第60話 深海エリアの静かな案内役
ここは、アクアリス達が暮らしている。オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 深海エリア。
薄暗い青の光が静かに揺れている。
水槽の中では深海魚たちがゆっくりと漂い、天井にはまるで海の底を思わせる波紋の光が映っていた。
ミナミメダカとメガマウスザメ、そしてダイオウグソクムシは、資料箱を運びながら通路を歩いていた。
ダイオウグソクムシは小さな身体で箱を抱え、よろよろと進んでいる。
「うぅ…………………資料って…………………なんでこんなに重いの…………………」
「だ、大丈夫ですか?」
ミナミメダカが心配そうにのぞき込む。
「だいじょぶ……たぶん……」
「たぶんって………………」
するとメガマウスザメが無言で箱を一つ持ち上げた。
「持つ」
「え、いいの………………?」
「うん」
「ありがと………………」
ダイオウグソクムシはほっとしたように息を吐いた。
三人は深海エリアの奥へと進む。
周囲には発光する深海生物の展示が並び、青白い光が床を照らしていた。
ミナミメダカは興味津々で辺りを見回す。
「深海エリアって、本当に不思議ですね」
「うん………………静か」
「なんだか落ち着きます………………………」
「わかる………………」
ダイオウグソクムシも小さく頷いた。
「ここ……寝やすい………………」
「寝やすいんですか!?」
「暗いし……静かだし………………」
「確かに………………」
その時、水槽の奥で何かがぬるりと動いた。
ミナミメダカがびくっと肩を震わせる。
「ひゃっ!?!?」
「………………?」
「い、今なんか動きませんでした!?」
メガマウスザメはそちらを見る。
「あぁ………………リュウグウノツカイの模型」
「模型!?びっくりしたぁ……」
赤く長い身体が照明に照らされ、ゆらゆらと揺れている。
本物のように精巧だった。
ダイオウグソクムシは小さく笑う。
「最初みんな驚く…………………
「だって本物みたいなんですもん!」
「飼育員さんたち………………頑張ったらしい」
「へぇ~…………」
三人はさらに奥へ進む。
そこには大きな円柱水槽があった。
中には無数の小さな発光生物が漂っている。
青。
緑。
淡い白。
まるで星空のようだった。
ミナミメダカは目を輝かせる。
「わぁぁ……綺麗……!」
メガマウスザメは静かに水槽を見上げる。
「深海には、光が少ない……だから、自分で光る生き物が多い」
「自分で光るんですか?」
「うん」
「すごいですね……」
ミナミメダカは水槽に近づいた。
小さな発光がふわふわと漂う。
「まるで空みたい……」
「海なのに、星空みたい……不思議」
ダイオウグソクムシもぼんやりと見上げる。
三人の顔に、淡い青い光が映っていた。
その時だった。
通路の奥から、ぺたぺたと足音が聞こえる。
「うぅ~……迷ったぁ~……」
現れたのは、オレンジ色の髪をした少女だった。
ふわふわした髪。
丸い瞳。
耳のようなヒレがぴこぴこと揺れている。
メンダコだった。
「メンダコ『八腕形目 ヒゲダコ亜目(有触毛亜目) メンダコ科 メンダコ属 メンダコ』
深海性のタコの仲間であるため、詳しい生態は不明である。水深200〜1000mの深海に生息、平たいUFOのような形をした小型のタコで全長約20cm。耳のようなヒレをパタパタ動かしてふわふわと泳ぎ、墨を吐かず、匂いが強い。デリケートで長期飼育が難しく『深海のアイドル』として人気。底生生物などを食べる。深海の高い水圧下で身体を維持する構造で低圧では支えがないためぺったんこになる。オレンジ色の髪をした少女。」
「あ、メンダコさん!」
ミナミメダカが手を振る。
メンダコはぱっと顔を明るくした。
「いたぁ~!メガマウスザメちゃ~ん!」
「どうしたの……?」
「飼育員さんに頼まれてた道具、どこ置けばいいかわかんなくなっちゃった~……」
見ると、メンダコは大きな袋を引きずっていた。
「運ぶの手伝います!」
「ほんとぉ~!?ありがと~!」
ミナミメダカは袋を持ち上げようとして――。
「お、おもっ!?」
ぐらりとよろけた。
メンダコは慌てる。
「だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫です~……!」
そこへメガマウスザメが静かに袋を持ち上げた。
「持つ」
「わぁ……すご~い……」
メンダコが感心したように目を丸くする。
ダイオウグソクムシはぽつりと言った。
「メガマウスザメ……力強い……」
「そうなんですね!」
「うん……意外と」
「意外とってなんですか……」
メガマウスザメは少しだけ困ったように目を細めた。
その姿に、ミナミメダカとメンダコはくすっと笑う。
深海エリアの静かな空気の中、小さな笑い声が優しく響いた。
オープン前の第三アクアリス水族館。
今日もまた、アクアリスたちは穏やかな時間を過ごしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




