第47話 深海よりなお静かな怒り
ここは、アクアリス達が暮らしている。
アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
第三アクアリス水族館、外。
夜の海風が、建物の壁を静かに撫でていた。
営業時間を終えた館内は明かりこそ灯っているものの、人の気配は少なく、どこか静寂に包まれている。
そんな中。
黒いコートを羽織った男が、水族館を見上げていた。
「ここですか……」
細い目を歪め、男は不気味に笑う。
「行きますよ」
その背後には、異様なほど体格の大きい男が立っていた。
無言。
まるで岩壁のような身体。
そして二人は、職員用入口から館内へと消えていった。
◇
第三アクアリス水族館、中央広場。
交流会のため、多くのアクアリス達が集まっていた。
メンダコがふよふよと漂うように歩き、ミズクラゲは五二の周囲をくるくる回っている。
ヒメタツは小さく微笑みながら、五二へ話しかけていた。
「大丈夫ですよ、皆さん優しい方ばかりです」
五二は小さく頷く。
そしてイラストカードを見せる。
『がんばる』
その文字に、周囲から柔らかな笑みが漏れた。
「かわいい〜!」
オトヒメエビが目を輝かせる。
センジュナマコも、のんびり頷いた。
「ふわふわしていて、癒されます……」
その時だった。
広場入口の自動扉が開く。
館長が振り返る。
「誰?この時間にはお客さんはいないはずだけど?」
入ってきたのは、白衣姿の男だった。
眼鏡をかけ、にこやかな笑みを浮かべている。
「いえいえ、私はただの研究者ですよ」
「研究者?」
「えぇ」
男はゆっくりと、五二を見る。
その視線に。
ハダカカメガイがわずかに眉をひそめた。
「そこのクジラを解剖し!論文を作る!そのためにね!!!」
一瞬。
空気が凍った。
五二の身体がびくりと震える。
ミズクラゲが五二の前へ飛び出した。
「な、なに言ってるの!?」
研究者は狂気じみた笑みを浮かべる。
「52Hzのクジラ!唯一無二の存在!研究価値は計り知れない!」
「ふざけんな」
低い声。
モンハナシャコだった。
「おいおい、これだけのアクアリスと、戦う気か?」
「ん、無駄」
オオシャコガイも静かに前へ出る。
研究者は笑みを崩さない。
「えぇ、えぇ、、わかっていますよ」
男は指を鳴らした。
「ですから!遠い国からエージェントを雇ったんです!!」
直後。
入口の壁を覆うほどの巨体が現れる。
ガタイのいい男だった。
筋肉の塊のような身体。
アクアリス達の中には、思わず後ずさる者もいた。
館長が唇を噛む。
「………この時間帯はデンキウナギちゃんは監視カメラ室、そこからアクアリスの足で走っても、追い付かない、どうすれば…」
五二は不安そうにカードを抱きしめる。
ガタイのいい男は拳を鳴らした。
「フッ、雑魚が、かかってこい」
その威圧感に。
メンダコがヒメタツの後ろへ隠れる。
ダイオウグソクムシも警戒するように身構えた。
しかし。
その時。
鈴のように美しい声が響いた。
「でしたら、わたくしが、お相手いたしますわ」
全員が振り返る。
そこには。
ゆったりと歩いてくる、一人の少女。
長い淡金色の髪。
透き通るような白い肌。
そしてドレスのように広がる半透明の衣装。
館長が目を見開く。
「!?......あなたは!」
研究者が叫ぶ。
「ははは!!!やってしまえ!」
ガタイのいいエージェントが前へ出る。
「いいぜぇ!......!?」
だが。
次の瞬間。
男の顔色が変わった。
少女は優雅に微笑む。
「あら?、来ないんですの?」
「む、無理だ......」
男は一歩後ずさる。
「あいつだけは敵に回しては行けない、祖国の教え!」
「な、なんだ、」
研究者が困惑する。
館長は少女を見つめ、静かに呟いた。
「たしか、あのアクアリスは......」
エージェントは震え声で叫んだ。
「キロネックス・フレッケリ!オーストラリアウンバチクラゲ!世界最強の泳ぐクラゲ!!」
少女はくすりと笑った。
「ふふ、」
「オーストラリアウンバチクラゲ『ネッタイアンドンクラゲ目 ネッタイアンドンクラゲ科 ハブクラゲ属 オーストラリアウンバチクラゲ』インド洋南部からオーストラリア西方近海に生息し、ほとんどのクラゲが漂うだけなのにたいしオーストラリアウンバチクラゲは1.5メートルで泳ぐ上に触手が長い、抗体はあるが病院につく前に死んでしまう、一番危険なクラゲである、アクアリスのオーストラリアウンバチクラゲは、仲間思いであり皆から慕われている」
研究者の顔から笑みが消えた。
「オーストラリアウンバチクラゲ!だと!!」
オーストラリアウンバチクラゲは、静かに前へ出る。
だが、その笑顔とは裏腹に。
空気が重い。
圧倒的な威圧感。
まるで海そのものが怒っているようだった。
「あなた、五二さんを傷つけようとしましたの?」
「ひ、ひぃ……」
研究者が後退る。
「仲間を傷つける方は、嫌いですわ」
ふわり。
長い袖が揺れた瞬間。
床へ透明な液体が滴る。
エージェントは顔面蒼白になった。
「や、やめろ……!それだけは!!」
「安心してくださいませ」
少女はにっこり微笑む。
「まだ、刺していませんもの」
「ひぃぃぃぃっ!?」
研究者が転ぶ。
その時だった。
外から赤色灯の光が差し込む。
「警察です!!動かないでください!!」
複数の警察官が広場へ駆け込んできた。
研究者は青ざめる。
「なっ……!」
館長がほっと息を吐いた。
「間に合った……!」
どうやらスタッフが通報していたらしい。
エージェントは抵抗する気力すら失い、両手を上げた。
「お、俺はもう帰りたい……」
「確保します!」
警察官達が二人を取り押さえる。
研究者はなおも叫んでいた。
「貴重な研究対象なんだぞ!!私は間違ってない!!」
しかしその声は、次第に遠ざかっていった。
静けさが戻る。
そして。
「た、助かったぁ〜……」
ミズクラゲがその場へへたり込んだ。
メンダコも胸を撫で下ろす。
「こわかった〜……」
オトヒメエビは五二を抱きしめた。
「もう大丈夫だからね〜」
五二は小さく震えながら、カードを取り出す。
『ありがとう』
その文字に。
アクアリス達は一斉に笑顔になった。
オーストラリアウンバチクラゲは、そっと五二の頭を撫でる。
「よく頑張りましたわ」
五二は少しだけ照れたように俯く。
館長は、そんな皆を見回して微笑んだ。
「やっぱり、この水族館のアクアリス達は最高ね」
中央広場には。
再び、優しい空気が戻っていた。
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次回もお楽しみに




