第70話「干潟エリアの休憩所」
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
干潟エリア。
人工干潟の奥。
岩壁の横を抜けた先には、小さな休憩スペースがあった。
流木で作られた椅子。
湿気に強い木材で組まれた机。
天井には柔らかな照明。
近くでは循環水が静かに流れ、心地よい水音を響かせている。
ムツゴロウが元気よく飛び込む。
「到着~!」
ぴょこん、と椅子へ飛び乗ると、そのままぶらぶらと足を揺らした。
ニシキアナゴは周囲を見回す。
「わぁ......こんな場所があったんですね......」
「飼育員さんたちの休憩場所でもあるんだ~」
トビハゼは静かに窓際へ移動した。
そこからは干潟水槽全体が見渡せる。
泥の地面。
ゆっくり流れる水。
小さな泡。
オープン前だからこそ静かな景色だった。
「落ち着く......」
ニシキアナゴがぽつりと呟く。
「でしょ~?」
ムツゴロウは満足げだった。
「ここ、ぼく好きなんだよね~」
「トビハゼさんも?」
「......嫌いじゃない」
「それ、好きってことでは?」
「......まぁ」
ムツゴロウが笑い出す。
「トビハゼ、素直じゃない~!」
「ムツゴロウがうるさいだけ」
「えぇ~!?」
二人のやり取りを見て、ニシキアナゴは小さく笑った。
すると、ムツゴロウが机の下から小箱を取り出した。
「そうだ!おやつ食べる~?」
「おやつ!?」
「うん!」
箱の中には、小分けされたお菓子が入っていた。
乾燥プランクトン風スナック。
小魚型ビスケット。
藻クッキー。
どれもアクアリス向けに作られた特製品だった。
ニシキアナゴの目がきらきら輝く。
「かわいい......!」
「飼育員さんたちが試作品でもらってきたんだ~!」
トビハゼが小袋をひとつ取る。
「これ、美味しい」
「え、本当ですか!?」
ニシキアナゴも慌てて同じものを手に取った。
ぱく。
「......!」
その瞬間、顔がぱぁっと明るくなる。
「おいしいですわ~!!」
「でしょ~!」
ムツゴロウも得意げだった。
三人は机を囲み、穏やかな時間を過ごしていく。
ニシキアナゴは小魚型ビスケットをじっと見つめた。
「これ、なんだか食べるのもったいないですね......」
「わかる~」
ムツゴロウは頷く。
「かわいい形してると迷うよね~」
「でも食べる」
トビハゼはすでに二枚目を食べていた。
「あっ」
「......?」
「トビハゼさん、意外と食べますのね」
「普通」
「いや絶対普通じゃないよ~?」
ムツゴロウが笑う。
トビハゼは少しだけ目を逸らした。
「......動くから、お腹空く」
「確かにムツゴロウさんたち、いっぱい跳ねますものね」
「そうそう!」
ムツゴロウは突然立ち上がった。
「ニシキアナゴもやってみる!?」
「へ?」
「ジャンプ!」
「えぇっ!?」
ニシキアナゴは慌てる。
「む、無理ですわ!?わたし、砂から出るとそんなに動けませんし!」
「大丈夫大丈夫~!」
「絶対大丈夫じゃありませんわ~!」
しかしムツゴロウは気にしない。
「せーのっ!」
ぴょーん!
高く跳ね上がる。
続いてトビハゼも小さく飛んだ。
ぴょこん。
ニシキアナゴは二人を交互に見つめる。
「うぅ......」
「やってみよう~!」
「むぅ......」
期待の眼差し。
ニシキアナゴはおそるおそる立ち上がった。
「こ、こうですの......?」
「もっと勢いよく~!」
「勢い......!」
ニシキアナゴは深呼吸する。
そして。
ぴょん。
「......」
「......」
「......低い」
「言わないでくださいまし~!?」
顔を真っ赤にするニシキアナゴ。
ムツゴロウは大笑いしていた。
「あははははっ!」
「わ、笑わないでください~!」
「ご、ごめん~!でもかわいくて~!」
トビハゼも少し口元を緩める。
「......うん、かわいい」
「トビハゼさんまで!?」
ニシキアナゴは両手で顔を隠した。
その姿に二人はさらに笑う。
休憩所には穏やかな空気が流れていた。
オープン前の静かな水族館。
誰もいない通路。
遠くから聞こえる機械音。
水の流れる音。
そして、小さな笑い声。
ニシキアナゴはふと窓の外を見つめた。
人工干潟には、照明が反射して淡く輝いている。
「なんだか......不思議です」
「何が~?」
「前まで、知らない場所ばかりで、少し怖かったんです」
ムツゴロウとトビハゼが静かに聞く。
「でも、こうして色んな方とお話してると、知らない場所がどんどん好きになっていく気がして......」
その言葉に、ムツゴロウは嬉しそうに笑った。
「それ、いいことだね~!」
トビハゼも小さく頷く。
「ここ、広いから」
「はい!」
ニシキアナゴは笑顔で答える。
「もっといっぱい知りたいです!」
その時だった。
ぴこんっ。
壁際のスピーカーが小さく鳴る。
『まもなく設備点検を開始します』
館内アナウンスだった。
ムツゴロウが「あっ」と声を上げる。
「そろそろ戻る時間か~」
トビハゼも立ち上がった。
「点検始まると、ここ通れなくなる」
「そうなんですね」
ニシキアナゴも慌てて立ち上がる。
ムツゴロウは伸びをした。
「よーし!じゃあ戻ろっか~!」
「はい!」
三人は休憩所を後にする。
干潟の上を進むムツゴロウ。
静かについていくトビハゼ。
その後ろを小走りで追いかけるニシキアナゴ。
途中、ニシキアナゴがふと立ち止まった。
「......?」
「どうしたの~?」
「いえ、その......」
ニシキアナゴは少し照れながら笑う。
「また来ても、いいですか?」
その言葉に、ムツゴロウは即答した。
「もちろん~!」
トビハゼも静かに頷く。
「また来ればいい」
ニシキアナゴの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
その笑顔は、とても嬉しそうだった。
干潟エリアには今日も、穏やかな時間が流れている。
第三アクアリス水族館。
そこは、色んな生き物達が出会い、笑い合う場所だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




