第42話 ゆらゆら流れる時間
ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
クリオネポール水槽エリア。
白く淡い照明が、冷たい空気の中を静かに照らしている。
巨大な円柱水槽の中では、小さなハダカカメガイ達が翼足を羽ばたかせながら、ゆっくりと漂っていた。
その光景を眺めながら、ミズクラゲはベンチの背もたれへだらんと身体を預ける。
「はぁ〜……なんかここにいると眠くなる〜……………」
「落ち着く場所ですからね。」
ハダカカメガイは静かに答えながら、水槽の温度表示を確認していた。
ミズクラゲはぼんやりと水槽を見上げる。
「ふわふわ〜……ゆらゆら〜……」
「まるで溶けそうな声ですね。」
「クラゲだからね〜。」
「そういう問題でしょうか。」
小さく笑みを浮かべる。
ミズクラゲはその笑顔を見て、ぱっと身体を起こした。
「今笑った!」
「……笑いましたよ?」
「珍しい!」
「いつも笑っています。」
「むぅ〜、なんか違う〜。」
ミズクラゲはじーっと顔を覗き込む。
ハダカカメガイは少しだけ視線を逸らした。
「そんなに見られると困ります。」
「えへへ〜。」
その時だった。
ぐぅぅ〜……。
静かなエリアに、小さなお腹の音が響く。
ミズクラゲがぴたりと固まった。
「……。」
「……。」
「……聞こえた?」
「はい。」
「わ〜〜〜っ!!忘れて!今のなし!!」
ミズクラゲは顔を真っ赤にして頭を抱える。
ハダカカメガイはきょとんとしていたが、やがて小さく吹き出した。
「ふふっ。」
「笑ったぁ!?」
「すみません、あまりにも自然だったので。」
「うぅ〜……。」
ミズクラゲはベンチに突っ伏した。
「お腹空いた〜……。」
「そろそろ休憩時間ですし、何か食べますか?」
「食べる!!」
勢いよく起き上がる。
「元気ですね。」
「ご飯の力はすごいのです!」
「なるほど。」
ハダカカメガイは近くの小型冷蔵庫を開けた。
中にはアクアリス用のボールがいくつも並んでいる。
「魚類ボール、プランクトンボール……。」
「クラゲ用ある!?」
「ありますよ。」
「やったぁ〜!」
ミズクラゲは嬉しそうに飛び跳ねた。
ハダカカメガイは透明感のある淡青色のボールを取り出す。
「はい。」
「ありがと〜!」
ミズクラゲは受け取ると、ぱくっと頬張った。
「おいし〜……。」
「よかったですね。」
「クリオネちゃんは食べないの?」
「私は後でいただきます。」
「またそうやって後回しにする〜。」
「別に急ぎませんので。」
「だめだよ〜?ちゃんと食べないと。」
ミズクラゲはぷくっと頬を膨らませた。
ハダカカメガイは少しだけ困ったように笑う。
「では、少しだけ。」
そう言って、自分用の小さなボールを手に取った。
「うんうん!」
ミズクラゲは満足そうに頷く。
しばらくふたりで並んで食べていると、遠くの通路から足音が聞こえてきた。
ぱたぱたぱた。
飼育員が書類を抱えながら歩いてくる。
「あれ、ふたりとも休憩中?」
「休憩中で〜す!」
「えぇ。」
飼育員は少し安心したように笑った。
「よかった。ハダカカメガイちゃん、また働きすぎてない?」
「……そんなことは。」
「あります。」
ミズクラゲが即答する。
「この前もずっとお世話してた!」
「それは必要なことでしたので。」
「でも倒れたら意味ないよ〜?」
ミズクラゲは真剣な顔をして言った。
ハダカカメガイは少し驚いたように目を瞬かせる。
飼育員も頷いた。
「ミズクラゲちゃんの言う通り。ちゃんと休まないと。」
「……はい。」
「よろしい。」
飼育員は満足そうに笑う。
「そうだ、今度館長がみんな集めて小さな交流会やるらしいよ。」
「交流会?」
「うん。オープン前だし、アクアリス同士でもっと仲良くなろうって。」
ミズクラゲは目を輝かせた。
「楽しそう!」
「色々な子が来るのでしょうか。」
「その予定みたい。」
ハダカカメガイは少し考え込む。
「……賑やかそうですね。」
「えぇ〜!絶対楽しいよ!」
「あなたは賑やかな場所が好きですからね。」
「クリオネちゃんも一緒に行こうね!」
「……そうですね。」
静かに頷く。
ミズクラゲは嬉しそうに笑った。
「やったぁ!」
その瞬間。
ぐにっ。
「あ。」
ベンチから立ち上がろうとしたミズクラゲの足が絡まり、そのまま前につんのめる。
「きゃっ!?」
ハダカカメガイは素早く手を伸ばした。
ぽすっ。
「……またですか。」
「えへへ……。」
しっかり受け止められたミズクラゲは照れ笑いを浮かべる。
飼育員は苦笑した。
「本当に仲いいねぇ。」
「うん!」
「……否定はしません。」
クリオネポールの冷たい光の中。
ふたりの穏やかな時間は、ゆっくりと流れていく。
漂うハダカカメガイ達のように。
静かで、柔らかく。
今日もまた、水族館には優しい時間が満ちていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




