第75話「氷上ジャンプ大会」
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
海鳥エリア、ペンギンアイランド。様々な種類のペンギン属のいるエリアにて。
冷却装置から流れる冷たい風が、人工岩場の周囲を静かに吹き抜けていく。
朝の点検を終えた飼育員達が別エリアへ向かったあと、ペンギンアイランドには比較的静かな時間が流れていた。
そんな中。
人工岩場の頂上。
キマユペンギンは腕を組みながら、下を見下ろしていた。
「……よし」
小さく呟く。
足元へ月光力が集まっていく。
ぱきぱき、と音を立てながら薄い氷が形成された。
次の瞬間。
彼女は勢いよく岩場を蹴る。
氷の粒が舞い、身体が宙へ跳ね上がった。
風を切る音。
ふわりと広がる黒と白の髪。
キマユペンギンは空中で身体をひねり、そのまま氷を蹴ってさらに加速する。
「……っ!」
滑空。
旋回。
着地。
今度は転ばなかった。
岩場の中腹へ綺麗に降り立つ。
「……よしっ」
小さくガッツポーズ。
その時だった。
ぱちぱちぱちっ。
後ろから拍手が聞こえた。
振り返る。
そこには数人の飼育員達が立っていた。
「すごーい!」
「今の見た!?」
「完全に飛んでたよな!?」
「っ……!」
キマユペンギンの顔が一気に赤くなる。
「な、なんでいるんですか……!」
「休憩ついでに寄ったらちょうど見えた」
「タイミングよすぎません……!?」
飼育員達は楽しそうに笑う。
そのうちの一人が身を乗り出した。
「ねぇねぇ、もう一回やって!」
「やりません……!」
「えぇ~!」
「見世物じゃありません……!」
ぷいっとそっぽを向く。
だがその耳は真っ赤だった。
飼育員達は顔を見合わせ、くすくす笑う。
「でもほんとすごいよなぁ」
「普通のペンギンじゃ絶対無理だもん」
「まさにフライング——」
「言わないでください!!」
即座に叫ぶ。
びしっ、と氷柱が足元から飛び出した。
飼育員達が慌てて飛び退く。
「危なっ!?」
「ご、ごめんごめん!」
キマユペンギンは恥ずかしそうに顔を隠した。
「もう……だからその呼び方嫌なんです……」
「かっこいいのに」
「恥ずかしいのでダメです」
「即答だ」
その時。
ペンギンプールの方から水音が響いた。
ばしゃっ。
数羽のペンギン達が勢いよく飛び込み、水中を泳ぎ回っている。
キマユペンギンはそちらを見る。
少しだけ目を細めた。
「……泳ぐのも好きです」
「でも飛ぶ方が好き?」
「……どっちもです」
「おぉ、欲張り」
「別にいいじゃないですか」
「まぁ確かに」
飼育員の一人が笑いながら近くのベンチへ座る。
「そういえばさ、キマユペンギンちゃんって長時間潜れるんだよね?」
「はい」
「どれくらいだっけ」
「十二時間半です」
「改めて聞くと意味わかんないな……」
別の飼育員も頷く。
「深海の水圧も平気なんだっけ」
「問題ありません」
「しかも空飛ぶ」
「……」
「万能すぎない?」
キマユペンギンは少し考え込む。
「でも、苦手なものもあります」
「例えば?」
「裁縫」
「意外!」
「あと料理」
「もっと意外!」
「前に目玉焼きを作ろうとしたら凍りました」
数秒の沈黙。
そして。
「どういうこと!?」
飼育員達のツッコミが重なった。
キマユペンギンは真顔だった。
「そのままです」
「いや意味わからん!」
「月光力が暴走して……」
「卵冷凍しちゃったの!?」
「はい……」
その時のことを思い出したのか、少しだけ落ち込んだ顔になる。
「館長にも笑われました……」
「そりゃ笑うって!」
「でも逆に見てみたいかも」
「見せません……」
むぅ、と頬を膨らませる。
飼育員達はまた笑った。
だがその空気はとても穏やかだった。
海鳥エリアの天井照明が淡く反射し、水面がきらきら揺れている。
キマユペンギンは再び岩場を見上げた。
「……そうだ」
「ん?」
「少し、試したいことがあります」
「試したいこと?」
彼女は静かに頷く。
そして岩場の先端へ移動した。
足元に氷が広がる。
今までよりも強い月光力。
空気がぴん、と張り詰めた。
飼育員達も思わず黙る。
キマユペンギンは目を閉じた。
深呼吸。
そして。
「——っ!」
岩場を蹴る。
瞬間。
氷が爆ぜるように広がった。
彼女の身体が一気に空へ舞い上がる。
高い。
今までよりずっと。
海鳥エリアの照明近くまで一気に跳び上がった。
「うおぉ!?」
「高っ!?」
空中で彼女は身体を回転させる。
一回。
二回。
三回。
そして氷の足場を空中に連続生成しながら、滑るように移動していく。
まるで空を泳ぐ鳥。
いや。
氷の上を滑走する流星のようだった。
キマユペンギンは最後に大きく旋回し、人工岩場へ静かに着地する。
ふわり、と冠羽が揺れた。
静寂。
数秒後。
「うおおおおおお!!」
飼育員達が一斉に拍手した。
「今のすごすぎる!!」
「完全にショーじゃん!!」
「かっこよすぎ!!」
キマユペンギンは肩で息をしながら、少しだけ目を丸くする。
「……成功、しました」
「めちゃくちゃ成功してた!」
「見た!?最後の回転!」
「すごかったー!」
口々に褒められ、キマユペンギンは困ったように視線を逸らす。
だが。
その口元は少しだけ緩んでいた。
「……まぁ」
小さく息を吐く。
そして。
「悪く、なかったです」
海鳥エリアにペンギン達の鳴き声が響く。
冷たい風。
揺れる水面。
そして人工岩場の上。
そこには少しだけ誇らしそうに立つ、一羽の“空飛ぶペンギン”の姿があった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




