第100話 ようこそ、第三アクアリス水族館へ
第三アクアリス水族館。
開館初日。
朝から多くの人々で賑わっていた館内は、夕方になっても活気を失うことはなかった。
中央エリアでは子どもたちの笑い声が響き、クラゲ館では幻想的な光景に大人たちが足を止める。
海藻エリアでは海の森に驚く声が聞こえ、深海エリアでは巨大な魚たちに歓声が上がる。
それは館長が夢見た光景。
飼育員たちが目指した景色。
そしてアクアリスたちが守ってきた場所だった。
◇
中央エリア。
館長は大水槽を見上げていた。
巨大な魚たちがゆったりと泳いでいる。
ジンベエザメの妹も、その中を優雅に泳いでいた。
「綺麗ね……」
館長はぽつりと呟く。
隣には飼育員。
「はい」
「ここまで長かったわね」
「本当に」
準備の日々。
工事。
展示。
掃除。
点検。
訓練。
アビスとの戦い。
様々な出来事があった。
だが、それらすべてが今日へと繋がっている。
◇
海藻エリア。
リーフィーシードラゴンは海藻の揺れる水槽の前に立っていた。
ヒメタツも隣にいる。
来館者たちは少しずつ帰り始めていた。
「静かになってきましたわね」
「そうだね」
海藻が揺れる。
水が揺れる。
夕方の光が差し込む。
「無事に終わりそうですわ」
「うん」
リーフィーシードラゴンは小さく微笑んだ。
「よかった」
その一言には多くの想いが込められていた。
◇
小魚エリア。
ミナミメダカは走り回っていた。
もちろん仕事である。
「こちらです!」
「はい!」
「ありがとうございます!」
飼育員たちの手伝いをしながら笑顔を絶やさない。
デンキウナギはその様子を見ていた。
「元気ですね」
「はい!」
「疲れませんか」
「疲れます!」
即答だった。
デンキウナギは少しだけ目を丸くする。
「でも楽しいです!」
その笑顔に。
デンキウナギもわずかに微笑んだ。
◇
珊瑚エリア。
ミズクラゲはくるくる回っていた。
「今日はいっぱい人が来たね!」
ハダカカメガイは頷く。
「そうですね」
カブトガニはのんびり歩く。
「平和ですねぇ」
ウデフリツノザヤウミウシは微笑む。
「えぇ」
水槽の向こうでは最後の来館者たちが写真を撮っていた。
みんな笑顔だった。
それだけで十分だった。
◇
深海エリア。
メガマウスザメは暗い水槽の中を見ていた。
ニシオンデンザメは相変わらず眠そうである。
「ふぁぁ……」
「寝てました?」
「半分ほどな」
ジンベエザメがくすりと笑う。
「寝ながら会話できるのですか?」
「長生きするとできるのじゃ」
「本当ですか?」
「多分のう」
メガマウスザメは静かに言う。
「適当」
「うむ!」
深海エリアには穏やかな笑い声が広がった。
◇
海鳥エリア。
キマユペンギンはペンギンたちを見守っていた。
夕陽が差し込む。
黄金色の光が羽を照らす。
飼育員が近付いてくる。
「お疲れさま」
「はい」
「どうだった?」
少し考える。
そして答えた。
「……楽しかったです」
その言葉に飼育員は笑った。
「それは良かった」
キマユペンギンも小さく笑う。
今日は悪くない日だった。
◇
閉館時間。
館内放送が流れる。
来館者たちが少しずつ出口へ向かう。
賑やかだった館内が静かになっていく。
そして最後の来館者が帰った。
第三アクアリス水族館。
初日の営業終了である。
◇
夜。
館長室。
館長は今日の報告書を見ていた。
来館者数。
展示状況。
設備状態。
どれも良好。
問題なし。
飼育員が資料を置く。
「完璧ですね」
「えぇ」
館長は笑う。
「みんなのおかげよ」
窓の外を見る。
そこにはライトアップされた水族館。
静かに輝いている。
◇
館内。
アクアリスたちはそれぞれの場所へ戻っていた。
疲れている者。
眠そうな者。
まだ元気な者。
みんな違う。
だが共通していることが一つだけあった。
嬉しかったのだ。
来館者が笑ってくれたこと。
海の生き物を好きになってくれたこと。
水族館を楽しんでくれたこと。
それが何より嬉しかった。
◇
クラゲ館。
静かな光が漂う。
ミズクラゲが天井を見上げる。
「明日もいっぱい来るかな」
誰も答えない。
けれど。
どこかで誰かが笑っている。
どこかで誰かが海に興味を持つ。
そのきっかけになれるなら。
それはとても素敵なことだ。
◇
海の近く。
夜の波が静かに打ち寄せる。
アビス撃退用大水槽へ繋がる海も静かだった。
今夜は何も現れない。
風も穏やか。
波も穏やか。
まるで祝福しているかのようだった。
◇
第三アクアリス水族館。
ここは海の仲間たちが暮らす場所。
絶滅危惧種も。
深海魚も。
クラゲも。
サメも。
海鳥も。
みんなが生きる場所。
そして人と海を繋ぐ場所。
明日もまた。
新しい来館者が訪れるだろう。
新しい出会いが生まれるだろう。
新しい笑顔が生まれるだろう。
館長も。
飼育員も。
アクアリスたちも。
それを楽しみにしている。
夜空には月が浮かんでいた。
アクアリスたちを生んだ優しい光。
その月明かりに照らされながら。
第三アクアリス水族館の夜は更けていく。
静かに。
穏やかに。
そして幸せに。
――ようこそ、第三アクアリス水族館へ。
海の仲間たちは、いつでもあなたを待っています。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




