第99話 来館者の海
第三アクアリス水族館は、開館初日にもかかわらず異様なほど順調だった。
いや、順調すぎるほどだった。
館内のあちこちで歓声が上がり、ガラス越しの海の世界に人々が目を奪われている。
「すごい……本物みたい……」
「いや、本物なんだよなこれ……?」
そんな声が絶え間なく流れ込んでくる。
その一つ一つが、アクアリスたちのいる水槽へと届いていた。
◇
中央エリア。
館長は静かに来館者の流れを見ていた。
その隣で飼育員が報告する。
「入館者、想定よりかなり多いです」
「そう」
館長は短く答える。
だが、その表情には驚きと、ほんの少しの誇りがあった。
「トラブルは?」
「今のところゼロです」
「優秀ね」
館長は小さく笑った。
その視線の先では、アクアリスたちがそれぞれの場所で来館者に見守られていた。
◇
海藻エリア。
ヒメタツは少し緊張していた。
リーフィーシードラゴンはいつも通り落ち着いている。
水槽の前には子どもたちが集まっている。
「かわいい……!」
「本当に海藻みたい!」
その声に、ヒメタツは小さく瞬きをした。
「見られてますわね……」
「うん」
リーフィーシードラゴンは静かに答える。
だが、どこか嬉しそうだった。
「怖くはないですの?」
「怖くはないよ。少し、くすぐったいだけ」
ヒメタツはその言葉に笑う。
「なら良かったですわ」
水槽の外では、手を振る子どもたち。
ヒメタツも小さく手を振り返した。
◇
深海エリア。
ニシオンデンザメは早くも眠そうだった。
「ふぁ……人間というのは騒がしいのう……」
メガマウスザメは淡々と答える。
「でも見てますよ」
「ワシは見られるのは慣れとらんのう」
ジンベエザメはゆっくりと泳ぎながら言う。
「でも、みんな楽しそうです」
水槽の前では大人も子どもも驚いていた。
巨大な影がゆっくりと通るたびに歓声が上がる。
「でかい……!」
「本物のサメだ!」
ニシオンデンザメは少しだけ目を細めた。
「……悪い気はせんのう」
メガマウスザメは静かに言う。
「それは良かったです」
その時、ジンベエザメがゆっくりと回転する。
光が水の中で揺れる。
それだけで歓声がさらに大きくなった。
◇
珊瑚エリア。
ミズクラゲは完全に人気者だった。
「ふわふわしてる!」
「かわいいー!」
「生きてるのこれ!?」
ウデフリツノザヤウミウシは落ち着いて説明している。
「はい、生きています。刺激は弱いですが触れないようにしてください」
カブトガニはゆっくり歩きながら言う。
「昔から変わらぬ姿です」
ハダカカメガイは静かに漂う。
「透明で綺麗……」
その声に、ハダカカメガイはわずかに傾いた。
ミズクラゲは嬉しそうに回る。
「見て見てー!」
「やめなさい、落ち着きなさい」
ウデフリツノザヤウミウシの声は優しい。
だがどこか母親のようだった。
◇
アマゾンエリア。
デンキウナギは静かに泳いでいた。
その周囲では小さな光がゆっくりと走っている。
「わ……光った!」
「電気だ!」
来館者が驚いている。
ミナミメダカは嬉しそうに跳ねていた。
「すごいです!」
「危険はありません」
デンキウナギは淡々と答える。
しかしその指先が軽く動くと、水槽の光がふわりと変わる。
「わぁ!」
「すごい演出みたい!」
「違います」
即答だった。
だが、少しだけ誇らしげでもあった。
ミナミメダカは笑う。
「人気者ですね!」
「……そうですか」
◇
館内全体。
人の流れは止まらない。
むしろ増えていた。
館長はその光景を見ていた。
「予想以上ね」
飼育員が言う。
「はい、完全に成功です」
館長はゆっくり頷いた。
しかしその目は遠くを見ていた。
海の向こう。
誰にも気付かれないほど小さな違和感。
それでも確かにそこにある“何か”。
館長はそれを見逃さなかった。
だが何も言わない。
「……順調すぎるわね」
その言葉は誰にも届かない。
来館者の歓声にかき消された。
◇
アクアリスたちは、それぞれの場所で感じていた。
今日という日の重さ。
そして楽しさ。
人間たちの視線。
そして期待。
水族館は、確かに成功していた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




