第90話 海藻の森の案内役
ここはアクアリス達が暮らしている第三アクアリス水族館。
オープン前の第三アクアリス水族館は、今日も今日とて平和できらびやかです。
海藻エリア。
海藻の森を思わせる展示空間には柔らかな緑色の光が差し込み、ゆらゆらと揺れる海藻たちが幻想的な景色を作り出していた。
リーフィーシードラゴンは展示水槽の前に立ち、静かに周囲を見回していた。
淡い緑色の髪が揺れる。
先ほどの点検は終わった。
けれど彼女は何となくこの場所に残っていた。
「…………問題なし……………………」
ぽつりと呟く。
海藻の配置。
照明。
水流。
説明看板。
どれも予定通りだ。
すると後ろから小さな足音が聞こえてきた。
振り返る。
そこにはヒメタツがいた。
「まだいらっしゃいましたの!」
「ヒメタツ」
「お疲れ様ですわ!」
「うん」
ヒメタツは周囲を見回した。
「やっぱりここは落ち着きますわね」
「そうだね」
「リーフィーシードラゴンさんが好きなのも分かりますわ」
海藻の森を眺めながら言う。
するとリーフィーシードラゴンは少し考えるような表情を見せた。
「昔から好きだった」
「海藻がですの?」
「うん」
「どうしてです?」
「隠れられるから」
ヒメタツは目をぱちぱちさせた。
「隠れる?」
「海藻に紛れるのが得意だから」
そう言いながら海藻の横へ立つ。
緑色の服。
枝葉のような装飾。
静止すると本当に景色へ溶け込んでしまう。
ヒメタツは思わず驚いた。
「わぁ!見失いましたわ!」
「これが得意」
少しだけ誇らしげだった。
「すごいですわ!」
その時。
通路の向こうから館長が歩いてきた。
書類を抱えている。
「あら、まだ二人ともいたのね」
「館長」
「館長さん!」
館長は周囲を見回した。
「海藻エリアは順調そうね」
「うん」
「完璧ですわ!」
「ふふっ、それは良かったわ」
館長はそう言って近くのベンチへ腰掛けた。
どうやら少し休憩らしい。
ヒメタツも隣へ座る。
リーフィーシードラゴンは立ったまま海藻を眺めていた。
館長が微笑む。
「ねぇ、リーフィーシードラゴンちゃん」
「?」
「オープンしたら案内役をお願いするかもしれないわ」
「案内役?」
「えぇ」
ヒメタツが目を輝かせた。
「ぴったりですわ!」
「そう?」
「もちろんですわ!」
館長も頷く。
「展示内容をよく知っているしね」
「でも」
少し困ったような顔。
「人前は得意じゃない」
「ふふっ」
館長が笑う。
「無理にとは言わないわ」
「…………………………」
「ただ、もしお願いしたら助かるの」
リーフィーシードラゴンは少し考え込む。
海藻が揺れる。
静かな時間が流れた。
やがて。
「少しなら」
「本当!?」
ヒメタツが立ち上がる。
「うん」
「素晴らしいですわ!」
館長も嬉しそうだった。
「ありがとう」
「でも緊張すると思う」
「大丈夫ですわ!!」
ヒメタツが胸を張る。
「わたくしも一緒にいますもの!!」
「ヒメタツも?」
「もちろんですわ!」
館長がくすくす笑う。
「心強いわね」
「任せてくださいまし!」
元気いっぱいの返事が海藻エリアへ響いた。
その後。
三人は海藻エリアを歩きながら展示を見て回った。
低い観察窓。
大型海藻展示。
解説看板。
休憩スペース。
どれも完成が近い。
「ここは子供たちが好きそうですわね」
「観察窓?」
「えぇ!」
ヒメタツは窓を覗き込む。
「秘密基地みたいですもの」
「なるほど」
「確かにそうかもしれないわね」
館長も納得したように頷く。
リーフィーシードラゴンはメモ帳へ何かを書き込んだ。
「秘密基地」
「何を書いていますの?」
「説明の参考」
「なるほどですわ!」
来館者の目線。
子供の感覚。
そういうものも展示作りには大切なのだ。
館長は満足そうに頷いた。
「やっぱり皆で考えると新しい発見があるわね」
「ですわ!」
「うん」
しばらく歩いていると、一番奥の大型水槽へたどり着いた。
海藻が何本も立ち並ぶ展示だ。
柔らかな照明が差し込み、まるで本物の海中を見ているようだった。
ヒメタツは目を輝かせる。
「…………綺麗ですわ…………………………」
「夜の設定だともっと綺麗」
リーフィーシードラゴンが操作盤を触る。
照明がゆっくり暗くなった。
青白い月明かりのような光が海藻を照らす。
幻想的な景色だった。
ヒメタツは思わず見入る。
「すごい………………」
館長も感心していた。
「本当に海の中みたいね」
「ここはお気に入り」
リーフィーシードラゴンが静かに言った。
ヒメタツは微笑む。
「わたくしも好きになりましたわ」
海藻が揺れる。
静かな光景。
穏やかな時間。
第三アクアリス水族館の中でも特に落ち着く場所だった。
やがて館内放送が流れる。
『各エリアの最終確認をお願いします』
館長が立ち上がった。
「あら、もうこんな時間」
「本当ですわ」
「次の確認に行かないと」
館長は書類を抱え直す。
「二人ともありがとう」
「いえ!」
「うん」
館長は微笑みながら通路の向こうへ歩いていった。
残された二人。
ヒメタツは海藻を眺めながら言う。
「完成が楽しみですわね」
「うん…………」
「たくさんの人が来てくれるでしょうか…………」
「来ると思う…………」
「そうだといいですわ…………」
リーフィーシードラゴンは静かに頷いた。
海藻の森を見つめる。
未来の賑わいを想像する。
笑顔。
歓声。
驚き。
そして海を好きになってくれる人たち。
そんな未来を思い浮かべながら、二人は静かな海藻エリアをゆっくり歩いていった。
今日もまた、第三アクアリス水族館には穏やかな時間が流れていた。
そして深海では謎の驚異が息を殺していた………………………………
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




