第64話 「群青の渦」
中央エリアには、開館前特有の静かな空気が流れていた。
巨大水槽から漏れる青白い光が床に揺れ、水面の反射が天井へ波のような模様を描いている。
ニシオンデンザメは満足そうに腕を組んだ。
「どうじゃった?」
ジンベエザメは静かに微笑む。
「はい!とても素晴らしいところばかりでした」
その返事に、メガマウスザメも小さく頷いた。
「うん、それはよかった」
だが――その瞬間だった。
空気の奥を、黒い霧のようなものが横切った。
もやり、とした不快な気配。
ジンベエザメの表情が強張る。
「い、今のは……」
ニシオンデンザメの目が鋭く細められる。
「アビスじゃな」
その声には、先ほどまでの穏やかさはなかった。
「最近増えてきておるし……行くぞ!」
メガマウスザメはすでに駆け出していた。
「うん!」
ジンベエザメも慌てて後を追う。
「え!?あ、はい!」
三人は中央水槽へ飛び込み、そのまま月光強化ガラスをすり抜ける。
青い膜のような光が身体を包み、一瞬だけ視界が白く揺れた。
そして水槽管へ。
緊急移動用の水路を、三人は高速で進む。
周囲を流れる水が渦を巻き、月光エネルギーの粒子が淡く漂っていた。
ニシオンデンザメが前方を睨む。
「気配が強いのう……!」
メガマウスザメは短く答える。
「大型、いる」
やがて三人は、大きく開けた空間へ飛び出した。
◆
アビス撃退用大水槽。
暗い水の中に、黒い霧が幾重にも漂っている。
その中心で、異形が蠢いていた。
「アアアアアアア......」
低く濁った鳴き声が水を震わせる。
ジンベエザメは思わず息を呑んだ。
「あ、あれは何……?」
ニシオンデンザメが二本の月光剣を構える。
「アビスじゃ。観るのは初めてか?」
その横でメガマウスザメが周囲を見回す。
「複数……しかも一体大きい。大型?」
ニシオンデンザメは頷いた。
「そのようじゃな。滅多に見かけんレア物じゃ」
そして鋭く叫ぶ。
「気を付けろ!」
メガマウスザメはジンベエザメの前へ立った。
「戦うのが初めてなら、観てて」
ジンベエザメは少し迷ったように目を揺らす。
「は、はい……!」
その瞬間、小型アビスたちが一斉に動いた。
「アアアアアアア!!!」
黒い煙のような触手が四方八方から伸びる。
メガマウスザメは前へ出る。
「ん……任せて」
拳へ月光エネルギーが集束する。
「メガトンブロー……!」
放たれた一撃が水を割った。
轟音と共に衝撃波が広がり、触手を正面から押し返す。
小型アビスたちが悲鳴を上げた。
ニシオンデンザメは笑う。
「雑魚は任せい!」
二本の剣が青白く輝いた。
「長命・乱れ咲き!!」
瞬間。
無数の斬撃が水中へ広がる。
水流ごと切り裂く月光の刃が、小型アビスたちを次々と消滅させていった。
「アアアアアア......!!」
黒い霧が弾け、水の中へ溶けて消える。
メガマウスザメは大型アビスを見据える。
「あとは……」
ニシオンデンザメも構え直した。
「あのデカブツだけじゃな」
大型アビスは巨大な触手を振り上げた。
「アアアアアアア!!!」
水そのものが歪むほどの圧力。
ニシオンデンザメが舌打ちする。
「早速攻撃してきよった!」
メガマウスザメが動こうとした瞬間だった。
激しい水流が横から巻き起こる。
「アクアトルネード!」
巨大な渦潮が大型アビスを包み込んだ。
「アア......アアアアアアア!?!?」
黒い身体が水流に呑まれ、大きく体勢を崩す。
ニシオンデンザメが目を見開いた。
「今のは……!」
メガマウスザメも振り返る。
「……」
そこには、両手を前へ突き出したジンベエザメがいた。
長い青髪が水中で広がり、白い模様が淡く光っている。
ジンベエザメは真っ直ぐ前を見据えていた。
「あたくしだって……頑張れます!」
その声には、確かな決意が宿っていた。
ニシオンデンザメは豪快に笑う。
「はっはっは!よいぞ!」
メガマウスザメも静かに頷く。
「うん、一緒にやろう」
大型アビスは怒ったように咆哮し、巨大な触手を振り回した。
水槽全体が震える。
だが三人はもう下がらない。
ニシオンデンザメが前へ飛び出す。
「行くぞい!」
月光剣が弧を描き、触手を切断する。
メガマウスザメはその隙へ拳を叩き込んだ。
「メガトンブロー!」
重い衝撃が大型アビスを押し込む。
そこへジンベエザメが両手を掲げた。
周囲の水が渦を巻き始める。
「蒼海渦流!」
巨大な水流がアビスを完全に拘束した。
大型アビスは暴れようとするが、動けない。
ニシオンデンザメが叫ぶ。
「今じゃ!」
メガマウスザメが拳を引く。
ジンベエザメが水流をさらに圧縮する。
二人の力が重なった瞬間――
「「行け!!」」
轟音。
月光を纏った巨大な衝撃が大型アビスを貫いた。
「アアアアアアアアアア――――!!!」
断末魔と共に、黒い巨体が崩れていく。
霧となったアビスは、水の中へ静かに消滅した。
静寂が戻る。
揺れていた水流も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ニシオンデンザメは剣を肩へ担ぎ、満足そうに笑った。
「初戦にしては上出来じゃな!」
メガマウスザメも小さく頷く。
「強かった」
ジンベエザメは少し驚いたように自分の手を見る。
その手はまだ、淡い月光を纏っていた。
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