第77話「古代の海へ想いを馳せて・後編」
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 古代水生生物模型展示エリア。
館長と別れたあとも、メガマウスザメは展示エリアに残っていた。
薄暗い空間の中。
古代の海を再現した大型ジオラマ。
天井から吊るされた巨大生物の骨格模型。
そして壁一面に並ぶ古代生物達の解説パネル。
メガマウスザメはゆっくりと歩きながら見て回る。
「......昔の海」
ぽつりと呟く。
自分が生まれる遥か前。
人間が存在するよりも前。
想像もできないほど昔の世界。
そこに生きていた生物達。
模型を見上げる。
巨大な魚。
巨大な甲殻類。
巨大な爬虫類。
どれも今の海では見られない姿ばかりだった。
「......不思議」
解説パネルを読む。
そこには絶滅。
進化。
環境変化。
そんな言葉が並んでいる。
メガマウスザメは少しだけ首を傾げた。
「進化......」
聞いたことはある。
だが詳しくは知らない。
その時だった。
「進化に興味があるのかい?」
後ろから声が聞こえた。
振り向く。
そこにはルビー色の髪をした少女がいた。
図書エリアでよく見かけるアクアリス。
マダコである。
マダコ
「八腕目 無触毛亜目(マダコ亜目) マダコ科 マダコ属 マダコ」
日本近海でポピュラーなタコの軟体動物です。全身は約60〜70cm、最大で1.3m、重さは10kgにも成長します。知恵が高く周囲に合わせて体色を変える能力を持ち、1〜2年の短い寿命で貝や甲殻類を食べて生活します。無脊椎動物の中で最も知能が高い部類に入り、学習能力や問題解決能力があり人間の3歳児ほどの知能があるとも。アクアリス化したマダコは知識を集めることが好きでよく図書エリアにいる。
マダコは穏やかに微笑んでいた。
「マダコさん......」
「やぁ」
マダコは近くの展示を見上げる。
「ここは面白いだろう?」
「うん......」
「私も好きなんだ」
メガマウスザメは少し驚いた。
「図書エリアにいることが多いのに?」
「本だけが好きなわけじゃないさ」
マダコはくすりと笑う。
「こういう展示は知識が形になっているからね」
「知識が......形」
「そう」
マダコは古代魚の模型を指差した。
「本で読むだけじゃ分からないこともある」
「......」
「大きさだったり、迫力だったり」
「確かに」
メガマウスザメは頷いた。
もし写真だけなら。
ここまで大きいとは思わなかったかもしれない。
マダコは展示パネルを眺めながら続ける。
「昔の生物を知ると、今の生物のこともよく分かる」
「そうなの?」
「そうだよ」
マダコは微笑む。
「例えばサメ」
メガマウスザメは耳を傾けた。
「サメはとても古いグループなんだ」
「......古い」
「恐竜よりもずっと前から海にいた種類もいる」
メガマウスザメは目を丸くした。
「そんなに?」
「うん」
「......すごい」
自分達の祖先がそんな昔から生きていた。
少しだけ誇らしい気持ちになる。
マダコはその様子を見て笑った。
「嬉しそうだね」
「......少し」
「いいことだ」
二人は展示エリアを歩く。
巨大なアンモナイト模型。
古代の海底ジオラマ。
絶滅した魚類達の再現模型。
見れば見るほど知らないものばかりだった。
やがて。
二人は大きな海洋生物の模型の前で立ち止まる。
その姿は圧倒的だった。
「......大きい」
「昔の海には夢があるね」
マダコがそう言う。
メガマウスザメは静かに頷いた。
「もし......」
「うん?」
「もし昔の海へ行けたら」
マダコは少し考える。
「そうだなぁ」
腕を組む。
しばらく悩んだあと。
「見学だけにしておくかな」
「見学?」
「危険そうだからね」
メガマウスザメは巨大な顎を持つ模型を見る。
確かに危険そうだった。
「......食べられる?」
「かもしれない」
「......それは困る」
真顔で答える。
マダコは吹き出した。
「ははは」
「?」
「ごめんごめん」
二人の会話は穏やかだった。
展示エリアには他に誰もいない。
聞こえるのは空調の音だけ。
まるで本当に古代の海を旅しているような静かな空間だった。
その時。
メガマウスザメの視線がある展示へ止まる。
それは現在の海の生物達を紹介するパネルだった。
古代生物達から現代へ。
命の繋がりを説明するコーナー。
そこにはサメ達の姿も描かれている。
メガマウスザメは近付いた。
じっと見つめる。
「......今の海」
「うん」
「昔の海もすごいけど」
マダコは続きを待つ。
メガマウスザメは静かに言った。
「今の海も......すごい」
マダコは微笑んだ。
「その通りだ」
古代の海。
現在の海。
どちらも素晴らしい。
どちらも命が生きている。
そして今。
第三アクアリス水族館にも多くの命が集まっている。
ヒメタツ。
ミナミメダカ。
ニシキアナゴ。
ジンベエザメ。
ニシオンデンザメ。
そして自分。
「......そうですね」
メガマウスザメは小さく頷いた。
「今の海も......負けてない」
マダコは満足そうに笑う。
「その考え方、私は好きだよ」
メガマウスザメも少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
けれど確かに笑った。
展示エリアの天井を見上げる。
巨大な古代生物の模型が静かに浮かんでいる。
遠い昔を生きた命達。
そして今を生きる命達。
そのどちらにも思いを馳せながら。
メガマウスザメは静かに展示エリアを歩き続けるのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




