三つ分あけて座った。
「あの……その布、かわいいね。カラフルな色合いでとってもすてき」
彼女が自分の身を守るようにして被っている一枚布は、様々な色や形をした小さな布を縫い合わせてつくられたもののようだ。布の模様なのかと思っていたけど、近くで見ると、一片一片に刺繍が刺してある凝ったつくりになっている。
「……ありがとう。これ、私が作ったの」
「え? すごい! 私、刺繍をしたことがなくて。どこをどうやったらこんな素敵なものが作れるのか想像もつかない!! あ、ごめん。大きい声出しちゃった」
ふふふっっと小さな笑い声がした。
「そうね、時間はかかるけど、案外簡単に作れるのよ」
小さいけど澄んでいてかわいらしい声がする。
「え? もしかして、この屋敷っていうか、敷地内にある布製品ってあなたが全部作ったの?」
布を彩る独特な刺繍を見ていて、ニナの客間や辺境伯の執務室、この館のあちこち、そして食堂や医務室まで、さまざまなところで見かけた布製品を思い出す。
「うん」
小さいけど、誇らしげな声がした。
「わー、すごいねぇ。あのね、私、あなたの作った作品がとても好き。なんだかあったかくて、守られている気持ちになるの」
彼女の作ったタペストリーやクッションカバーやテーブルマットなどの布製品の数々は、無機質で茶色と臙脂の渋い色でまとめられた辺境伯邸をあたたかく包んでいた。まるで悪しきものから守られているような感じがして、すごく安心する空間を作り出している。
「……ありがとう」
その声は少し涙でにじんでいるように聞こえた。
お互いのカップのミルクが残り少なくなってきた。
「私、オーガスタス家の紋の入った刺繍がすごく好きなの。蓮の花を見た事ないんだけど、とっても綺麗だなぁって思って」
「私も家紋の蓮、好きなの。ニナちゃんの手の蓮の花もとっても素敵ね」
「ありがとう。蓮以外の模様は、この土地に伝わるものなの?」
「うううん。刺繍の文様は私の母の生まれ故郷のものだよ」
「へー、すてきだね」
刺繍に見とれていて、空けていた距離がだいぶ近くなってしまったことに気づいて慌てて距離をとる。
「ニナちゃん、もう行くね。お話できてうれしかった」
立ち上がって靴をはいた彼女は、小柄なニナより少し小さい。結局、最後まで顔を見せることはなく布をかぶったままふわふわと軽い足取りで暗がりに消えていった。怖がらせたくなくてニナはソファに座ったまま見送る。
「お化けじゃなくて、妖精さんかなぁ……? えへへ、初めての友達だ」
残りのホットミルクを飲み干すとニナも立ち上がる。
久々に人と会話をして、ニナもなんだか楽しかった。筆頭聖女との邂逅があってからニナは極力自分の部屋にこもる生活を送っている。人通りの少ない早朝や夕方に、薬草園の世話をしたり、調剤をしているがそれ以外は人と顔を合わせないようにしていた。治癒魔法を必要とされていないので、診療所はヨアキム先生一人でも大丈夫だ。
「また、会えないかなぁ……」
ニナの引きこもり生活の楽しみが一つ増えた。




