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ようこそ、アクアリス水族館へ!  ―深淵を祓う秘密の楽園―  作者: れんP
オーストラリアウンバチクラゲの章

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第49話 クラゲトンネルのお茶会



 ここは、アクアリス達が暮らしている。

 アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。


 休憩室の外、通路。


 水槽から漏れる淡い青い光が、廊下全体をゆっくりと揺らしていた。まるで海の中を歩いているような錯覚を起こすその場所は、クラゲたちにとって特別な待ち合わせ場所でもある。


 その中心に立っていたのは、長い髪をゆるく揺らし、水のように透き通る瞳をした少女だった。


「おーい!オーストラリアウンバチクラゲ~!」


 声はよく通るが、どこか楽しげで、廊下の静けさを壊すというより、むしろ溶かすようだった。


 少し離れた場所で足を止めていたオーストラリアウンバチクラゲは、ゆっくりと視線を向ける。


「そんなに騒がなくても、聞こえていますよ、ミズクラゲ」


 その声は落ち着いていて、まるで水面の底から響くような静かな響きを持っていた。


「あ!いた!」


 ミズクラゲはぱっと顔を輝かせると、小走りで近づいてくる。


「ミズクラゲ:「旗口クラゲ目 ミズクラゲ科 ミズクラゲ属 ミズクラゲ」半透明の傘の中央に4つの胃(四つ葉のクローバーに見える)を持つクラゲです。毒性は弱く刺されてもかゆい程度大量発生することもあり別名「ヨツメクラゲ」アクアリスとなったミズクラゲは好奇心旺盛元気活発な少女です。」


 その説明通り、彼女は落ち着きというよりも、常に動いている水流のような存在だった。


「もう~ハブクラゲさんも、みんなも、まってるよ」


 ミズクラゲは廊下の奥を指さす。


 そこには、クラゲトンネルへ続くアーチ状の入口があった。透明な水槽が頭上を覆い、無数のクラゲたちがふわふわと漂っている。その光景はまるで星空が水の中に落ちてきたようだった。


 オーストラリアウンバチクラゲはそちらを一瞥すると、わずかに目を細める。


「えぇ、ごめんなさいね、今行くわ」


 その言葉は穏やかで、どこか優しさを含んでいた。


「うん!」


 ミズクラゲは満足そうに笑うと、くるりと踵を返す。


 だが歩き出す前に、ふと振り返る。


「ねぇねぇ、今日のお茶会さ、絶対楽しいよ!」


「そうでしょうね」


 オーストラリアウンバチクラゲは静かに返す。


 クラゲトンネルの中では、すでに他のアクアリス達が集まり始めていた。ふわふわと漂う者、壁際で静かに揺れる者、光を反射して淡く輝く者。それぞれがそれぞれのリズムで存在しているのに、不思議と調和している。


