第62話 「群青の迎え手」
第三アクアリス水族館は、開館前の静けさの中にあった。
巨大な水槽群はまだ観客を迎えていないが、その奥では確かに“生きた世界”が動いている。
館長室の扉が開くと、冷たい空気とともに二体の影が入った。
ニシオンデンザメはゆっくりと頭を下げ、メガマウスザメは無言のまま軽く会釈する。
館長は机から顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「来たわね」
ニシオンデンザメは堂々と胸を張るようにうなずいた。
「うむ!呼ばれたからの」
メガマウスザメは淡々と続ける。
「うん、連れてきた」
館長は二人の様子を見て、すぐ本題に入った。
「実はね、新しい子が水族館に来るの」
その言葉に、ニシオンデンザメが目を細める。
「アクアリス?それとも水生生物かの?」
館長は小さく首を振った。
「両方よ」
一瞬、空気が止まる。
メガマウスザメが静かに問い返す。
「両方?」
館長はうなずいた。
「水生生物の子と、アクアリスの子。その二人よ」
ニシオンデンザメは腕を組み、納得したように頷いた。
「なるほどのう……面白い組み合わせじゃ」
館長は続ける。
「アクアリスの方の子、あなたに任せたいの」
その言葉に、ニシオンデンザメの目が少しだけ鋭くなる。
だがすぐに笑った。
「ワシに任せい!世話のひとつやふたつ、完了して見せるのじゃ」
メガマウスザメは相変わらず落ち着いた声で、
「うん」
とだけ返した。
館長は安心したように息を吐く。
「ありがとう。大水槽エリアにいるはずだから」
ニシオンデンザメは勢いよく立ち上がる。
「うむ!了解したのじゃ」
メガマウスザメもそれに続く。
「うん、行こう」
二体は館長室を出て、通路へと歩き出した。
◆
第三アクアリス水族館・通路。
照明はまだ薄く、開館前特有の静けさが広がっている。
ニシオンデンザメは周囲を見回しながら歩いた。
「しかし、新しいアクアリスと水生生物か……楽しみじゃのう」
メガマウスザメはその横を一定の距離で泳ぐように進む。
「うん……」
やがて、遠くに巨大水槽エリアの青い光が見え始めた。
メガマウスザメが視線を向ける。
「見えてきた」
ニシオンデンザメも頷く。
「おぉ……あれかの?」
水槽の前には、すでに人影があった。
青い髪に白い斑点のような模様を持つ少女が、静かに水面を見上げている。
ニシオンデンザメは目を細める。
「どこか神秘的じゃのう」
メガマウスザメは小さく首をかしげる。
「新しい子……?」
そのとき、少女がゆっくりとこちらに振り向いた。
その瞳は深海そのもののように静かで、揺れがない。
少女は静かに口を開いた。
「あなたは?」
ニシオンデンザメが一歩前に出る。
「ワシはニシオンデンザメじゃ」
メガマウスザメも続く。
「メガマウスザメ」
少女は二人を見比べるように視線を動かしたあと、小さく息を吐く。
「……あたくしはジンベエザメです」
「ジンベエザメ「テンジク目 ジンベエザメ科 ジンベエザメ属 ジンベエザメ」 世界中の熱帯、亜熱帯、温帯に生息する温厚でプランクトンが主食の大型のサメです。人を襲うことはなく、ダイバーからも一緒に泳げるサメとして人気です。アクアリス化したジンベエザメは心が広く怒りませんが面倒観たがりで世話好きである」
その名を聞いた瞬間、通路の空気が少しだけ変わった。
ジンベエザメは静かに続ける。
「よろしくお願いいたします」
その声は控えめだが、確かな重みがあった。
ニシオンデンザメは満足そうに笑う。
「ほう……これはまた大物じゃのう」
メガマウスザメは小さく頷く。
「うん、安心した」
ジンベエザメはわずかに視線を落とす。
その表情は感情を隠しているようでいて、どこか迷いも含んでいるようだった。
水槽の青い光が、三人の影をゆっくりと揺らしていた。
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