第41話 天使たちの寄り道
ここは、アクアリス達が暮らしている。アクアリス水族館、今日も今日とて平和です。
クリオネポール水槽エリア。
淡い青白い光が水槽の中をゆっくりと巡っている。円柱状の巨大な水槽の中では、小さなハダカカメガイ達が翼足を羽ばたかせながら、雪のように漂っていた。
その光景を見上げながら、ミズクラゲは目を輝かせている。
「ねぇねぇ!やっぱり何回見てもすごいよねぇ〜!」
隣に立つハダカカメガイは、静かに頷いた。
「えぇ、とても綺麗です。」
ミズクラゲは水槽へ顔を近づける。
「ふわふわしてる〜……いいなぁ〜……」
「ミズクラゲも、十分ふわふわだと思いますよ。」
「えへへ〜、そうかな?」
ミズクラゲは嬉しそうに笑い、そのままくるりと回転した。長い髪が水の流れのように揺れる。
ハダカカメガイはそんな彼女を見つめ、ふっと微笑んだ。
「元気ですね。」
「クリオネちゃんが落ち着きすぎなんだよ〜!」
「落ち着いているほうが、色々やりやすいので。」
「でもでも!もっとこう、わ〜!ってしたほうが楽しいよ!」
「わ〜、ですか。」
少し考え込むように目を伏せる。
「……難しいですね。」
「あははっ!」
ミズクラゲは楽しそうに笑った。
その時だった。
ぴたっ。
ハダカカメガイの動きが止まる。
「……?」
「どうしたの?」
「……音が。」
「音?」
ミズクラゲも耳を澄ませる。
すると、遠くの通路から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。
ガラ……ガラガラ……。
「なんだろ?」
「台車……でしょうか。」
やがて通路の奥から、飼育員が大きな容器を押しながら現れた。
「あれ?ふたりともいたんだ。」
「こんにちは〜!」
「こんにちは。」
飼育員は額の汗を拭きながら笑う。
「いやぁ〜、重かった……。」
ミズクラゲが容器を覗き込む。
「これなに〜?」
「冷却用の氷だよ。クリオネポールの温度調整用。」
「おぉ〜!」
透明な箱の中には、大きな氷塊がいくつも入っていた。
冷気がふわりと漏れ出し、周囲の空気を白く曇らせる。
ミズクラゲは目を丸くした。
「冷た〜い!」
「ここは寒い環境を再現していますからね。」
「クリオネちゃん達にはちょうどいいの?」
「はい。暖かすぎると、皆弱ってしまいますので。」
ハダカカメガイは水槽を見つめながら静かに言う。
その声には、どこか優しさが滲んでいた。
飼育員は氷を運びながら笑う。
「ハダカカメガイちゃん、本当に面倒見いいよね。」
「そうでしょうか。」
「うん。小さい子達の世話とかも率先してやってくれるし。」
「わ、わたしも見たことある〜!」
ミズクラゲが勢いよく頷く。
「アザラシの子に毛布かけてた!」
「寒そうでしたので。」
「優しい〜!」
ミズクラゲはぎゅっとハダカカメガイの腕を掴む。
「クリオネちゃんって、お姉さんって感じ!」
「……そう言われるのは、少し照れますね。」
ほんの少しだけ頬が赤くなる。
ミズクラゲはその変化に気づき、嬉しそうに笑った。
「いま照れた!」
「……照れていません。」
「照れてるよ〜!」
「違います。」
だが声が少し小さい。
飼育員は思わず吹き出した。
「ははっ、仲良しだね。」
「うん!」
「……まぁ、否定はしません。」
ミズクラゲはぱっと顔を輝かせる。
「わーい!」
そのまま彼女は近くのベンチへ飛び乗った。
「ねぇねぇ!今度さ、みんなでお散歩しようよ!」
「お散歩、ですか。」
「うん!熱帯エリアとか!ペンギンアイランドとか!」
「色々なエリアを見るのは、確かに楽しそうですね。」
ハダカカメガイは少し考える。
「……たまには、そういうのもいいかもしれません。」
「やったぁ!」
ミズクラゲは勢いよく立ち上がった。
だが。
「わっ。」
つるっ。
「きゃ〜!?」
ベンチから足を滑らせ、そのまま前へ倒れ込む。
ハダカカメガイはすぐに手を伸ばした。
「危ないですよ。」
「えへへ……ありがと。」
受け止められたミズクラゲは照れ笑いを浮かべる。
「ミズクラゲは、本当に目が離せませんね。」
「え〜?」
「転んだり、ぶつかったり、急に走ったり。」
「だって楽しいんだもん!」
「怪我をしたら大変です。」
そう言いながらも、その声音はどこか柔らかい。
ミズクラゲはじっとハダカカメガイを見上げた。
「クリオネちゃんってさ。」
「はい?」
「優しいよね。」
「……普通ですよ。」
「そんなことないよ〜。」
ミズクラゲはふにゃりと笑う。
「わたし、クリオネちゃんといると安心する!」
その言葉に、ハダカカメガイは一瞬だけ目を丸くした。
それから静かに、水槽の光へ視線を向ける。
「……ありがとうございます。」
小さく、けれど確かに嬉しそうに。
クリオネポールの淡い光が、ふたりを静かに照らしていた。
水槽の中では、小さなハダカカメガイ達がゆっくり羽ばたいている。
まるで空を舞う雪のように。
静かで、優しくて。
そんな時間が、今日もこの水族館には流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




