第43話 響く歌声
ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
クリオネポール水槽エリア。
冷たい空気の中、ハダカカメガイとミズクラゲは並んで歩いていた。
水槽の青白い光が通路を照らし、床へゆらゆらと波紋のような影を落としている。
ミズクラゲは両手を後ろに組みながら、ふわふわとした足取りで歩いていた。
「交流会かぁ〜……楽しみだねぇ。」
「そうですね。」
「どんな子来るんだろ?」
「館内の子達、かなり集まるのではないでしょうか。」
「うわぁ〜、賑やかになりそう!」
ミズクラゲはくるりと回る。
その勢いで少しよろけた。
「わっ。」
「危ないですよ。」
「えへへ〜。」
ハダカカメガイは慣れた様子で支える。
「あなたは本当に転びますね。」
「床がつるつるなんだもん!」
「多分違います。」
そんな穏やかなやり取りをしていた、その時だった。
ふわり。
どこからか、不思議な音が聞こえてきた。
透き通るような。
水の中へ溶けるような。
優しく響く声。
「~~~♪~♪~~♪」
ミズクラゲがぴたりと立ち止まる。
「ん?何の音だろう」
ハダカカメガイも耳を澄ませた。
「音というよりは歌声のように聞こえますが、うまく聞き取れませんね」
「何なんだろうね、この先は館長と一部の飼育員さんしか入れないし」
「……ですね」
その歌声は館内に響く。
まるで見つけてほしいように。
ミズクラゲはきょろきょろと辺りを見回した。
「どこから聞こえるんだろ?」
「奥の通路……でしょうか。」
ハダカカメガイは閉鎖区域へ続く白い扉を見つめる。
普段はほとんど開かない場所。
館長や限られたスタッフしか立ち入らない区域だった。
ミズクラゲはそわそわし始めた。
「気になる〜……。」
「ですが、勝手に入ってはいけません。」
「わかってるよ〜?」
そう言いつつも、足は少しずつ扉の方へ向いている。
ハダカカメガイは小さくため息をついた。
「……近づくだけですよ。」
「やった!」
ふたりは静かに通路を進んでいく。
歌声は時折強く、時折弱く響いていた。
まるで波のように。
冷たい通路に、その旋律だけが柔らかく広がっていく。
ミズクラゲは胸元を押さえる。
「なんだろ……変な感じ。」
「変な感じ?」
「うん。なんか……落ち着くっていうか……眠くなるっていうか……。」
ハダカカメガイも静かに頷いた。
「確かに、不思議な声です。」
扉の近くまで来ると、歌声はより鮮明になった。
「~~~♪~~~~♪」
透き通った声。
それでいてどこか寂しげな響き。
ミズクラゲは思わず呟く。
「綺麗……。」
その瞬間。
カツン。
通路の奥から靴音が響いた。
ふたりはびくりと肩を震わせる。
「あ。」
「……。」
現れたのは館長だった。
「あら?」
優しい笑みを浮かべながらこちらを見る。
「ふたりとも、こんなところでどうしたの?」
ミズクラゲは慌てて両手を振った。
「ち、違うの!勝手に入ろうとしたわけじゃなくて!」
「歌が聞こえたので、少し気になってしまって。」
ハダカカメガイが落ち着いて説明する。
館長は少しだけ驚いた顔をした。
「歌声……聞こえたのね。」
「館長さん、あれ何〜?」
ミズクラゲは目を輝かせる。
館長は少し考え込むように視線を伏せた。
「うーん……まだ秘密、かしら。」
「えぇ〜!?」
「ですが、そのうちみんなにも紹介する予定よ。」
「ほんと!?」
「えぇ。」
ミズクラゲはぱっと表情を明るくした。
「やったぁ!」
館長はくすっと笑う。
「でも、もう少しだけ待っていてね。」
「はーい!」
ハダカカメガイは静かに尋ねた。
「……あの歌声の主は、アクアリスなのですか?」
館長は少しだけ目を細める。
「そうね。とっても優しい子よ。」
「優しい子……。」
その時だった。
再び歌声が響いた。
「~~~♪~~♪」
今度は少し近い。
まるでこちらへ語りかけるように。
ミズクラゲは目を丸くした。
「わぁ……。」
館長はその声を聞きながら、柔らかく微笑んだ。
「ふふっ、元気そうでよかった。」
「館長さん、知ってるんだ。」
「もちろん。」
だが、それ以上は教えてくれない。
ミズクラゲはむぅ〜っと頬を膨らませた。
「気になる〜……。」
「もう少し我慢してくださいね。」
「はーい……。」
少ししょんぼりするミズクラゲ。
ハダカカメガイはそんな彼女を見て、小さく笑った。
「そのうち会えるなら、楽しみに待ちましょう。」
「……うん!」
再び響く歌声。
冷たい通路に優しく広がるその旋律は、どこか海の深くを思わせた。
まだ知らない誰か。
まだ会ったことのない新しい存在。
その気配だけが、静かに水族館へ溶け込んでいた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




