第50話 「お茶会と、クラゲの会話」
クラゲ館のクラゲ海中トンネル休憩エリアは、相変わらず穏やかな光に包まれていた。揺れる照明は水の屈折を模しているが、巨大な水槽構造の中に作られた観覧・休憩スペースだ。壁面のガラス越しに漂うクラゲたちは、まるで空中を泳ぐ星のように見えていた。
ミズクラゲは丸い傘をふわりと揺らしながら、中央のテーブル代わりの円形ベンチに手をついた。
「ねぇねぇ!お茶会ってさ、こういうのなんだね!ちゃんと集まってる感じ!」
その声に合わせて、周囲のクラゲたちがゆっくりと揺れる。会話というより、空間全体が反応しているようだった。
ハブクラゲは少し距離を取りながらも、落ち着いた様子で浮かんでいる。
「騒がしくすると触手が絡むわよ。ここは狭くないけれど、油断すると事故になるから」
その言葉は注意というより習慣のようだった。危険性を理解しながらも、それを過度に恐れてはいない。
ミズクラゲは笑って手を振る。
「大丈夫大丈夫!ちゃんと気をつけてるもん!」
その横で、コトクラゲは静かに竪琴に指を置いていた。音は鳴らさない。ただ、指先の動きだけで水の流れを整えるような仕草だった。
オーストラリアウンバチクラゲは少し離れた位置から、ゆっくりと周囲を見渡していた。
「こうして集まるのも、悪くありませんわね」
その声は柔らかいが、どこか距離を測るような慎重さも含まれている。
その時、ミズクラゲが思い出したように手を打った。
「あ!そうだそうだ!さっきの海流の話って何?ねぇ、教えて教えて!」
ハブクラゲは一瞬だけ視線を上に向け、天井の光を見つめたあと答えた。
「簡単に言えば、この水族館の水の循環にも関係する流れの話よ。外の海を模した水流があって、それがこのトンネルにも影響している」
その説明にミズクラゲは目を輝かせる。
「へぇー!すごい!じゃあ私たち、海とつながってるみたいなものじゃん!」
「構造的にはそうね。ただし、あくまで人工的な循環だけど」
ハブクラゲの補足は冷静だったが、否定するものではなかった。
コトクラゲはそのやり取りを見ながら、そっと竪琴の弦に触れる。音は出ない。しかし、周囲のクラゲたちの動きがわずかに同期したように揺れる。
ミズクラゲはそれに気づいて笑う。
「今なんか揃った!すごい!」
「気のせいではありませんわ」
オーストラリアウンバチクラゲが静かに言う。
「水の動きが、少しだけ整いましたのよ」
その言葉に、場の空気が一瞬だけ静まる。
クラゲトンネルの中では、言葉よりも水流の方が正確に意思を伝えることがある。誰かが強く動けば乱れ、誰かが静かに整えれば均される。その繰り返しで、この空間は成り立っていた。
ミズクラゲはふわりと浮かびながら言った。
「ねぇ、こういうのずっと続いたらいいのにね。毎日お茶会!」
ハブクラゲは小さく息を吐く。
「毎日は無理よ。準備もあるし、仕事もある」
「えー!現実的!」
ミズクラゲは頬を膨らませるが、それもすぐに笑いに変わる。
その時、コトクラゲがゆっくりと竪琴を一度だけ弾いた。
ほんの短い音。
それは会話ではなく、区切りのような響きだった。
オーストラリアウンバチクラゲが目を細める。
「そろそろ、終わりの時間ですわね」
ミズクラゲは少し残念そうにしながらも、すぐに頷いた。
「えー、でも楽しかった!またやろうね!」
ハブクラゲは静かに触手をまとめる。
「えぇ、また機会があれば」
コトクラゲは何も言わない。ただ、竪琴を胸に抱くようにして、ゆっくりと水の中に漂った。
クラゲトンネルの光は、最初よりも少しだけ穏やかになっていた。水の流れは変わらないのに、そこにいる者たちの意識だけが、ほんの少しだけ整っている。
お茶会は終わる。しかし、この場所に残った静けさだけは、しばらく消えそうになかった。
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