 トンネルの中央には、小さな円形のテーブルが設置されていた。水槽越しに光が差し込み、テーブルの上に波紋の模様を作っている。


 その光景を見て、ミズクラゲは嬉しそうに両手を広げた。


「ここでお茶するの、最高だよね!」


「落ち着きますわね」


 オーストラリアウンバチクラゲが小さく答える。


 彼女の長い髪が、ゆっくりと水流に揺れるように動いた。


 クラゲトンネルは、ただの展示ではない。アクアリス達にとっては、日常の中で最も静かで、最も安心できる場所の一つだった。


 光、揺らぎ、音のない会話。


 それらがゆっくりと溶け合う空間。


「ねぇ、ハブクラゲさんは何飲むの?」


 ミズクラゲが聞くと、オーストラリアウンバチクラゲは少し考えるように視線を上げる。


「そうですわね……落ち着いた香りのものがいいですわ」


「じゃあハーブティーだね!」


「ふふ、そうかもしれませんわね」


 そのやりとりの間にも、他のクラゲたちがふわりふわりと周囲を漂っている。光を受けて透ける身体は、まるで意思を持たない星屑のようだった。


 ミズクラゲはくるりと一回転してから、再びオーストラリアウンバチクラゲの前に立つ。


「ねぇ、こういう時間ってさ、すごく好きなんだ」


「えぇ」


「なんかさ、みんな違うのに、一緒にいるのが変じゃないっていうか」


 その言葉に、オーストラリアウンバチクラゲは静かに目を細める。


「ここは、そういう場所ですもの」


 ミズクラゲは嬉しそうに頷いた。


 クラゲトンネルの奥から、別のアクアリスの声が聞こえてくる。


「お茶、準備できてますよ~」


 その声に反応して、ミズクラゲはぱっと振り返る。


「あっ、呼ばれてる!」


 そしてオーストラリアウンバチクラゲの袖を軽く引いた。


「早く行こ!」


 オーストラリアウンバチクラゲは一瞬だけ目を瞬かせると、静かに微笑む。


「えぇ、ご一緒しますわ」


 そして二人は、ゆっくりとクラゲトンネルの中へと歩き出した。


 光が揺れる。


 水が揺れる。


 そして、時間までもがゆっくりと溶けていくような場所へ。


第三アクアリス水族館 クラゲ館 クラゲトンネルの休憩エリア


そこは昼と夜の境界が曖昧になる場所だった。水槽の中を漂う光が壁面に揺れ、透明な影がゆっくりと通り過ぎていく。外の世界の音はほとんど届かず、ここでは水の呼吸だけが時間を刻んでいた。


ミズクラゲは嬉しそうに手を振りながら、先頭に立っていた。


「よ~し!お茶会!始めよう!」


その声に合わせるように、トンネル全体のクラゲたちがふわりと揺れる。まるで返事をしているかのようだった。


少し遅れて入ってきたハブクラゲは、周囲を一瞥してから静かに口を開く。


「来たわね~」


その声にはいつもの鋭さよりも、どこか柔らかい響きがあった。触手はゆっくりと水流に漂いながら、誰にも触れないように制御されている。


ハブクラゲ

「ネッタイアンドンクラゲ目 ネッタイアンドンクラゲ科 ハブクラゲ属 ハブクラゲ」

5月〜10月にかけて発生する熱帯性の立方クラゲ。立方型の傘と傘の四隅から7〜8本ずつ伸びる触手が特徴で1.5mに達する触手を持つ猛毒のクラゲ、沖縄や奄美大島周辺に生息、毒蛇のハブに由来するほどの猛毒を持つ。


その説明を思い出すように、誰かが一瞬だけ水流を強く揺らした。


「遅い」


冷たい声が水を切るように響く。


そこに立っていたのは、兎耳のような突起を持つ少女だった。背中には竪琴のような装飾が揺れている。光を受けるたび、金属とも貝殻とも違う独特の反射を見せた。


オーストラリアウンバチクラゲは軽く目を伏せる。


「ごめんなさいね、話し込んでしまって」


その言葉にミズクラゲがすぐ反応した。


「あ!コトクラゲ!もう来てたの?」


コトクラゲは小さく頷く。言葉は少ないが、その存在だけで空気が整うような静けさがあった。


コトクラゲ

「クシヒラムシ目 コトクラゲ科 コトクラゲ属 コトクラゲ」

コトクラゲは1941年に相模湾で発見され、京都大学の研究者により、竪琴のような兎耳のような見た目から新種としてコトクラゲと命名された。アクアリスのコトクラゲはおとなしく、一人でいるときは竪琴で演奏しているが、恥ずかしいのか誰にも見せたがらない。


ミズクラゲはその説明を聞いて、目を輝かせた。


「ねぇねぇ、今日のお茶会って何するの?お菓子ある?お話するだけでも楽しいけど!」


軽い水泡がいくつも浮かび上がり、天井へ消えていく。


ハブクラゲはゆっくりと触手をまとめながら答えた。


「お茶会と言っても、ただ集まるだけじゃないわ。今日は少しだけ、海流の話をする予定よ」


その言葉に、ミズクラゲは首をかしげる。


「海流?あの流れのやつ?」


「えぇ。ここにいる私たちにとっても、外の世界と繋がる大事なものだから」


その時、コトクラゲがそっと竪琴に指を触れた。音は出ない。ただ、水の中に細い波紋だけが広がる。まるで“始まり”の合図のように。


オーストラリアウンバチクラゲはその波紋を見つめながら、静かに言った。


「ですね」


その一言で、空気が完全に整う。


ミズクラゲは笑いながら、ぐるりと周囲を見渡した。


「じゃあ、お茶会スタート!みんな、ちゃんと聞いてね!」


クラゲトンネルの光が、ほんの少しだけ強く瞬いた。水の中で交わされる会話は、外の世界とは違う速度で進んでいく。


ゆっくりと、しかし確かに、この場所だけの時間が流れ始めていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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