第85話 静かな展示室と古代の語り手
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 古代水生生物模型展示エリア。
巨大な古代魚の模型たちが並ぶ静かな空間。
薄暗い照明の中、青みがかった長い髪を揺らしながら少女は展示を見上げていた。
シーラカンス。
現代まで生き残った「生きた化石」と呼ばれる魚のアクアリス。
その瞳には、どこか悠久の時を感じさせる落ち着きがあった。
少し離れた場所では、黒褐色のおかっぱ髪の少女が古代魚の模型を眺めている。
メガマウスザメだった。
しばらく無言で展示を見ていた彼女だったが、やがて小さく呟く。
「......不思議」
その言葉にシーラカンスが視線を向ける。
「何がじゃ?」
「......こんなに大きな生き物が......昔はいた」
「うむ」
「......でも、今はいない」
静かな声だった。
巨大な模型を見上げながらメガマウスザメは続ける。
「......海は変わったのかな」
シーラカンスは少し考える。
そして穏やかに答えた。
「変わったとも言えるし、変わっておらぬとも言えるな」
「......?」
「海は常に変化する場所じゃ。暖かくなったり冷たくなったり、浅くなったり深くなったりのう」
巨大なアンモナイト模型の前を歩きながら語る。
「生き物達はその変化に合わせて姿を変える」
「......進化」
「うむ」
メガマウスザメは静かに頷いた。
シーラカンスは続ける。
「じゃが、変わらぬものもある」
「......?」
「生き残りたいという気持ちじゃ」
その言葉にメガマウスザメは少し目を丸くした。
「生き物は皆、生きようとする」
「......うん」
「それが海の昔から続いておることじゃ」
二人はゆっくり展示室を歩く。
巨大な魚類の骨格模型。
古代サメの顎の模型。
絶滅した海生爬虫類の復元模型。
どれも静かに来館者を待っている。
まだ開館前のため誰もいない。
だからこそ、どこか神秘的だった。
「......シーラカンス」
「なんじゃ?」
「......怖くない?」
「何がじゃ?」
「......いつか、いなくなること」
しばらく沈黙が流れる。
展示室の機械音だけが響いた。
やがてシーラカンスは微笑む。
「怖いのう」
「......」
「じゃが、それは皆同じじゃ」
彼女は古代魚の模型へ視線を向けた。
「大きい生き物も」
「うん」
「小さい生き物も」
「うん」
「アクアリスも」
メガマウスザメは静かに聞いていた。
「じゃから今を大切にするのじゃ」
穏やかな声だった。
長い時間を生きてきたような、不思議な説得力がある。
「今を?」
「うむ」
「......なるほど」
メガマウスザメは小さく頷いた。
少しだけ表情が柔らかくなる。
その時だった。
展示室の奥から足音が聞こえる。
館長だった。
「あらあら、二人ともここにいたのね」
「館長」
「......館長」
館長は二人を見て微笑んだ。
「古代生物のお勉強?」
「そんなところじゃな」
「......見学」
「ふふっ」
館長は展示模型を見上げる。
「ここ、私のお気に入りなのよ」
「そうなのか?」
「えぇ」
館長は頷いた。
「今生きている生き物達がどれだけ凄いか分かるもの」
メガマウスザメが首を傾げる。
「......凄い?」
「そう」
館長は微笑む。
「絶滅した子達も凄いけどね」
「うん」
「でも今も生きている子達だって同じくらい凄いの」
シーラカンスは静かに頷いた。
「確かにのう」
館長は続ける。
「メガマウスちゃんも」
「......?」
「シーラカンスちゃんも」
「うむ」
「ニシオンデンザメちゃんも」
「うむ」
「ジンベエザメちゃんも」
「うむ」
「みんな長い時間を越えて今ここにいる」
メガマウスザメは展示室を見回した。
巨大な古代魚。
絶滅した生き物達。
そして今を生きる自分達。
不思議な気持ちになる。
「......そうかも」
小さな呟きだった。
館長は嬉しそうに笑う。
「そうよ」
シーラカンスも微笑んだ。
「海は広いからのう」
「うむ」
「まだまだ知らぬことばかりじゃ」
「......それは楽しそう」
「楽しいぞ?」
「うん」
館長も頷く。
「だから水族館は面白いのよ」
展示を見るだけではない。
生き物を知る。
歴史を知る。
海を知る。
そして未来を考える。
それが水族館だった。
しばらく三人は展示を見て歩いた。
巨大な模型たちは静かにそこに在り続ける。
まるで遥かな過去から語りかけてくるように。
そしてその語りを聞きながら、現代を生きる三人は静かに歩いていくのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




