第53話 小さな手伝いと、星のような笑顔
ここは、アクアリス達が暮らしている。
オープン前の第三アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館 通路。
開館前の館内は静かだった。
まだお客さんの声はなく、遠くから聞こえるのは水槽の循環音と、飼育員たちの準備をする足音だけ。
そんな通路を、小柄な少女が軽やかに歩いていた。
明るい黄土色の髪がふわりと揺れる。
ヒメタツだった。
小さな身体で大きな本を抱えながら、彼女は上機嫌そうに鼻歌を歌っている。
「ふんふふ~ん♪」
図書エリアで借りた海洋生物図鑑。
タツノオトシゴ類についてだけでなく、深海魚や珊瑚、微生物のことまで載っていて、読んでいるだけで楽しかった。
ヒメタツは本をぎゅっと抱きしめる。
「あとで、オオシャコガイさんにも見せましょう……」
その時だった。
通路の角から、ばさっ、と何かが散らばる音が聞こえた。
紙袋から資料や掃除道具が転がり落ちる。
「あっ……!」
オレンジ髪の少女が慌ててしゃがみ込む。
ヒメタツはすぐに駆け寄った。
「あの子は……どうかされました?」
「あ、荷物、落としちゃって」
床にはタオルやメモ帳、小さなブラシ、貝殻の飾りまで散らばっている。
ヒメタツはすぐに膝をついた。
「拾います」
「え、いいの?」
「もちろんです」
小さな手で、一つずつ丁寧に拾い集める。
オレンジ髪の少女は少し驚いたように目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「ありがとう、あたしカワテブクロ!」
「アカヒトデ目 コブヒトデ科 カワテブクロ属 カワテブクロ」
大きめのヒトデのなかまでインド洋、紅海 グレートバリアリーフなどの49mまでの浅い水中に生息し珊瑚礁などで見られる、5本の大きく短く太い腕で判別できる、5本の腕は男性のアレにしか見えない。アクアリス化したカワテブクロは人懐っこく甘えたがりだががんばり屋でありよく飼育員のお手伝いをしている
ヒメタツはぺこりと頭を下げた。
「わたくしはヒメタツです」
「知ってるよ!有名だもん!」
「そ、そうなのです?」
「うん!古参アクアリスだし、優しいってみんな言ってる!」
そう言われ、ヒメタツは少し照れたように視線を逸らした。
「そんな……」
「でも助かった~……これ、掃除用具なんだけど、急いで運んでたら落としちゃって」
「掃除、ですか?」
「うん!クラゲ館のガラス磨き!」
カワテブクロは元気よく頷く。
「あたし、お手伝い好きなんだ~!」
「素敵ですね」
「えへへ!」
袋に荷物を詰め終えると、カワテブクロは勢いよく立ち上がった。
「よし!行こっか!」
「え?」
「手伝ってくれるんでしょ?」
「わ、わたくしもですか?」
「だってヒメタツ、優しそうだし!」
ヒメタツは少し困ったように笑う。
だが断る理由もなかった。
「……では、少しだけ」
「やったー!」
カワテブクロは嬉しそうにヒメタツの手を引いた。
ふたりは通路を歩いていく。
途中、水槽の前を通るたびに、朝の光が水面に反射して床へ揺れる波紋を作っていた。
「ヒメタツってさ、小さいよね!」
「よ、よく言われます……」
「でもかわいい!」
「かわ……っ」
急な言葉に、ヒメタツのアホ毛がぴこんと跳ねる。
カワテブクロはけらけら笑った。
「なんか反応おもしろい!」
「からかわないでくださいまし……」
「ごめんごめん!」
クラゲ館へ近づくと、青い照明が見えてくる。
薄暗い空間の中、たくさんのクラゲたちがゆったり漂っていた。
「わぁ……」
ヒメタツは思わず足を止める。
「きれい……」
「でしょー?」
カワテブクロは得意げだった。
「ここ好きなんだ~。静かだし、落ち着くし!」
「たしかに……海の中みたいです」
「実際、水槽いっぱいあるしね!」
ふたりは掃除用具を持ってガラス前へ向かった。
カワテブクロは慣れた様子でクロスを手に取る。
「まずはここを拭くんだよ!」
「こ、こうでしょうか?」
ヒメタツも小さな布を持って、一生懸命ガラスを磨き始めた。
きゅっ、きゅっ、と静かな音が響く。
だが。
「むぅ……届きません……」
ヒメタツの身長では、上の方まで手が届かない。
ぴょん、と背伸びしてみるが届かない。
カワテブクロはその様子を見て笑った。
「ふふっ、乗る?」
「え?」
「肩車!」
「か、肩車!?」
「ほら!」
カワテブクロはしゃがみ込む。
ヒメタツは慌てた。
「だ、大丈夫ですの!?」
「平気平気!」
「で、ですが……」
「早く早く!」
押し切られる形で、ヒメタツはおそるおそる肩へ乗った。
「わぁっ……!」
視界が高くなる。
「どう!?高い!?」
「た、高いです……!」
「届く?」
「はい!」
ヒメタツは上のガラスを丁寧に磨き始めた。
クラゲたちが青い光の中を漂っていく。
その幻想的な景色に、ヒメタツは少しだけ見惚れた。
「……綺麗ですね」
「うん!」
「まるで空を飛ぶみたいです」
「クラゲって不思議だよね~」
しばらくして掃除が終わる頃には、ガラスはぴかぴかになっていた。
カワテブクロは満足そうに腕を組む。
「よーし!完璧!」
「お役に立てたならよかったです」
「めちゃくちゃ助かった!」
カワテブクロは笑顔で親指を立てた。
その笑顔は太陽みたいに明るかった。
「また手伝ってよ!」
「はい、時間が合えば」
「やった!」
するとその時、遠くから開館準備のアナウンスが流れ始めた。
開館時間が近い。
館内にも少しずつ活気が戻り始めていた。
カワテブクロは慌てて掃除道具を抱える。
「あっ、次は入口の掃除だった!」
「忙しいですね」
「でも楽しいよ!」
そう言って笑う。
ヒメタツはその姿を見て、小さく微笑んだ。
「……素敵ですわ」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
ふたりは並んで通路を歩き出す。
青いクラゲの光が、その背中を静かに照らしていた。
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次回もお楽しみに




