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ようこそ、アクアリス水族館へ!  ―深淵を祓う秘密の楽園―  作者: れんP
ニシキアナゴの章

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第68話 干潟の少女と、水辺のエリア



 ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。


 水辺の爬虫類エリア。


 他のエリアよりも少し湿った空気が漂い、小さな滝の流れる音が静かに響いている。


 浅い水場、泥地、岩場、流木。


 まるで本物の湿地帯を切り取ってきたような空間だった。


 壁際の水槽では、小さなカメが岩の上で甲羅干しをしている。


 水面には浮草がゆっくり漂い、天井のライトが水へ反射していた。


 そんな景色を見回しながら、オレンジと白の縞模様の髪をした少女――ニシキアナゴは、困惑したように首を傾げていた。


「…………なぜ、水族館に、爬虫類が……」


 ぽつりと漏れた疑問。


 その直後。


「水辺で暮らしているからですよ~」


 後ろから、のんびりとした声が聞こえた。


「!?……あ、アナタは」


 振り返ると、茶色い雨ガッパを羽織った少女が立っていた。


 フードの隙間から覗く茶色の髪はしっとり濡れている。


 裸足の足元には、水滴がぽたぽたと落ちていた。


「ムツゴロウですよ~」


 にこーっと穏やかに笑う。


「ムツゴロウ『ハゼ目 ハゼ亜目 オクスデルクス科 オクスデルクス亜科 ムツゴロウ属 ムツゴロウ』日本では有明海や、八代海などの一部で観られる。エラ呼吸と皮膚呼吸の両方が出きるため陸上をはいまわったり、跳び跳ねたりして生活する『水陸両生物』。オスが干潟のうえで体全体を使いピョンピョンと大きく跳ね『求愛ジャンプ』を披露します。野生絶滅が心配される。アクアリス化したムツゴロウは茶色い雨ガッパを着た姿で常に髪が濡れているためフードをかぶる」


 ニシキアナゴは慌ててぺこりと頭を下げた。


「あ、ムツゴロウさん!ニシキアナゴです」


「知ってますよ~。チンアナゴ属エリアで、よく挨拶してますよねぇ」


「えっ」


 ニシキアナゴは目を丸くする。


「み、見られてたんですか……?」


「たまたま通った時に見えました~」


 ムツゴロウはふにゃりと笑った。


「毎日頑張ってますよねぇ」


「そ、そんな……!」


 ニシキアナゴは恥ずかしそうに視線を逸らす。


 すると、ムツゴロウは水辺の方へ歩いていった。


 ぴちゃ、ぴちゃ、と裸足が水面を鳴らす。


「ニシキアナゴさん、水辺の爬虫類エリアは初めてですか~?」


「は、はい……!」


「どうです?」


 ニシキアナゴは周囲を見回した。


 湿った空気。


 泥地。


 浅瀬。


 海とも川とも違う、不思議な空間。


「なんだか……落ち着きます」


「ですよねぇ~」


 ムツゴロウは満足そうに頷いた。


「ここ、水が近いですから」


「水が近い……」


「はい~。それに、静かです」


 確かに。


 ここは他のエリアより音が少ない。


 響くのは水音と、小さな機械音だけ。


 ゆっくり時間が流れているようだった。


 ニシキアナゴは水辺へしゃがみ込む。


 水面がゆらりと揺れ、自分の顔が映った。


「ムツゴロウさんは、ここが好きなんですか?」


「好きですよ~」


 即答だった。


「泥もありますし、水もありますし、落ち着きます」


「泥……」


「気持ちいいですよぉ」


「えぇ……?」


 ニシキアナゴは少し困った顔になる。


 その反応に、ムツゴロウはくすくす笑った。


「今度、干潟エリアも見せてあげますねぇ」


「干潟……」


「いっぱい泥がありますよ~」


「そ、それはちょっと……」


 ニシキアナゴは苦笑いを浮かべる。


 ムツゴロウはそんな様子を見ながら、水辺の石へ軽く飛び乗った。


 ぴょん。


 思ったより高く跳ぶ。


「わぁっ!?」


「おっと」


 さらにぴょん、と別の岩へ。


 その動きは軽快で、水辺を跳ねる本物のムツゴロウそのものだった。


「す、すごい……!」


「慣れてるんですよ~」


 ムツゴロウは少し得意げだった。


「ニシキアナゴさんは、砂の中に潜るの得意そうですよねぇ」


「えっ」


「アナゴさんたちって、みんなすごい勢いで隠れるじゃないですかぁ」


「うぅ……」


 ニシキアナゴは少しだけしょんぼりする。


「やっぱり、すぐ隠れるのって変ですか……?」


「変じゃないですよぉ」


 ムツゴロウはゆっくり首を横に振った。


「怖いって思えるの、大事ですから」


「……大事?」


「はい~。危ないってわかるってことです」


 その言葉に、ニシキアナゴは少し驚いた顔をした。


「怖がるのって、悪いことだと思ってました……」


「そんなことないですよ~」


 ムツゴロウは穏やかに笑う。


「怖いから生き残れる子も、たくさんいますから」


 水辺に光が反射する。


 ゆらゆら揺れる水面を見ながら、ニシキアナゴはぽつりと呟いた。


「……そっか」


「はい~」


 しばらく、静かな時間が流れた。


 やがてムツゴロウは、ぽん、と手を叩く。


「そうだ~」


「はい?」


「今度、一緒に干潟掃除しませんかぁ?」


「えぇっ!?」


「楽しいですよぉ~」


「た、楽しいんですか……?」


「泥まみれになりますけど~」


「うぅ……」


 ニシキアナゴは困ったように唸る。


 だが。


「……でも、少し気になります」


 その返事を聞いて、ムツゴロウは嬉しそうに笑った。


「決まりですねぇ~」


「ま、まだ行くとは……!」


「ふふふ~」


 湿った空気の中、二人の声が静かに響く。


 水辺の爬虫類エリア。


 そこには今日も、水と泥と、穏やかな時間が流れていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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