第84話 海の歴史を語る者
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 古代水生生物模型展示エリア。
展示エリアを後にした館長とメガマウスザメ。
しかしシーラカンスだけは少し遅れていた。
「おや?」
出口付近まで来たところでシーラカンスが足を止める。
視線の先には一枚の説明パネルがあった。
そこには海の歴史年表が描かれている。
生命の誕生。
魚類の出現。
陸上への進出。
恐竜の時代。
氷河期。
そして現代。
何億年という歴史が一枚にまとめられていた。
「ふむふむ」
シーラカンスは腕を組む。
その姿はまるで真面目な学生だった。
少し離れた場所で待っていたメガマウスザメが戻ってくる。
「......まだ見てる」
「おお」
「......好きだね」
「うむ」
即答だった。
「好きじゃ」
シーラカンスは嬉しそうに笑う。
「何億年もの歴史が一枚に描かれておるのじゃぞ」
「......確かにすごい」
「じゃろう?」
シーラカンスは年表を指差した。
「ほれ」
「うん?」
「魚が現れたのがここ」
「陸に上がったのがここ」
「恐竜がおったのがここ」
「人間が現れたのがここ」
メガマウスザメは目を瞬かせる。
「......人間って最近なんだ」
「そうじゃな」
「海の歴史から見れば新入りじゃ」
「......へぇ」
シーラカンスは頷いた。
「ワシら魚類の方が大先輩じゃな」
少しだけ胸を張る。
メガマウスザメは小さく笑った。
「......自慢?」
「うむ」
「......」
「なんじゃその顔は」
「ちょっと面白かった」
シーラカンスはむぅと頬を膨らませた。
だがすぐに笑い出す。
「まぁ実際は先輩も後輩もないのじゃがな」
「うん」
「皆それぞれ生きておる」
静かな声だった。
年表を見つめながらシーラカンスは続ける。
「海の生き物も」
「陸の生き物も」
「空を飛ぶ生き物も」
「皆同じじゃ」
「......生きてる」
「そうじゃ」
その時だった。
展示エリアの奥から軽い足音が聞こえてくる。
タタタッ。
元気よく走ってくる気配。
「ん?」
シーラカンスが振り返る。
やがて姿を見せたのは館長だった。
「やっぱりまだいたわね」
「おお館長殿」
「......戻ってきた」
館長は苦笑する。
「二人ともなかなか来ないから見に来たの」
「すまんのう」
「いいのよ」
館長は説明パネルを見る。
「そんなに面白い?」
「面白いぞ」
「へぇ」
シーラカンスは年表を指差した。
「ここを見るのじゃ」
「うん?」
「海の生き物の歴史は長い」
「それが分かる」
館長は年表を眺める。
確かに長い。
人間の歴史など最後のほんの一部だ。
「本当ね」
「じゃろう?」
「なんだか不思議」
館長は微笑む。
「私達ってすごく短い時間しか生きてないのね」
「うむ」
「でも」
館長は続ける。
「その短い時間の中で色んなことができる」
シーラカンスは少し驚いた顔になる。
「ほう」
「水族館を作ったり」
「生き物を守ったり」
「研究したり」
「それもまた凄いことよ」
シーラカンスは静かに頷いた。
「確かにのう」
「長く生きることだけが凄いわけじゃない」
館長の言葉にメガマウスザメも頷く。
「......うん」
シーラカンスは少し考え込んだ。
そして笑う。
「館長殿もなかなか良いことを言うのう」
「なによそれ」
館長は思わず吹き出した。
三人の笑い声が展示エリアに響く。
しばらくして。
シーラカンスは再び年表を見る。
生命の歴史。
進化の歴史。
絶滅と誕生の繰り返し。
それは終わることなく続いている。
「のう」
シーラカンスがぽつりと呟く。
「うん?」
「ワシらもいつか歴史になるのかもしれんな」
館長は少しだけ目を丸くした。
「アクアリスが?」
「うむ」
「百年後」
「千年後」
「もっと先かもしれん」
「その時誰かが」
「アクアリスという不思議な存在がおったと語るかもしれん」
静かな言葉だった。
館長は少し考える。
そして優しく笑った。
「その時はきっと」
「うむ?」
「とても楽しい歴史として語られるわ」
シーラカンスは目を細める。
「そうじゃといいのう」
「きっとそうよ」
メガマウスザメも小さく頷いた。
「......うん」
三人はしばらく年表を眺め続けた。
遠い過去。
まだ見ぬ未来。
その間にある今。
今この瞬間もまた歴史の一部なのだろう。
シーラカンスは満足そうに息を吐いた。
「よし」
「今度こそ行くかの」
「やっと?」
「......長かった」
「仕方あるまい」
館長は笑いながら歩き出す。
メガマウスザメも続く。
シーラカンスは最後に一度だけ振り返った。
そこには悠久の海の歴史があった。
そして今を生きる自分達がいる。
「また来るぞ」
そう小さく呟いて。
シーラカンスは二人の後を追いかけた。
穏やかな足取りで。
今日もまた、第三アクアリス水族館には静かで優しい時間が流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




