第76話「古代の海へ想いを馳せて・前編」
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 古代水生生物模型展示エリア。
館内の一角に設けられた展示エリアには、古代の海を再現した巨大な模型や化石のレプリカが並んでいた。
薄暗い照明の中。
巨大な顎を持つ古代魚の模型。
長い首を持つ海生爬虫類の模型。
そして天井近くには翼を広げた古代生物の骨格標本まで飾られている。
その展示を静かに見上げている少女がいた。
黒褐色のおかっぱ髪を揺らしながら、メガマウスザメは巨大な模型を見つめている。
「メガマウスザメ『ネズミザメ目 メガマウスザメ科 メガマウスザメ属 メガマウスザメ』
ネズミザメ目 メガマウスザメ科に属する者はこの種のみである。
太平洋、インド洋などの熱帯、温帯の200m付近のやや深海などに生息していて、日本近海では目撃例、捕獲例が比較的多い、
古い形態のサメで現代のサメとはことなる点が多く、ネズミザメ目のサメのなかではミツクリザメとならんで原始的な形状を残しているらしい、
鰓耙と呼ばれるブラシ状の突起物で、海水と共に飲み込んだプランクトンだけをこしとるモノがあるのでプランクトンを食べるらしい。浅瀬にも現れることがある。」
そこへ館長が歩いてきた。
「あら?メガマウスちゃん、こんなとこでどうしたの?」
振り向いたメガマウスザメは少し考えるように視線を上げた。
「......館長......いえ、古代には大きな生物がたくさんいるそうなので、......どうして、いなくなってしまうのでしょう......」
館長は展示されている巨大な模型を見上げた。
「そうね、それを考えるのも、水族館や動物園、博物館の楽しみ方の一つじゃないかしら」
「なるほど......確かに、そうかもです」
メガマウスザメは再び模型へ視線を向ける。
巨大な顎を持つ古代魚の模型は今のサメ達よりも遥かに大きく見えた。
「昔の海は......どんな景色だったんでしょう」
「誰にも正確には分からないわ」
館長は微笑む。
「でも想像はできるわね」
「想像......」
「えぇ。海の色も、匂いも、生き物達の動きも全部違ったかもしれない」
メガマウスザメは静かに頷いた。
「......少し、楽しそう」
「ふふ、そうね」
二人はしばらく展示を見上げる。
静かな時間が流れる。
やがてメガマウスザメは別の模型の前へ移動した。
そこには巨大なサメの模型が展示されていた。
鋭い歯が何列も並んでいる。
「......大きい」
「昔のサメね」
「私の仲間......でしょうか」
館長は少し考える。
「遠い親戚、みたいなものかもしれないわね」
「親戚......」
メガマウスザメは模型の足元にある解説パネルを眺める。
しばらく読み続けていたが。
やがて首を傾げた。
「......不思議です」
「何が?」
「私は大きくありません」
「うん」
「でも昔の生き物は大きいです」
「確かにそういう生き物も多かったわね」
メガマウスザメは真面目な顔になる。
「......昔なら私も大きくなれたのでしょうか」
館長は思わず吹き出しそうになった。
だが真剣な顔をしているので我慢する。
「どうかしらね」
「......」
「でも今のメガマウスちゃんも十分大きいと思うけど?」
「......そうでしょうか」
「うん」
メガマウスザメは少し考え込んだ。
そして小さく頷く。
「......なら、よかった」
館長は優しく笑った。
展示エリアを進む。
今度は古代の海底を再現した大型ジオラマの前へやって来た。
岩場。
海藻。
古代魚。
アンモナイト。
三葉虫。
様々な模型が配置されている。
メガマウスザメはしゃがみ込んで見つめた。
「......細かい」
「職人さんが頑張って作ってくれたのよ」
「すごい......」
目を輝かせる。
普段あまり表情の変わらない彼女だが、こういう展示は好きらしい。
「館長」
「なぁに?」
「ここにいる生き物......みんな、絶滅したんですよね」
「そうね」
「寂しいです」
館長は少しだけ驚いた。
メガマウスザメはジオラマを見つめたまま続ける。
「見てみたかったです」
「うん」
「一緒に泳いでみたかったです」
「そうねぇ」
「......だから少し残念」
館長は静かに隣へ座った。
「でもね」
「?」
「絶滅した生き物がいたから、今の生き物が生まれたのかもしれないわ」
メガマウスザメは顔を上げる。
館長は展示を見つめながら続けた。
「昔の生き物達が繋いできた命の先に、今の魚達やサメ達がいる」
「......」
「もちろんメガマウスちゃんもね」
その言葉にメガマウスザメはしばらく黙り込んだ。
やがて。
小さく頷く。
「......なるほど」
「納得できた?」
「少しだけ」
館長は微笑んだ。
その時だった。
館内放送の試験音声が遠くから流れてくる。
オープン準備のための点検らしい。
展示エリアに柔らかな音が響いた。
メガマウスザメは立ち上がる。
「......準備、進んでますね」
「そうね」
「オープンしたら......たくさんの人が来るんでしょうか」
「きっと来るわ」
「古代生物も見てくれるでしょうか」
「もちろん」
館長は自信満々に頷いた。
「だって面白いもの」
「......そうですね」
メガマウスザメはもう一度展示を見上げる。
遥か昔の海を生きた巨大な生物達。
今はもう存在しない命。
けれどその痕跡はこうして残り続けている。
「......私も」
ぽつりと呟く。
「ん?」
「みんなに、たくさん見てもらいたいです」
館長は目を丸くした。
そして優しく笑う。
「大丈夫」
「?」
「メガマウスちゃんも十分人気者になると思うわよ」
「......そうでしょうか」
「えぇ」
館長は断言した。
メガマウスザメは少し照れたように視線を逸らす。
「......なら、頑張ります」
古代生物達の模型が静かに見守る中。
オープンを待つ水族館では、今日もまた穏やかな時間が流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




