第67話 砂の柱と、まっすぐな挨拶
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
チンアナゴ属ポール水槽エリア。
白い砂が敷き詰められた長い水槽の中で、細い影がいくつも揺れていた。
それぞれが自分の穴から、ゆっくりと上半身だけを伸ばし、水の流れに合わせて身体をくねらせている。
まるで砂から生えた小さな森のようだった。
その前で、オレンジと白の縞模様の髪をした少女――ニシキアナゴは、両手を胸の前で合わせながら、嬉しそうに笑っていた。
「……うん♪今日もみんな元気!」
小さな声。
しかしその声には、確かな安心と喜びが混ざっていた。
水槽の中のチンアナゴたちが、わずかに揺れる。
それがまるで「こんにちは」と返事をしているようにも見えた。
そこへ、背後から穏やかな声がかかる。
「あら、ニシキアナゴちゃん、今日もチンアナゴ属達に挨拶?」
振り向くと、館長が立っていた。
白衣の袖を軽く整えながら、やわらかい笑みを浮かべている。
「うん、はい!」
ニシキアナゴは勢いよく振り向き、ぺこりと頭を下げた。
「館長さん!はい!そうです!!」
少し声が大きすぎたことに気づき、すぐに肩をすぼめる。
「ご、ごめんなさい……」
館長はくすっと笑った。
「ふふっ、ほんとにがんばり屋ね」
その言葉に、ニシキアナゴは一瞬固まる。
「が、がんばり屋……ですか?」
「えぇ。毎日ちゃんと挨拶して、様子も見てあげてるんでしょう?」
「は、はい……でも、その……」
視線を水槽へ向ける。
細い砂の柱たちが、ゆらゆらと揺れている。
「みんなが、ちゃんと元気か気になって……」
「うん」
「ここ、砂の中だから……見えない部分も多いじゃないですか」
ニシキアナゴは少しだけ声を落とした。
「だから……ちゃんと生きてるかなって、確認したくて……」
館長は静かに頷く。
「優しいのね」
「えっ……そ、そうでしょうか……?」
「そうよ」
即答だった。
ニシキアナゴは目をぱちぱちさせる。
その反応に、館長は水槽へ目を向けた。
「でもね、ちゃんとわかってると思うわよ」
「わかってる……?」
「えぇ。ニシキアナゴちゃんが来ると、少しだけ動きが柔らかくなるもの」
「えぇっ!?」
ニシキアナゴは慌てて水槽を見る。
細長いチンアナゴたちが、確かにいつもより少しだけ揺れが大きい気がした。
「そ、そんなこと……」
「あるわよ」
館長は微笑んだまま続ける。
「安心してるのよ」
その言葉に、ニシキアナゴはじっと水槽を見つめた。
砂の中から顔を出す小さな生き物たち。
それぞれが、ただそこに“いる”。
それだけの光景なのに、不思議と胸があたたかくなる。
「……安心」
ぽつりと繰り返す。
「私が……?」
「そう」
館長は軽く頷いた。
ニシキアナゴは自分の指先を見つめる。
その手は細く、少し頼りない。
「私、まだ全然大きくないのに……」
「大きさは関係ないわよ」
「え……?」
「ここではね、“いること”が大事なの」
館長の声は静かだった。
「見守ることも、挨拶することも、生きている証だから」
ニシキアナゴはしばらく黙り込む。
砂の中のチンアナゴたちは、ゆっくりと揺れ続けている。
まるで時間が止まったような穏やかさだった。
「……じゃあ」
やがて、ニシキアナゴは小さく口を開いた。
「私、ちゃんとここにいていいんですね」
館長は優しく笑った。
「もちろん」
その一言で、空気が少しだけ柔らかくなる。
ニシキアナゴは胸の前で手をぎゅっと握った。
「じゃあ……もっと挨拶します!」
「え?」
「みんなが安心できるように!毎日!」
「ふふっ、無理しない程度にね」
「はい!!」
元気な返事が響く。
その声に合わせるように、チンアナゴたちがわずかに揺れた。
まるで、返事をしているかのように。
館長はその光景を見つめながら、小さく息をつく。
「いい場所になってきたわね」
ニシキアナゴはその言葉を聞いて、少しだけ誇らしそうに笑った。
「えへへ……そうだと嬉しいです」
砂の中の小さな世界は、今日も静かに揺れている。
誰かの挨拶と、誰かの安心が、確かにそこにあった。
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次回もお楽しみに




