第48話 静かな毒と優しい居場所
ここは、アクアリス達が暮らしている。
アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
翌日、休憩室。
朝の柔らかな光が窓から差し込み、室内を穏やかに照らしていた。
テーブルには温かい飲み物。
静かな空気。
そこにいるのは二人だけだった。
長い淡金色の髪を揺らしながら、オーストラリアウンバチクラゲは静かに紅茶を口へ運ぶ。
「ふぅ、」
オーストラリアウンバチクラゲ『ネッタイアンドンクラゲ目 ネッタイアンドンクラゲ科 ハブクラゲ属 オーストラリアウンバチクラゲ』インド洋南部からオーストラリア西方近海に生息し、ほとんどのクラゲが漂うだけなのにたいしオーストラリアウンバチクラゲは1.5メートルで泳ぐ上に触手が長い、抗体はあるが病院につく前に死んでしまう、一番危険なクラゲである、アクアリスのオーストラリアウンバチクラゲは、仲間思いであり皆から慕われている。
館長はそんな姿を見ながら、小さく笑った。
「昨日はありがとね」
「いえ、わたくしは当然のことをしたまでですわ」
「そう?、なら、そういうことにしとくわ」
館長は椅子へ深く腰掛ける。
「でも、正直助かったわ。あの場にあなたがいてくれなかったら、どうなってたかわからないもの」
「皆さん、怯えていましたものね」
「えぇ……特に五二ちゃん」
オーストラリアウンバチクラゲは静かに目を伏せた。
「あの子は優しすぎますわ」
「うん」
「だからこそ、傷つきやすい」
館長は苦笑する。
「この水族館、優しい子ばっかりなのよね」
「それは、とても素敵なことですわ」
「でも、危なっかしいの」
館長は窓の外を見る。
遠くでアクアリス達が歩いている姿が見えた。
「誰かが傷つきそうになると、自分のことみたいに怒るし、泣くし、無茶するし」
「ふふっ」
「笑った?」
「えぇ、少し」
オーストラリアウンバチクラゲは口元を隠しながら微笑む。
「館長も同じですもの」
「え?」
「昨日、真っ先に五二さんの前へ立とうとしていたでしょう?」
「そ、それは館長だもの!」
「わたくし達から見れば、十分無茶でしたわ」
館長は言葉に詰まる。
「うっ……」
「ですが、嫌いではありません」
「それ、褒めてる?」
「もちろんですわ」
柔らかな笑み。
しかし、その瞳にはどこか深い静けさがあった。
館長はふと尋ねる。
「ねぇ、オーストラリアウンバチクラゲちゃん」
「なんでしょう?」
「あなた、昔からそんなに強かったの?」
少しだけ。
沈黙が落ちた。
窓の外で、水の流れる音だけが聞こえる。
「……強くなど、ありませんわ」
「そう?」
「えぇ」
彼女はカップを見つめる。
「皆さんは、わたくしを危険生物として見ます」
静かな声だった。
「恐ろしい毒、触れてはいけない存在、近づけば死ぬ生き物」
「……」
「実際、その通りですもの」
館長は黙って聞いていた。
「昔は、それが嫌でしたわ」
彼女は小さく笑う。
「仲良くしたくても、近づけば怖がられる。触れれば傷つけるかもしれない。だから、距離を置くしかありませんでした」
「……うん」
「でも、この水族館に来て変わりましたの」
館長が目を瞬かせる。
「変わった?」
「えぇ」
オーストラリアウンバチクラゲは穏やかな表情で続ける。
「皆さん、最初こそ驚いていましたけれど、ちゃんとわたくしを見てくださいました」
「だって、あなた優しいもの」
「ふふ、ありがとうございます」
「ミズクラゲちゃんなんて初日から抱きつこうとしてたし」
「本当に危なかったですわ……」
思い出したのか、珍しく困ったように眉を下げる。
「『わ〜!ふわふわだ〜!』と言いながら飛び込んできましたもの」
館長は吹き出した。
「あの子らしいわねぇ」
「慌てて触手を避けましたわ。あと少しズレていたら大変でした」
「でも、それでも怒らなかったじゃない」
「……怒れませんわ」
「どうして?」
「嬉しかったからです」
館長は少し驚いたように目を見開く。
「怖がらず、普通に接してくれたことが」
休憩室に静かな空気が流れる。
やがて館長は優しく微笑んだ。
「なら、ここはあなたに合ってたのね」
「はい」
オーストラリアウンバチクラゲは迷いなく頷く。
「この場所は、とても暖かい」
その言葉には実感がこもっていた。
「だからこそ、守りたくなりますの」
「皆を?」
「えぇ」
静かな声。
けれど確かな意思。
「ここは、わたくしの大切な居場所ですから」
館長はその言葉を聞いて、どこか安心したように息を吐いた。
「そっか」
「はい」
「……ありがと」
「ふふっ、どういたしまして」
その時。
休憩室の外から、遠く賑やかな声が聞こえてきた。
「オーストラリアウンバチクラゲちゃ〜ん!」
「どこ〜!?」
「お茶会するって言ったよね〜!?」
ミズクラゲ達の声だった。
館長は苦笑する。
「もう見つかったわね」
「早かったですわ……」
オーストラリアウンバチクラゲは立ち上がる。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
「行ってらっしゃい」
「えぇ、行ってまいりますわ」
彼女は優雅に一礼すると、休憩室の扉へ向かう。
そして扉を開ける直前。
ふと立ち止まり、振り返った。
「館長」
「ん?」
「昨日のことですが」
「えぇ」
「もしまた同じようなことがあれば、今度もわたくしが皆さんを守りますわ」
館長は柔らかく笑った。
「頼もしいわね」
「当然ですもの」
そう言って。
オーストラリアウンバチクラゲは、賑やかな声のする廊下へと歩いていった。
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