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ようこそ、アクアリス水族館へ!  ―深淵を祓う秘密の楽園―  作者: れんP
ニシキアナゴの章

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第66話 砂の中から見える景色


 ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。


 柔らかな照明に照らされた通路。


 壁一面に埋め込まれた細長い水槽の中では、細かな砂がゆるやかな水流に揺れている。


 その砂地から、にょきり、と細長い影がいくつも顔を出していた。


 ひょこ、ひょこ、と左右へ揺れる姿はまるで海藻のよう。


 その中で、オレンジと白の縞模様の髪をした少女が、小さな鼻歌を歌いながら掃除道具を運んでいた。


「~~♪」


 軽やかな足取り。


 しかしその歩幅はどこか控えめで、小動物のような慎重さがある。


 そこへ、後ろから声が飛んできた。


「あ、ニシキアナゴちゃん!」


 少女はぴくっ、と肩を跳ねさせた。


「は、はい!?」


 勢いよく振り返った瞬間、持っていた小さなブラシを落としそうになり、慌てて抱え直す。


「あ、ご、ごめんなさい……!」


 白衣姿の飼育員は苦笑した。


「謝らなくていいよ。驚かせちゃったかな?」


「い、いえ……わ、私がびっくりしやすいだけですから……」


 ニシキアナゴはぺこりと頭を下げる。


 オレンジと白の髪がふわりと揺れた。


「ニシキアナゴ『カライワシ上目 ウナギ目 アナゴ亜目 アナゴ科 チンアナゴ亜科 シンジュアナゴ属 ニシキアナゴ』インド洋~太平洋に生息する。ニシキアナゴは最大で40cmにもなる。チンアナゴと間違われることがある。ニシキアナゴは砂の中の縦穴には入り、単体~小さな集団で生活する。大きな魚やダイバーが近いたりしたら砂の中に隠れてしまう。動物プランクトンがご飯、アクアリス化したニシキアナゴは怖がりでがんばり屋、いつか大きくなりたいと夢見ている」


 飼育員はしゃがみ込み、目線を合わせる。


「その掃除道具、運んでくれてたの?」


「は、はい……!お手伝い、です……!」


「助かるなぁ。ありがとう」


「えへへ……」


 褒められると、ニシキアナゴは少し嬉しそうに笑った。


 だが次の瞬間。


 通路の向こうで何かが倒れる音が響いた。


 ガタンッ!


「ひゃぁっ!?」


 ニシキアナゴは反射的にしゃがみ込み、頭を抱えてしまう。


 その姿はまるで砂の中へ潜ろうとする本物のニシキアナゴのようだった。


「あぁ、大丈夫大丈夫。ただ道具が倒れただけだよ」


「ほ、本当ですか……?」


「うん。敵じゃないよ」


「て、敵……」


 ニシキアナゴはおそるおそる顔を上げる。


 その様子に、飼育員は少し笑ってしまった。


「やっぱり怖がりだねぇ」


「うぅ……だ、だって、急な音はびっくりしますし……」


「でもちゃんと逃げないで確認したじゃないか」


「そ、それは……」


 ニシキアナゴは言葉に詰まる。


 細い指でブラシの柄をぎゅっと握った。


「前は、もっと隠れてばっかりだったので……」


「今は違うの?」


「はい……少しだけ」


 通路の水槽では、小さな魚たちが群れを作って泳いでいる。


 青い光がニシキアナゴの瞳に映り込んだ。


「ここ、安心できるんです」


「第三アクアリス水族館?」


「はい。怖いこともありますけど……皆さん優しいですし……館長さんも、飼育員さんたちも……」


 飼育員は静かにうなずいた。


「そっか」


「だから……私も頑張ろうって思えるんです」


 その声は小さい。


 けれど、しっかり前を向いていた。


「そういえばニシキアナゴちゃん、“大きくなりたい”って言ってたよね」


「は、はい!」


「どれくらい大きく?」


「えっ……!?」


 急な質問に、ニシキアナゴは目をぱちぱちさせる。


「え、えっと……その……」


 少し考えてから、小さく両手を広げた。


「こ、これくらい……?」


「それ、今とあんまり変わらないかも」


「えぇっ!?」


 顔を真っ赤にする。


「ち、違います!もっとこう……!大きくて……!」


「うんうん」


「頼れて……かっこよくて……!」


 言いながら、だんだん恥ずかしくなってきたのか、声が小さくなっていく。


「……堂々としてる感じの……」


 飼育員は優しく笑った。


「なれると思うよ」


「……本当ですか?」


「うん。今でも十分頑張ってるし」


 ニシキアナゴはきょとんとする。


「私……頑張れてますか……?」


「もちろん」


 即答だった。


「毎日手伝いしてくれてるし、前よりちゃんと人と話せるようになってるし」


「そ、それは……皆さんが優しいからです……」


「それでも、一歩踏み出したのはニシキアナゴちゃん自身だよ」


 その言葉に、少女はしばらく黙り込む。


 やがて。


「……えへへ」


 照れくさそうに笑った。


 通路の水槽では、小さな魚たちがゆっくり泳いでいる。


 その光景を眺めながら、ニシキアナゴはぽつりと呟いた。


「私、もっと頑張ります」


「うん」


「いつか……皆さんを守れるくらい、大きくなりたいです」


 飼育員は立ち上がり、ぽん、と優しく頭を撫でた。


「じゃあまずは、焦らず少しずつだね」


「は、はい!」


 ニシキアナゴは元気よく返事をした。


 その声は、最初より少しだけ大きくなっていた。


 オープン前の第三アクアリス水族館。


 今日も小さな成長が、静かに生まれていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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