第94話 迫り来る黒き群れ
第三アクアリス水族館。
オープンを目前に控えた館内には、いつもと変わらぬ穏やかな時間が流れていた。
中央エリアでは飼育員たちが最終確認を行い、小魚エリアではミナミメダカが展示用の解説板を並べ、海藻エリアではリーフィーシードラゴンが海藻の配置を見直している。
誰もが開館の日を楽しみにしていた。
だが――。
その平和は突然破られる。
館内全域へ警報音が鳴り響いた。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
赤い警告灯が天井で点滅する。
ミナミメダカが飛び上がった。
「ひゃっ!?な、何ですか!?」
近くにいた飼育員も慌てて端末を確認する。
館長室。
館長の表情が険しく変わった。
大型モニターには複数の映像。
そこに映っていたのは。
アビス撃退用大水槽。
一つではない。
二つでもない。
第三アクアリス水族館に設置された全てのアビス撃退用大水槽だった。
館長が息を呑む。
「これは……」
画面の中。
黒い霧のような存在が渦巻いていた。
一体。
二体。
十体。
二十体。
数え切れない。
アビス。
アビス。
アビス。
大量のアビスが現れていた。
しかも。
その中心には異様に巨大な影が蠢いている。
館長が通信を開く。
「全アクアリスへ連絡!緊急事態よ!」
館内放送が流れた。
その頃。
深海エリア。
メガマウスザメが顔を上げる。
「……来た」
ニシオンデンザメも立ち上がった。
「ただ事ではなさそうじゃのう」
巨大水槽の奥。
シーラカンスも静かに目を開く。
普段は穏やかな深海エリアの水が微かに震えていた。
海藻エリア。
リーフィーシードラゴンが警報音を聞きながら立ち上がる。
「アビス……?」
ヒメタツも駆け寄ってくる。
「大変ですわ!」
中央エリア。
ジンベエザメが天井を見上げた。
「この気配……かなり多いですね」
ペンギンアイランド。
キマユペンギンが薙刀を握る。
「出番……みたいですね」
その瞳には迷いがない。
そして。
アビス撃退用大水槽。
巨大な空間の中で黒霧が渦巻いていた。
アビスたち。
「アアアアアア……」
「アアアアアアア……」
「アアアアア……!」
低い唸り声が重なり合う。
まるで海そのものが呻いているようだった。
その数は百を超える。
小型。
中型。
大型。
様々な個体が集結していた。
そして中央。
ひときわ巨大な黒い影。
通常の大型アビスよりも遥かに大きい。
煙のような触手が何本も伸びている。
その姿を見た監視員が震えた。
「な、何ですかあれ……」
誰も見たことがない個体だった。
その頃。
アクアリスたちが続々と集まっていた。
ヒメタツ。
リーフィーシードラゴン。
ミナミメダカ。
デンキウナギ。
メガマウスザメ。
ニシオンデンザメ。
ジンベエザメ。
キマユペンギン。
ムツゴロウ。
トビハゼ。
フウセンウオ。
ハダカカメガイ。
ウデフリツノザヤウミウシ。
カブトガニ。
ミズクラゲ。
さらに各エリアのアクアリスたちも続々と到着する。
皆の前に館長が立った。
「みんな聞いて」
館長の声は静かだった。
だが強い。
「過去最大規模のアビス発生よ」
空気が張り詰める。
「オープン目前で狙ったように現れたわ」
ニシオンデンザメが腕を組む。
「ふむ」
メガマウスザメが巨大水槽を見つめる。
「……嫌な感じ」
ジンベエザメも頷く。
「普通ではありませんね」
館長が続ける。
「無理はしないこと」
「危険だと思ったら下がること」
「でも――」
館長は優しく微笑んだ。
「第三アクアリス水族館を守って」
その言葉に。
全員が頷いた。
ミナミメダカが拳を握る。
「はい!」
ヒメタツが胸を張る。
「もちろんですわ!」
キマユペンギンが薙刀を構える。
「任せてください」
デンキウナギの腕に電流が走る。
パチパチッ。
青白い光が周囲を照らした。
ニシオンデンザメが笑う。
「久しぶりに暴れるかのう!」
メガマウスザメも静かに前へ出る。
「……うん」
そして。
アビス撃退用大水槽の巨大ゲートが開かれる。
轟音。
激しい水流。
その先には。
黒い群れ。
無数のアビス。
「アアアアアアアアア……!!」
咆哮が響く。
空間が震える。
ミズクラゲが息を呑んだ。
ハダカカメガイが静かに構える。
ウデフリツノザヤウミウシも真剣な表情になる。
誰も逃げない。
誰も目を逸らさない。
ここは。
彼女たちの水族館だから。
ニシオンデンザメが月光の剣を抜いた。
キィン――。
青白い光が広がる。
メガマウスザメの拳にも月光力が集まる。
ジンベエザメの周囲には巨大な水流が生まれ始める。
キマユペンギンの足元には氷が生成された。
館長が最後に告げる。
「行ってらっしゃい」
その瞬間。
アクアリスたちは一斉に飛び出した。
迫り来る黒き群れへ向かって。
第三アクアリス水族館最大の戦いが。
今まさに始まろうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




