第89話 海藻水槽の最終確認
アクアリス達が暮らしている。
オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 海藻エリア。
館長と別れた後、ヒメタツとリーフィーシードラゴンは海藻水槽の並ぶエリアへと向かっていた。
背の高い人工海藻や本物の海藻が揺れる水槽は、まだ開館前とは思えないほど完成度が高い。
ヒメタツはきょろきょろと周囲を見回した。
「こうして見ると、本当に森みたいですわね」
リーフィーシードラゴンは静かに頷く。
「海の中の森だからね」
「なるほどですわ」
二人は大きな展示水槽の前で立ち止まる。
リーフィーシードラゴンはメモ帳を取り出し、水槽をじっと観察し始めた。
ヒメタツは不思議そうに首を傾げる。
「何を見ていますの?」
「海藻の向き」
「向き?」
「うん」
彼女は水槽を指差した。
ゆらゆらと揺れる海藻。
だがよく見ると、一部だけ流れに逆らうような向きをしている。
「本当ですわ!」
「ポンプの水流が少し強いのかもしれない」
「そんなことまで分かりますの?」
「なんとなく」
そう言いながらも、水槽の状態を細かく確認していく。
ヒメタツは感心しきりだった。
「リーフィーシードラゴンさんは本当にすごいですわ」
「そうかな」
「そうですわ!」
その時だった。
小さな異音が聞こえた。
カタッ。
カタカタッ。
ヒメタツが辺りを見回す。
「今の音は?」
リーフィーシードラゴンは耳を澄ませた。
そして静かに歩き出す。
「こっち」
二人は展示水槽の裏側へ向かった。
バックヤードへ続く管理通路。
そこにはろ過装置や配管が並んでいる。
リーフィーシードラゴンは一つの機械の前で足を止めた。
「これだ」
「故障ですの?」
「そこまでじゃないと思う」
しゃがみ込み、機械を確認する。
数秒後。
カタカタという音は止まった。
「直りましたの?」
「少しネジが緩んでただけ」
「そんなことまで!」
「館長に教えてもらった」
ヒメタツはぱちぱちと拍手した。
「流石ですわ!」
リーフィーシードラゴンは少し照れたように視線を逸らす。
「大したことじゃないよ」
「大したことありますわ!」
二人は再び展示エリアへ戻る。
そこでは照明の点検が始まっていた。
まだ客はいない。
静かな館内。
だがその静けさはどこか心地よい。
ヒメタツは海藻の影を眺めた。
「オープンしたら賑やかになるのでしょうね」
「きっと」
「少し寂しい気もしますわ」
「どうして?」
「今はみんなでゆっくり話せますもの」
リーフィーシードラゴンは少し考える。
そして小さく笑った。
「それもそうかも」
「でしょう?」
「でも」
彼女は海藻の揺れる展示を見つめた。
「みんなが楽しそうに見てくれるのも好きだと思う」
ヒメタツは頷く。
「確かにそうですわね」
来館者が驚く顔。
楽しそうに笑う子供たち。
夢中になって展示を見る人たち。
そんな光景を想像すると自然と笑顔になる。
しばらく歩いていると、小さな観察窓の前へたどり着いた。
以前話していた低い位置の窓だ。
ヒメタツはしゃがみ込む。
「ここですわね」
「うん」
窓の向こうには海藻の世界。
小さな魚の模型も配置されている。
「子供たち喜びそうですわ」
「そうだと嬉しい」
リーフィーシードラゴンはそう言って窓を軽く拭いた。
曇り一つない透明なガラス。
オープンに向けた準備は着々と進んでいる。
ヒメタツは立ち上がる。
「そういえば」
「?」
「リーフィーシードラゴンさんは、人間のお勉強が好きでしたわね」
「うん」
「何が面白いのです?」
少し考え込む。
そして静かに答えた。
「考え方」
「考え方?」
「同じものを見ても、人によって見え方が違う」
「なるほどですわ」
「それが面白い」
ヒメタツは感心したように頷いた。
「深いですわね」
「そうかな」
「わたくしには思いつきませんでしたわ」
二人が話していると、海藻エリアの照明がゆっくりと切り替わった。
昼を再現した明るい光から、夕方を模した柔らかな橙色へ。
海藻が黄金色に染まる。
ヒメタツは思わず声を上げた。
「綺麗ですわ……!」
「時間演出用の照明」
「すごいですわね」
「開館したら定期的に変わる予定」
幻想的な光景が広がる。
まるで本当に海の中へ入り込んだようだった。
しばらく二人は言葉もなく眺めていた。
そして。
館内放送が流れる。
『海藻エリアの点検終了を確認しました』
リーフィーシードラゴンが時計を見る。
「終わったね」
「無事に終わりましたわ!」
「うん」
「お疲れ様ですわ!」
ヒメタツがにっこり笑う。
リーフィーシードラゴンもわずかに微笑んだ。
完成へ少しずつ近付く第三アクアリス水族館。
海藻の森では今日もまた、穏やかな時間が流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




