第98話 開館当日
朝。
第三アクアリス水族館は、異様なほど静かだった。
それは嵐の前の静けさではない。
緊張と期待が入り混じった、特別な静けさだった。
まだ開館前。
しかし館内のあちこちには、すでに人の気配があった。
飼育員たち。
スタッフたち。
そしてアクアリスたち。
誰もが今日という日を意識していた。
◇
中央エリア。
巨大なガラス越しに朝の光が差し込む。
水槽の中では魚たちがゆっくりと泳いでいる。
その光景を見つめながら、館長は深く息を吐いた。
「……ついにこの日ね」
手元の時計は開館時間を刻もうとしている。
あと少し。
その隣で飼育員が頷く。
「準備、完了しています」
「ありがとう」
館長は短く答えた。
しかしその声には、いつも以上に力があった。
◇
海藻エリア。
ヒメタツは静かに立っていた。
リーフィーシードラゴンも隣にいる。
「ついに、ですわね」
ヒメタツの声は少しだけ震えていた。
「うん」
リーフィーシードラゴンは落ち着いている。
だが、その目はどこか遠くを見ていた。
「昨日まで準備してたのに、もう今日なんだね」
「時間というものは、不思議ですわ」
ヒメタツは海藻を見上げる。
水流に揺れているそれは、まるで拍手のようだった。
「お客様、たくさん来るかしら」
「来ますわ」
ヒメタツは少し笑った。
「なら、ちゃんと迎えないとですわね」
◇
深海エリア。
ニシオンデンザメはまだ眠そうだった。
「むにゃ……もう開館かのう……」
メガマウスザメは冷静に答える。
「もうすぐです」
ジンベエザメは周囲を見渡していた。
「落ち着いていますね」
「ワシはいつでも落ち着いとるぞい」
「今寝てましたけど」
「夢の中でも落ち着いとった」
ジンベエザメは笑う。
メガマウスザメも少しだけ口元を緩めた。
その時。
館内放送が鳴る。
『まもなく開館いたします』
静寂が一瞬だけ止まる。
そして。
全員の意識が一点に集まった。
◇
珊瑚エリア。
ミズクラゲはくるくる回っていた。
「始まるー!」
「落ち着いてください」
ウデフリツノザヤウミウシが優しく言う。
ハダカカメガイは静かに揺れている。
カブトガニはゆっくり歩きながら言った。
「本日が始まりの日です」
「そうだね!」
ミズクラゲは止まらない。
「いっぱい見てもらえるかな!」
「見てもらえますよ」
ウデフリツノザヤウミウシは微笑む。
その時。
照明が少しだけ強くなる。
開館準備の最終確認が終わったのだ。
◇
アマゾンエリア。
デンキウナギは静かに配線を確認していた。
ミナミメダカが隣でジャンプするように動く。
「準備OKです!」
「問題ありません」
デンキウナギは短く答える。
だが、その指先はわずかに光っていた。
ミナミメダカは笑う。
「いよいよですね!」
「……えぇ」
その一言には、確かな感情があった。
◇
開館直前。
中央エリア。
アクアリスたちが集まっていた。
館長が前に立つ。
「みんな」
静かに声が響く。
「今日、この水族館は開館します」
一瞬の沈黙。
そして。
「私たちの努力の成果を、見せる日です」
誰も言葉を挟まない。
しかし空気は熱を帯びていた。
ヒメタツが一歩前に出る。
「準備はできていますわ」
ミナミメダカも頷く。
「元気いっぱいです!」
ジンベエザメは優しく言う。
「楽しみにしています」
ミズクラゲは跳ねる。
「いえーい!」
ニシオンデンザメは大きく伸びをする。
「ようやくかのう」
メガマウスザメは静かに目を閉じた。
「始まる」
その瞬間。
館内の照明が一段階上がる。
開館の合図。
外の扉がゆっくりと開く。
最初の来館者の気配が流れ込んでくる。
人の声。
足音。
驚きの気配。
そして。
歓声。
「わぁ……!」
「すごい……!」
第三アクアリス水族館。
ついに、開館した。
アクアリスたちはそれぞれの場所でその音を聞いていた。
静かに。
しかし確かに。
この瞬間を受け止めていた。
そして誰もが思う。
ここからが、本当の始まりだと。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




