第91話 深海に潜むもの
アクアリス達が暮らしている。
オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
今日もまた、第三アクアリス水族館には穏やかな時間が流れていた。
そして深海では謎の驚異が息を殺していた………………………………。
深海。
太陽の光など届かない闇の世界。
冷たい海水。
静寂。
ただひたすら続く暗黒。
そこを何かが漂っていた。
ゆらり。
ゆらり。
輪郭は曖昧。
煙のようでもあり、影のようでもある。
その存在の周囲では小魚たちが逃げるように散っていく。
そして――。
深海の岩陰から黒い霧が染み出した。
まるで海そのものが腐敗しているかのような異様な光景。
黒い霧は少しずつ集まり始める。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて十を超える黒い影となった。
『ァァァァァ……』
小さな声。
深海の水流に溶ける不気味な音。
しかしそれはアビスとは違っていた。
形も。
雰囲気も。
何もかも。
黒い影たちは海底のさらに下へ沈んでいく。
まるで何かを探しているように。
そして。
海底の巨大な裂け目へ辿り着いた。
深淵。
底の見えない巨大な亀裂。
その奥から微かに青白い光が漏れている。
黒い影たちはそこへ吸い込まれるように消えていった。
静寂。
再び深海は何事もなかったかのような姿へ戻る。
その頃。
第三アクアリス水族館。
深海エリア。
黒褐色のおかっぱ髪の少女が巨大水槽を眺めていた。
メガマウスザメ。
「メガマウスザメ『ネズミザメ目 メガマウスザメ科 メガマウスザメ属 メガマウスザメ』
ネズミザメ目 メガマウスザメ科に属する者はこの種のみである。
太平洋、インド洋などの熱帯、温帯の200m付近のやや深海などに生息していて、日本近海では目撃例、捕獲例が比較的多い、
古い形態のサメで現代のサメとはことなる点が多く、ネズミザメ目のサメのなかではミツクリザメとならんで原始的な形状を残しているらしい、
鰓耙と呼ばれるブラシ状の突起物で、海水と共に飲み込んだプランクトンだけをこしとるモノがあるのでプランクトンを食べるらしい。浅瀬にも現れることがある。」
静かな深海エリアは彼女のお気に入りの場所だった。
「……」
今日も深海魚たちはのんびり泳いでいる。
シンカイクサウオの模型。
発光生物の展示。
青白い照明。
落ち着く空間だ。
そこへ。
足音が近付いてきた。
「おぉ~!こんな所におったか!」
聞き慣れた声。
ニシオンデンザメだった。
「ニシオンデンザメ『ツノザメ目 オンデンザメ科 オンデンザメ属 ニシオンデンザメ』
北大西洋や北極海周辺の冷たい深海に生息する大型のサメ。成長速度が極めて遅く、成熟まで100年以上かかるとも言われている。推定寿命は400年以上ともされ、脊椎動物としては最長寿級。ゆったり泳ぐが魚類や海獣の死骸などを食べる。肉には毒性があり発酵処理をしないと食べられない。アクアリスとなったニシオンデンザメは非常にのんびりしていて物忘れが激しいが、長い年月を生きたような落ち着きを持つ。」
ニシオンデンザメ。
長い年月を生きる深海の古老。
今日も元気そうである。
「館内を探したぞい」
「……そんなに?」
「うむ!」
元気よく頷く。
メガマウスザメは小さく息を吐いた。
「何かあった?」
「いやな?」
ニシオンデンザメは腕を組む。
「特に何もないのじゃ!」
「……」
「暇だった!」
「そう」
いつも通りだった。
メガマウスザメは少しだけ安心する。
深海エリアは静かだが、ニシオンデンザメが来ると急に賑やかになる。
「そういえばのう」
「?」
「最近アビスが増えておる気がせんか?」
メガマウスザメは頷いた。
「……うん」
「やはりか」
「大型も出た」
「珍しいからのう」
二人は少しだけ真面目な顔になる。
最近のアビス出現数は確かに増えている。
館長も気にしていた。
だが理由は分からない。
「……何かあるのかな」
「さてのう」
ニシオンデンザメは顎に手を当てる。
「アビスのことはまだ分からんことが多いからの」
「うん」
静かな沈黙。
巨大水槽の魚たちだけがゆっくり泳いでいた。
その時。
ふと。
メガマウスザメが顔を上げる。
「……?」
「どうしたのじゃ?」
「今……」
「?」
「何か聞こえた気がした」
ニシオンデンザメも耳を澄ませる。
しかし。
聞こえるのはろ過装置の微かな音だけ。
「気のせいではないか?」
「……かも」
メガマウスザメは再び水槽を見る。
何も異常はない。
魚たちも落ち着いている。
だが胸の奥に小さな違和感だけが残った。
何だろう。
説明できない。
けれど。
何かがおかしい気がする。
その違和感はすぐに消えた。
ニシオンデンザメが大声で笑ったからだ。
「気にしすぎじゃ!」
「……そうかな」
「そうじゃそうじゃ!」
豪快な笑い声。
深海エリアに響く。
その時だった。
館内放送が流れる。
『深海エリア担当の皆さんへ。展示確認をお願いします』
「あっ」
「呼ばれたのう」
メガマウスザメは立ち上がる。
「行こう」
「うむ!」
二人は歩き出した。
深海エリアの点検へ向かうために。
誰も知らない。
遠い深海で何が起きているのか。
誰も気付いていない。
海底の裂け目の奥で何が眠っているのか。
第三アクアリス水族館は今日も平和だった。
笑顔があり。
会話があり。
穏やかな時間が流れている。
しかし海の底では。
誰にも知られることなく。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
新たな脅威が目を覚まそうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




