第65話 新しい居場所と、優しい時間
「中央エリア」
巨大な円柱水槽の中を、銀色の魚群がゆっくりと巡っていく。
天井から差し込む青い光が床へ波模様を描き、館内には穏やかな水音が響いていた。
戦闘を終えたばかりだというのに、第三アクアリス水族館は再びいつもの空気を取り戻している。
長寿のサメのアクアリス、ニシオンデンザメは大きく伸びをした。
「いやぁ~久方ぶりに運動したのう、」
黒褐色のおかっぱ髪を揺らすメガマウスザメは、静かにうなずく。
「うん、」
青い髪に白い斑点模様を宿した少女――ジンベエザメは、まだ少し驚いたような表情で周囲を見ていた。
「海にはああいうのがいるのですね」
そこへ、柔らかな足音が近づく。
白衣を羽織った館長だった。
「あら?三人とも、こんにちは、」
ニシオンデンザメが片手を上げる。
「おう!こんにちはなのじゃ」
メガマウスザメも軽く会釈する。
「うん、」
ジンベエザメは少し背筋を伸ばした。
「あ、館長さん。」
館長は優しく微笑む。
「ジンベエザメちゃん、ここにはなれた?」
「はい!とっても素晴らしいところばかりでした」
「そう、よかったわ」
館長はその返事を聞き、安心したように目を細めた。
中央エリアの上部水槽ではエイがゆったりと泳ぎ、その影が四人の上を通り過ぎる。
「ニシオンデンザメちゃんたち、ちゃんと案内してくれたみたいね」
「うむ!ワシに任せれば完璧じゃ!」
「……………………半分くらい雑談だったけど」
「む?そうだったかの?」
メガマウスザメの静かなツッコミに、ニシオンデンザメは豪快に笑う。
ジンベエザメもつられて小さく笑った。
「でも、本当に楽しかったです。クラゲ館も綺麗でしたし、海藻エリアも落ち着きました」
「リーフィーシードラゴンちゃんのところかしら?」
「はい。あたくし、あの場所好きです」
「ふふ、あの子、海藻エリアを気に入ってるものね」
その時。
ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
「おーい!」
元気いっぱいの声。
長い髪をゆるく揺らした少女――ミズクラゲだった。
「みんなこんなところにいたんだ!」
「おぉ、ミズクラゲじゃ」
「こんにちは!」
ジンベエザメが頭を下げる。
ミズクラゲは目を輝かせた。
「わぁ!この子が新しいアクアリス!?きれー!」
ぐいっと距離を縮める。
ジンベエザメは少し驚きながらも微笑んだ。
「ジンベエザメです、よろしくお願いします」
「私はミズクラゲ!よろしくね!」
「ミズクラゲ:「旗口クラゲ目 ミズクラゲ科 ミズクラゲ属 ミズクラゲ」半透明の傘の中央に4つの胃(四つ葉のクローバーに見える)を持つクラゲです。毒性は弱く刺されてもかゆい程度大量発生することもあり別名「ヨツメクラゲ」アクアリスとなったミズクラゲは好奇心旺盛元気活発な少女です。」
「うん、元気」
メガマウスザメがぼそりと言う。
「えへへー!」
ミズクラゲは嬉しそうに笑った。
館長は腕時計を確認する。
「そうだわ、そろそろお昼前ね」
「お昼?」
「えぇ。今日は飼育員さんたちが試作メニューを作ってるの」
「試作メニュー?」
ジンベエザメが首を傾げる。
「オープン後に出す軽食コーナーの練習じゃな」
「なるほど……!」
その言葉にミズクラゲの目がさらに輝いた。
「ねぇねぇ!見に行こうよ!」
「食べたいだけじゃろ」
「ち、違うもん!ちゃんと見学もするもん!」
「両方だと思う」
「メガマウスザメぇ~!」
賑やかなやり取りに、ジンベエザメはふふっと笑みを漏らす。
館長はそんな様子を眺めながら、どこか安心したように息をついた。
「……よかった」
「ん?どうしたのじゃ?」
「ううん。新しい子がちゃんと馴染めそうで安心しただけ」
ジンベエザメは少し照れくさそうに目を伏せた。
「あたくし……来る前は少し不安だったんです」
「不安?」
「はい。新しい場所ですし、皆さんとうまくやれるか……」
ミズクラゲがすぐに笑う。
「大丈夫だよ!」
「え?」
「だってここ、みーんな違うもん!」
クラゲも、サメも、深海魚も、淡水魚も。
それぞれ姿も性格も違う。
けれど。
「でも、みんなアクアリスだから!」
その言葉は真っ直ぐだった。
ニシオンデンザメもうなずく。
「うむ!ここはそういう場所じゃ!」
メガマウスザメも静かに言う。
「困ったら、助ける」
ジンベエザメは目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
「……ありがとうございます」
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ……。
妙に大きな音が響く。
全員の視線が一点へ集まった。
ミズクラゲが顔を真っ赤にしていた。
「……お腹すいた」
数秒の静寂。
次の瞬間。
「あっはっはっはっ!」
ニシオンデンザメが大笑いした。
館長も吹き出す。
ジンベエザメまで肩を揺らして笑っていた。
「もう!笑わないでよ~!」
「うむうむ、元気でよろしい!」
「じゃあ、軽食コーナー見に行く?」
「行くー!!」
ミズクラゲが真っ先に走り出す。
「あ、待つのじゃ!」
「転ばないで」
三人も後を追いかける。
中央エリアには、また賑やかな声が響き始めた。
オープン前の第三アクアリス水族館。
今日も今日とて、平和です。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




